第13話 称えられし愛と、称えられし臆病者
お祭りの日というだけあって、宇宙港はいつにも増して賑わっていた。空にポンポンと花火が打ち上げられ、あちこちの窓にこの星の女神のシンボル、リンゴが描かれた旗が飾られている。歩行者天国になった通りには露店が並んで、串焼きの魚や神様の印を縫い取ったお守り、クッキーの詰め合わせなどが売られていた。中には酒飲み放題の豪気なお店まである。近くの寺院で、結婚を祝う歓声が上がった。縁起のいい祭りの日にちなんで、今日は結婚式をあげるカップルが多いのだろう。
カシとダイキリ、それにナルドの目の前に広がる海は、まぶしいくらいに輝いていた。いつもは葉巻か肥満したクジラぐらいにしか見えない宇宙船は、桟橋と色とりどりの紙テープで結ばれ、まるできれいに包まれたキャンディのようだった。
「くそ。なんだって隣にいるのがカワイイ女の子じゃなくて野郎ばっかなんだ。せっかくの愛を称える祭りが泣くぜ」
「安心していい。お前に恋人はいないだろう。どうせ今日、用事がなくてもすりよってくるのはネコぐらいなものだ」
「一度死ぬか、ダイキリ? お祭りの真っ最中だ。皆浮かれてるから、きっと葬式も盛大に祝ってもらえるぞ。それに、お前こそ恋人いたか?」
ダイキリは無言のまま屋台で買ったウサギ型の砂糖菓子を一口かじった。
「そうだ。思い出した。お前、こないだの星で見っけた女のコ、どうしたよ。態度からすると惚れてたろ? お前」
ポリポリポリポリポリポリポリポリ。ウサギをかじる速度がリスのように速くなった。
「フラれたのか?」
ポリ。ダイキリはその言葉に一瞬動きを止めると、背中を丸めてイジイジと地面に何やら図形を描き始めた。
「図星か。悪かった。ごめんゴメン」
カシが相棒の肩を叩いて気持ちのこもらない謝罪をしたとき、とつぜん、服がびりびり震えるほどの大音量でファンファーレが降り注いできた。
いつの間にか、青い空に金色の塊が浮かんでいた。太陽が遮られ、屋根に円い影が落ちる。
もったいぶって降りてきた物体は、大きな宇宙船だった。へさきが反り返って、まるでちょっと太めの三日月か、道化がはく爪先の尖った靴のような形。表面にはツタの模様が描かれ、円形の窓が並んでいる。
豪華客船、歓喜の宝石(ジョイ・ジェム)号。そのあたりの豪邸よりはよっぽど大きい船体に、カジノやらレストランやらプールまでついているジェイソの個人船だ。その大きさと重たい施設のせいで、銀河を駆け回るどころか地球とミルリクを往復するのがやっとの速度しか出せないものの、見た目もきれいで、毎年恒例で行われる『一度乗ってみたい宇宙船ベスト百』のアンケートでいつも上位にランキングされている。
黄金の宇宙船はゆっくりと高度を下げて、海に着水した。巨人の王冠のように、水が舞い上がる。シブキが完全に納まるのを舞って、窓から滝のように紙テープがあふれ出した。
『親愛なるミルリクの住民よ』
機械的に拡大された声がして、空中に大きな立体映像が映し出された。
ミルリクをおさめるジェイソは、三十ほどの男だった。赤味がかった肌に、高い背。黒に近い赤のローブをきて、剣をさげている姿は、王子というあだ名にふさわしい格好だった。
地球人のセンスで量ればまあ格好いい部類だ、とカシはしぶしぶ認めた。
『共に愛を称える祭りを楽しもうではないか!』
ふだんお目にかかれない王子のいきなりの登場に、歓声があがった。特に女性から。
「くそ、ムカつくなー」
カシの呟きに、クスクスとナルドが笑った。
『ここでひとつ、残念な知らせがある。私は皆に謝らないとならない』
立体映像のジェイソがかすかに揺らいだ。ジェイソの隣に、大きな目をした背の高い美女が現れた。アップにした長い髪に宝石を散らして、フリルの付いたドレスを着ている。
『私の魂と心は、この女性の物となった。今日、愛の女神サナフィの名において結婚を宣言する』
隣の美女は、赤らんだ頬を抑えて身をくねらせている。女性陣から「え~!」という声があがった。
「なあ、暗殺阻止、しなくていいんじゃないか? なんだか物凄くやる気が出ないんだが」
「堪えろ。ガウ嬢とマイニャのためだ」
恋人募集中の二人組がやる気をなくしかけている間、船からタラップが伸びて港と繋がれる。
三人は、用意していた双眼鏡を覗き込んだ。倍率を最高に上げて、狭い視界に昇降口を捉える。
お忍びと言っても、役員や上流階級の人間には知らされていたようだ。横にした8の字のような視界の中で、一般人立ち入り禁止の区域から、豪華な服をまとった者達が招待状を見せ、船に乗りこんでいく。その様子はちょっとしたファッションショーのようだ。
「見ろ」
カシが行列の真ん中辺りを指差した。
タキシードを着たビスラがいた。その後ろに、青いドレスを着たマイニャの金髪が見える。ナルドが小さくマイニャの名前を叫んだ。
「やっぱり乗り込んだか、ビスラ。まあ、船を狂わす前に降りるつもりだろうが」
食いしばった歯の間から苦々しく言う。
「でも、マイニャはジェイソがここに来る事を知らなかったよな? 招待状無しで入れるのか?」
「ユルナン様はジェイソ様お抱えの科学者ですよ。今回ジェイソ様は、ユルナン様の件で招待を控えられたようですが、普通だったら呼ばれていたはず。ビスラには招待状が届いているでしょうし、彼が連れてきたのなら入れてもらえるでしょう」
紙ふぶきが振る中、マイニャが船に消えたのを見届けると、カシは気合を入れるように肩を回した。右肩は完全とはいかない物の、痛みはだいぶ軽くなっていた。
「では、行きますか」
カシの言葉に、ダイキリは急いで残りのお菓子を飲み込んだ。
これからジョイ・ジェム号のお偉いさん方は、食事をとりながら優雅にミルリク一周の旅に出る。乗り込むなら、港に停まっている今しかない。
「やっぱり、私も……」
ダイキリがシッポを引っ張ったせいで、ナルドの言葉は後半が消えた。
「いたたたた! 何するんですかぁ!」
「きっと、タダですむはずがない。ドタバタが起こる。ひょっとしたら、ジェイソの部下も倒すハメになるかもしれない。マイニャをオリに入れる気か?」
ナルドはぐっと息をつまらせた。
相手はこの星の王だ。ミルリクの法では、王に銃を向けた物は死刑もありうる。そして、ここでは使用人の罪は主人の罪。ナルドがジェイソの兵を殴っただけでも自体は間違いなくややこしくなる。同じ理由で、ダイザー達と戦った時のようにマイニャのボディガード達を使うわけにはいかなくなった。
ビスラのたくらみと、それを防ごうとしている事をジェイソに伝えられればいいのだが、相手は一国の、いや一星の王だ。テレビ電話でこんにちは、というわけにはいかない。強硬手段を取るしかないし、そうする以上、ジェイソにいいわけをする前に殺される可能性もある。そうなったらビスラは一方的にマイニャを悪者にするだろう。
「あんたは、間違いなく俺らをジョイ・ジェム号へ乗せる手伝いをしてくれるだけでいい。それだけでも結構危ないんだ」
カシの言葉に、ナルドは強く尻尾を太ももに巻きつけた。悔しそうなその仕草を見ながら、ダイキリがぼそっと呟く。
「天涯孤独でいいのはこんな時だな。自由に動ける。気まぐれに」
「すみません。本当に…… マイニャ様を頼みます」
ナルドに頭を下げられ照れくさそうに頬をかいた。
「かまわない。こっちも恩返しだから」
そう言えばそうだったな、とダイキリは自分で自分の言葉に感心していた。
本来、この仕事はユルナンに恩を返すためのものだったのに、いつの間にかマイニャを守るためになっている。まあ、それも悪くない。
軽く別れのあいさつを交わして、カシ達はナルドと分かれ、港を離れた。祭りに向かう人の群れに逆らいながら、一等地から少し離れた場所に出る。
黄色い砂岩で出来た空き家に、カシ達は入り込んだ。昨日の夜、新しい隠れ家に使うために探しておいた建物だ。
隙間から入り込んだ砂で小さな砂漠と化している床に、大きな木箱が置いてある。その中には潜入のために用意した道具がびっしり入っていた。
「勇気のある奴だ」
箱を開けて中をあさりながら、ダイキリが急にポツリと呟いた。
「ああ、ナルドな」
余計な形容がない代わりに、必要な主語も抜けているダイキリの言葉を理解するコツを、カシはとっくの昔につかんでいた。
「ナルドがマイニャを大切に思っていることはよくわかる。本当はマイニャのために暴れたくてしかたないだろう。だが、主人のためにそれをしない」
ダイキリの言うことが、カシにはよくわかった。
ボスが大ケガをした氷の星。ガウランディアの血の気が少しずつ失せていくのを感じながら、岩陰に隠れるしかなかったあの時、どれだけ自分の無力を恨んだことか。
焼けた鉄のようないらだちを胸に抱えているよりも、怒りに任せて銃を振り回し敵に殺された方がよっぽど楽だっただろう。まあ、それをしなかったからカシもガウランディアも今生きているのだが。
「自分の無力さを受け入れて、戦わない。それこそが戦い。勇気のある奴だ。そう思わないか?」
「うーん」
「どうした?」
「俺達をこっそり監視してたような奴だからなあ。ひょっとしたらまだ何か企んでいるかもしれないぞ」
「まさか」
カシは箱のフタをぱたんと閉めた。
「準備ができたか、ダイキリ。じゃあ、始めるか。脚本カシ、主演・演出ダイキリ、命をかけた茶番劇の始まりってか?!」
せっかくあげたテンションをそこで急に落として、カシはハアッと溜息をついた。
「にしても、金持ちのパーティーか~ 今度はどうどうと招待状持って乗りこみたいねえ。楽しいだろうなあ」
どうどうと乗り込んだマイニャは、しかしパーティーを楽しんではいなかった。
宴会場は、天井から降り注ぐ黄金色の光で満ち溢れていた。人造宝石がちりばめられた布張りの壁には、大きなモニターが一つはめ込まれ、海に浮かぶ宇宙船の様子を映し出している。
床には様々な種族に合わせた様々な高さのテーブルが立ち並び、乗せられた無数の料理が色と香を競っている。もちろんブルナージュもあった。
それでもマイニャが楽しめるわけがない。
乗りこんだ者たちはあいさつを終らせ、それぞれ気の合う仲間を見つけておしゃべりを始めていた。ホログラフィの楽団が演奏するクラシックの間から、途切れ途切れに会話が飛び交っている。
「……ええ、そうなのよ。最近無食主義者になりましたの。生き物を殺すなんて、残酷なこと…… 草だってきっとそれなりの痛みは……」
「まあ、じゃあ栄養剤しか口にしていらっしゃらないの?」
「私の五番目の奥さんが、新しいドレスを……」
「いや、結構。これから飛ぶのに、胃を空っぽにしておかないと酔う体質で……」
ビスラは知り合いと話し込んでいて、マイニャはぽつんと一人で立っていた。
「レディ・マイニャ。お久しぶりですね」
ジェイソに話しかけられ、マイニャは機械的に微笑んだ。愛想笑いはうまくいったらしい。彼の隣にいた花嫁イーサリーザも笑顔を浮かべてくれた。
マイニャから少し離れた、それでも何を言っているのか分かる位置で、ビスラが耳を澄ます気配がする。
ちょっと幼さの残る大きな瞳を曇らせて、イーサリーザがマイニャの顔を覗き込んだ。
「大丈夫ですか? 少し顔色が優れないようですが」
「そうでしょうか?」
(そうでしょうね。この首にあるペンダントのせいだわ)
青いドレスに合わせたペンダントは大きさといい輝きといい立派な物で、これが自分の物なら、マイニャは得意になっていたかも知れない。これをくれたのがビスラでなければ。そして、残酷な仕掛けがなければ。
このペンダントには爆弾が仕掛けられていた。起爆スイッチを持っているのは、もちろんビスラ。マイニャが余計なことをすれば、この首が飛ぶ。外すことはできない。鼓動と体温が離れたことがセンサーに気づかれてもペンダントは爆発する。
ビスラのたくらみをジェイソに伝えたい。この船に機械を狂わす細胞が仕掛けられようとしている事を。そうすればたくさんの人の命が救える。けれど、その事を全て伝えきる前にビスラはペンダントを爆発させるだろう。
いや、例え金属細胞のことをジェイソに伝えたとしても、この船は救えないかも知れない。金属細胞は小さい。船中探したとしても見つかるかどうか分からないし、パズルの状態にしてしまえばどこにでも隠せる。ジェイソが聞いたとしても、ビスラはうまくシラを切り通すだろう。
金属細胞が船に仕掛けられる前に、ひっそりと取り戻す。それしかない。しかし、それが出来る人達は……
死んでしまった、と言葉を続けることがつらくて、マイニャは小さく首を振る。ヒビ割れたカシのゴーグルが脳裏に焼きついて離れない。
「お父上は、まだ見つかりませんかレディ・マイニャ。何でも、引越しをされるとか。お父上の事もあり、お忙しいと思って招待を控えさせていただいたのですが……」
「ええ」
ジェイソの言葉に、マイニャはなんだか惨めな気持ちで頷いた。ビスラの企みを探り出したガウランディアの謀(はかりごと)も意味が無くなってしまった。
「これはジェイソ様。ご成婚おめでとうございます」
ビスラが会話に割り込んできた。
「今回は、ささやかな贈り物を用意してきましたよ」
ビスラが気取った調子で手を叩くと、地球人の召使が現れた。
彼の足首の高さに、真っ白な板が浮いている。その板の上に、人ほどの大きな金属の箱が乗っていた。召使が箱を押すと、重たそうな荷物は氷をすべるように前へ進む。
「まあ、ビスラ様。これはなんですの?」
イーサリーザが興味深そうに身を乗り出した。天井まで届きそうな箱に気づき、他の客達も集まってくる。
「何、ちょっとした物ですよ」
ビスラは箱についたボタンを押した。空気が吹き出る音と一緒に箱が開く。客達がどよめいた。
それは真っ白な石に彫られたジェイソの像だった。ゆったりした衣をまとったジェイソは、まっすぐ腕を伸ばして斜め上を指差している。スポーツマンばりの爽やかな笑みを浮かべた唇から、ヤエ歯がのぞいていた。
その隣には、もちろん花嫁のイーサリーザ姫。組んだ両手を右の頬にあて、うっとりとジェイソが指す方向を見つめている。
(あ、悪趣味……)
自分のでっかい像なんて、少なくともマイニャには自分の家に飾る度胸はない。
(この安い歌劇みたいなポーズはなんなのかしら。
ちらっとイーサリーザをみると、彼女も同じ意見らしく困ったような笑みを浮かべていた。
「これはすばらしい。すこし照れるけどな」
(え、ジェイソ様、気に入った?!)
「気に入ってくれて嬉しいです。実は、もう一つプレゼントがあるのですよ。これよりも劣りますが」
また一人、召使が荷物を運んできた。何か、大きな四角い物が浮遊盤の上に乗せられているが、赤い布がかぶせられはっきりとは分からない。
目の前に運ばれても、ビスラはじらすようにしばらく布を取らなかった。
「早く見せてくださいな、ビスラさん」
客の一人が声をかける。十分に注目が集まったのを見計らって、ビスラは布をひいた。血の色をした布がひるがえり、床に落ちる。
会場が女性の悲鳴で溢れた。だが、マイニャは息を吸いこんだきり、しばらく吐き出すこともできなかった。
布の下にあったのは、大きな氷だった。その中に、生き物が閉じ込められている。
赤いウロコに覆われた、尖った爪を持つ足。そのウロコは腰辺りから薄くなり、ほっそりとした腹は地球人の物と変わらない。胸を覆うだけの短い衣。腕には飾りに似た小さな翼。宝石を編みこみ、頭のてっぺんで結い上げた黒い髪。人間がようやく火を覚えたころなら神様として崇められていたに違いない異形の美しさ。
金色の目が閉じられていてもよく分かる。ガウランディア。
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