Ⅲ
花の部屋は足の踏み場もないほどあるもので溢れかえっている。 色とりどりの植物。
夜月の家には小さな温室がある。そこから運んできたものだ。
毎日水をあげているうち、花の世話の甲斐あってかどんどんと植物は部屋いっぱいに成長してしまった。それでも懲りずにまだ、日々増産中である。
「ふふんふーん」
鼻歌を歌いながら、じょうろで水をまく。
今日の花の服装は水色のワンピース。涼感のある素材で作られたそれは、胸の辺りにレースが段々と重なっている。頭には同じ色のリボン。
「ふんふーん」
夜月は日が昇るのと同時かそれより前に起きて、夜遅くに帰ってくる。花は1日の大部分をひとりで過ごすことになる。
「やーづきはまっだかなー」
妙なメロディーをつけて歌う。ふわふわと長い髪を揺らしながら、くるっと回ってみる。
植物は好きだ。夜月がいない寂しさを紛らわしてくれる。
夜月は時々、帰ってくるなり苦しそうに部屋に閉じこもってしまう。そんなとき、夜月は何も言わない。何も言わずに花を抱き締めて、そのまま眠ってしまう。
きっと何か嫌なことがあったのだ。
夜月に笑顔になってほしかった。
朝、早起きして夜月の部屋に忍び込んで、自分の部屋から持ち込んだ花を飾ったのはそのためだった。
日が沈み、しばらく経った。
玄関で扉の開く音を聞きつけ、花の表情がパッと咲いた。
ぺたぺたぺた。冷たい廊下を裸足で駆け、夜月を出迎える。
「夜月!」
夜月に抱きつこうとして、彼が何かを持っていることに気づいた。
「ああ、これは傘だ」
夜月はその黒いものをバサッとたたみ、玄関に立てかけた。
「かさ?」
「雨が降っているとき、濡れないために使う」
「あめって何?」
「上から水が降ってくる」
「気持ちよさそうだね」
「汚染された汚い水だ」
表情を浮かべないまま夜月は言い、
「夕食はまだか?」
と尋ねた。
「うん」
「秋芋をもらった。ふかすか、それともこしてスープにするか」
「スープ!」
夜月が言い終える前に花は答えた。花は固形物が苦手だ。スープのように液状のものを好んでいる。
「パンはあったか? なければ米を炊くが」
「スープだけがいい」
「主食も食べろ。成長しないぞ」
「お花は、お水だけで大きくなるよ」
「お前は植物じゃない」
結局パンは残っておらず、夜月が粥を作った。そこにゆでた芋を砕いて加え、卵を落とす。
「わああ。お米、どろどろだ」
「お前はこの方がいいだろ」
夜月の言う通り、花は喜んで食べた。こうなったら赤ん坊の離乳食でも食べさせておくべきかと夜月は思う。
「夜月は食べないの?」
粥を食べ終え満足そうにしていた花がふと尋ねた。
「夜月、いっつも花と一緒に食べないよ? ひとりで食べるのが好きなの?」
夜月は食事を花と共にしたことがない。これまでにも何度か聞かれたが、その度に満腹であるふりをした。
「俺は何かを口にする必要がない。食物からは栄養を吸収しないからだ」
花は首を傾げる。
「夜月もお水だけで生きてるの?」
「水もいらない。俺もお前も植物じゃない」
「夜月の言うこと、よくわかんない」
夜月はうなずいた。
「俺も昔はわからなかった。大丈夫だ」
「本当? じゃあ花が大きくなったら、夜月のお話わかるようになる?」
「そのためには固形物も食えるようになれ」
「こけいぶつ?」
「スープ以外のものだ」
「花、スープがいい。それかこのどろどろのお米」
無邪気に主張する花。夜月は花が食べ終えた皿を片付け、自分の部屋に戻るように言った。
(無邪気なうちはそれがいちばんだ)
このままの日々が続けばいい。ずっと、永遠に。
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