第12話 反撃の狼煙(のろし)

 鉄板の上で、添え物のキノコと一緒にじっくり焼かれる悪夢からカシは目を覚ました。目が痛くてまぶたをこする。はめていたはずのゴーグルは外れていた。

 口の中に入っている砂を吐き捨てる。乾いた空気のせいで、唇がガサガサにひび割れていた。

 カシが横たわっていたのは、運よくちょうど岩影だった。もしも日なたに倒れていたら、気絶をしている間干物になっていたかも知れない。

 寝転がったまま、カシは顔を動かした。荷物が点々とあたりに散っている。隅がちょっと焦げたジュウタン。靴は編み上げタイプだったので、脱げていない。もしも裸足だったら歩くのに苦労しただろう。

 落ちて気を失う直前に何があったのかを思い出して、カシは目を覚ましたことを後悔した。カエルはいない。ビスラの手下に取られた。そして、ダイキリもいない。あの高さから落ちたのだ。死んでいてもおかしくない、というか生きている可能性の方が少ない。

 仮にダイキリが生きていたとしても、赤い砂漠には意外と多くの生き物がいる。しかも、そのほとんどが暑さで落ちた鳥や、カシのように砂漠に迷いこんだ間抜けな奴を食う獣や、皮膚に取り付いて人をじわじわと腐らせるダニなどあまり有難くない奴らだ。

 今この瞬間にもダイキリは怪我で動けないままそいつらの餌食になっているかも知れない。そして、危険なのは自分もまったく同じ。

「あ~、いっそ俺も死んじまえばよかった」

 熱い空気でノドが焼けたのか、呟いた声がかれていて余計に情けない。カシはなんだか泣きたくなったけれど、涙が出なかった。この暑さのなか、そんな余計なことに使う水分が体に残っていないのだろう。海水に浸かったように皮膚がベタベタするだけで、汗も出てきやしない。

「くそ。ボスの前で腹でも切るか」

 背中が痛いのを我慢して、カシは体を起こした。いつもの癖で右ひじを地面について、肩の痛みに悲鳴を上げそうになった。

 目の端で何かが銀色に光っていた。見ると、UFOの一つが半分砂地に埋もれていていた。

 歩きだそうとした瞬間、鋭い痛みが右足を突き抜けた。カシはガクッと膝をつく。情けない所を見た人がいないのに感謝をしながら、岩に手をついてゆっくり立ち上がる。折れてはいない物の、骨か筋が傷ついてしまったようだ。追跡者に撃たれた右腕は、血は止まったが熱を持っている。

 足を引きずるようにして、カシはUFOのもとまでたどり着くと、見慣れた塊をそっと持ち上げる。

「四分の一でもまた会えて嬉しいぜ。俺の大切な相棒」

 日差しで熱くなったUFOに顔をしかめながらフックを押し込むと、銀色の表面にこの辺りの地図が浮かび上がった。その上に、いくつかカラフルな光が浮かんだ。操作板を現す黄色い光が一つと、UFOを表す青い光が三つ、そして今持っているUFOを表す赤い光。

「『もし一つなくしても、他のパーツすべてに発信機を内蔵。すぐに見つかります!』ってか。自分で作っといてなんだが、この機能を使うことになるとは思わなかったぜ」

 操作板と、二つのUFOを表す光はカシのすぐ傍に固まって光っていた。一つだけ、離れた所で輝いている物があった。そこが、ダイキリの落ちた場所。そう考えた瞬間、胃がひっくり返りそうになる。

「アイツ喰われてなきゃいいが。速く合流しないと……」

 ようやくたどり着いてみたら、発信機は大型獣の腹の中でした、では笑い話にもならない。仮に死体になっていたとしても、カシはダイキリを獣の餌にするつもりはなかった。

「まずは、操作板を拾わないとな。あれがあれば生きてるUFOに徴集かけられる」

 熱したフライパンのように熱い地面からカシは落ちていた二丁の拳銃を拾い上げた。シャハラザードもドニアザードも、弾倉を確認してみると、中につまった赤い砂がぽろぽろこぼれ落ちた。

「やれやれ。掃除しねえと使えねえな。しばらく丸腰かよ」

 ぼやきながら拳銃をホルスターに収める。

 後ろから吹きつける強い熱風にカシは目を細めた。風の中に、生臭い匂いが混じっている。ミラルジュの民ほど鼻と野生の勘がするどくないカシでも分かるくらいにキツく。

「なあ、聞いてる? 銃が使えないから、いま猛獣のアンタとやりあえないの」

 片足をかばいながら、ゆっくりとカシは振り返った。

 カシに覆いかぶさるほど大きな影を地面に投げかけ、腐った生肉の匂いをさせて、大きな竜がよだれをたらしていた。この土地に合わせて変化した、真っ赤なウロコを日に輝かせながら。

 同じ色のウロコをしていても、その竜はガウランディアのような上品な大きさではなかった。もし、噛まずに丸呑みしてくれたら、カシの体が胃袋の中にすっぽりと納まるだろう。

「竜は狩の時第一撃を外すとやる気をなくす…… そんな話を聞いた事があるけどよ。誰か、試した奴がいるのかね」

 グルグルと、遠くの雷のような音を立て、竜が唸り声を上げた。前足を伸ばし、体を低くする。ダイキリを思わせる鋭い瞳が、カシの喉笛を見つめていた。

 カシは、銀色の球を握り締めた。

 竜の尻尾が揺れた。鋭い爪に蹴散らされ、砂が舞い上がる。竜はエサを待ち構える雛のように、口を全開にした。シワの寄った、黒い舌がはっきりと見えるくらいに。

 大きな口に、カシはUFOを投げ込んだ。いきなり飛びこんできた小さな異物に驚いて、竜はバクリと歯をかみ合わせた。

 こっちの奥歯までかゆくなるような、金属を噛む音。牙の間から白い煙が立ち昇る。細い糸のような紫の雷が、竜の顔にまとわり付いた。

 オオオ、という竜の叫びは感電しているせいで見事にビブラートが効いていた。

 丸い、銀色の精密機械は、緑色の炎を上げて爆発する。一度大きくのけぞると、竜は横倒しになった。爆風で舞い上がった長い牙が一本、サクッと砂地に刺さる。

「どうするんだよ…… しょうがないとはいえ…… 一応助かったが、完全に場所がわからなくなっちまった。砂漠で迷子か。絶望的だな。ははは……」

 カシはチラッと倒れているドラゴンを盗み見た。

「竜の血って、飲めるのかな」

 ゴクリと飲み込んだツバが、乾いた喉に染みて痛かった。神話だったら不死身になりそうだが、現実では悪い病気になりそうだ。こして飲もうにも、道具がない。水分補給を諦めて、カシは重い足をひきずって前へ進む。

 そろそろ、本格的に昼が近くなってきた。太陽が凶暴な光を投げつけてくる。熱せられた空気が鼻と口から肺に流れていくのがわかるほどだ。カシまで爆発物を噛み潰したように、頭が痛む。歯型の付いたチーズに似た赤い岩と、下に広がる砂がクラゲのようにグラグラと揺れる。

「目眩のせいか。それとも、陽炎(かげろう)?」

 視界の隅に、緑色の斑点が浮かんだ。それは黒くなり、広がりながら、カシの視界を覆いつくそうとする。

「やべ、もう一度気を失うなんて、ごめんだぞ」

 足がもつれて、カシは砂漠に両膝をついた。立ち上がろうとして余計にバランスをくずし、とうとう倒れこむ。起き上がろうと腕に込めた力は、蒸発するように抜けてしまった。まぶたが妙に重い。

「将来、いつかどっかで野垂れ死にするとは思ってたけどよ。最後の地はここかぁ」

 ふう、と溜息をついたとき、カシは岩の影に動く物を見つけた。

 それは一軒の小屋だった。さっき会った竜よりも小さい、木造風の小屋が、砂に跡を残しながら氷の上をすべるように移動している。どうやら小型の陸上船をキャンピングカー風に改造した物らしい。

「おいおいおい。冗談だろ?」

 いつの間にかアングリと開けていた口に入り込んだ砂を吐き捨てる。

 明らかに金持ちの道楽、といった感じの動く小屋が、美しい森林も人口砂浜もない砂漠をふらふらしている光景は、なかなかシュールな物があった。

「まさか、魔神に騙されているわけじゃないよなあ? それともどっかの父親が砂漠の星空でも家族に見せてやろうと言い出したわけか?」

 だとしたら、その父親は奥さんか子供に保険金をかけているに違いない。この赤い砂漠より、ファミリーでお弁当を広げるのにふさわしくない所はそうはないのだから。

 空飛ぶ小屋は、時々岩の後ろに姿を消しながら、明らかにカシを目指していた。小屋を組み立てる板の一枚一枚が見える所まで近づいてくる。

 格子の窓から覗く顔を見つけて、カシは全身の力が抜けた気がした。そうとう間抜けな顔をしていたのだろう。カシを見つけたダイキリが、細い肩を震わせて笑いをこらえているのが見えた。


 錆びたチョウツガイがきしみもしないで静かに開いた。古びた小屋の外見は雰囲気だけの物らしく、中は断熱材と強化プラスチックでできている。

 中は空調が効いていて、冷たい空気が漏れ出した。カシは、涼しいという感覚を千年ぶりに味わった気がした。

「カシ、やっぱり無事だったな」

 そう信じていた、という口調でダイキリが言った。

「ダイキリ! お前どうやって」

 ダイキリは、高い所から落ちたとは思えないほどピンピンしていた。あざがいくつかある物の、他にたいした傷はなく、カシの方が大ケガをしているくらいだった。

「簡単だ。パラシュートにした。ジンを」

 ダイキリは香油壷からジンを引っ張り出す。ダイキリの腕に、布のような質感になったジンがまとわりついた。

「そうだった…… 変幻自在が魔神の神髄(しんずい)だったな」

 自分の間抜けさと無駄な心配をさせたダイキリに気持ちのいい怒りが湧いてきて、カシはダイキリにヘッドロックをかける。利き腕が使えないからロクに力が入らなかったけれど。

「この! この! 心配させやがって! 本当に殺してくれようか!」

 ダイキリがカシの肘を叩いて降参した。

 カシは腕をほどくと、床に座り込んだ。

 重い気持ちで、カエルと共に金属細胞を奪われた事を告げた。ダイキリはただ一言「そうか」と言っただけだった。責めてくれないのが逆に罪悪感をあおられる感じだ。

「探しましたよ、カシ様」

 尻尾を生やした男が、ビンに詰めた水を差し出してくれる。カシはお礼も言わず奪い取るようにして水を飲み干した。

「あまり急いで飲むと体に悪いですよ、風呂に入れるほどたくさんありますので」

 そう言ってくれた男をカシはどこかで見たはずだが、すぐに思い出せなかった。

「え~と、お前って確か……」

「ユルナン様の所で執事をしておりますナルドと申します」

「ああ、そうだった。たしか尻尾無しのケナビェイが襲って来た日、マイニャの館で会ったよな」

「その通りでございます」

 ナルドは計ったような角度で頭を下げた、

「しかしダイキリ。よくここが分かったな」

「お前のジュウタンから落ちたあと、ナルドに拾われた。それからUFOの発信機をたどってここまで来た。あの焼けたUFO、まだ発信機は生きていたから」

 ダイキリはフックに布が絡まったままのUFOをカシに手渡した。

「やれやれ。一個は木っ端微塵(こっぱみじん)にしちまったし。これじゃ修理がてこずりそうだ」

 カシは、一見丸太を切って並べただけのイスに腰を下ろした。丸太はふんわりと形を変えて、カシの腰と背中を包み込む。

 足元に水の入ったビンが箱に詰まっているのをみつけ、一本栓を抜いて頭から被る。濡れた服が強い日差しで赤くなりかけた肌に気持ち良かった。

「それにしても、ナルドさんよ。なんで砂漠うろついてたんだ? しかもごていねいに小屋ごと。まさかダイキリが落ちることを予知夢で見たっていうんじゃなかろうな」

「失礼ですが、貴方がたの塔を監視していました。独自にね。あなた方の住む塔の場所は、マイニャ様から聞いていましたので。この家は、そのための基地にするための物だったのですよ。砂の中に隠していたから、分からなかったと思いますが」

 言葉の割りに対してすまなく思っていない口調でナルドは言った。

「な…… あんだって?」

 カシはぽかんと口を開ける。

「だって、そうでしょう? ダイザー達から守ってくれたことは感謝しています。しかし、私達はユルナン様に雇われるときに、皆身元を調べられます。ですが、あなたはまだでしたから」

 カシは苦笑した。ナルドの言葉は遠回しだけれど、要は『あなた達を信用していなかった』ということだ。

「いやあ、引越しの準備をしながらあなた方を見張るのは大変でした~ 本来、主人のお知り合いをアレコレ探るのはマイニャ様を裏切ることになるのですが…… お気づきとは思いますが、あの方は少し世間知らずな所がありまして。マイニャ様があなた方に騙されているとなると、こちらまで巻き添えになる可能性がありますし」

「まあ、マイニャはボーッとしているところがあるようだからな。おつきがそれぐらい疑り深くてちょうどいいんだろうよ」

 でしょう、とばかりにユルナンは悪魔のような尻尾をぱたくたと得意げに振ってみせた。

「何があったか、ダイキリ様から聞きました。信頼できる者を今、こっそりとあなた方の塔へと向かわせています。そろそろ連絡が来るでしょう」

「お前、行動速いな」

 カシが呆れたようにいう。実はこの男、只者じゃないのでは?

 テーブルの天板が一部分開いて、中から小さなスクリーンが現れる。

 スクリーンに、ノイズのように舞う白い砂が映し出された。

「おお。カプリシャス・ロード。なんだか久しぶりに見る気がする」

 そっと涙でもぬぐいたい気分でカシは画面に見入った。

「ひたってる場合じゃないぞ」

 ダイキリが宇宙船の根元を指差した。その動きに反応して、画面がアップになる。

 銀色の扉は無理にこじ開けられ、紙のように破られていた。めくれ上がった先端が黒くやけこげている。

「ちょ、マイニャ様! マイニャ様!」

 ナルドが二人を押しのけるようにしてスクリーンにかじりついた。

「おい、ジタ! どうなってる!」

 どうやら信頼できるジタ君とやらは、砂嵐で機械を壊されてしまったらしい。届く音声はノイズも混じって途切れ途切れだった。

『ナル…… 聞こえ…… ? マイニャ様…… さらわれ…… ガウラン、も……』

 そこで映像と音声が完全に途切れた。砂嵐で完全にカメラが壊れてしまったようだ。

「くそ!」

 カシが思い切り両手でテーブルを叩いた。傷に響いて体を屈める。

「とりあえず、現状を整理してみよう」

 ダイキリが低い声で言った。

「あと数日で祭りが行われる。そこにジェイソがやってくる。ビスラは金属細胞を使ってその船を沈めようとしているのに違いない。そして、見ての通りマイニャとガウランディアが攫われた」

「まずはボスとマイニャの救出。それからビスラをなんとかする。で、余裕があったらジェイソを助けるか。でもよ、拳銃は掃除すりゃ使えるが、UFOは一日二日じゃ直らねえ。おまけにカプリシャス・ロードは乗っ取られた。こっちはほとんど丸腰だぞ」

 ターゲットがジェイソである以上、ビスラはジェイソの船になんらかの接触をしてくるはずだ。そこを捕らえて、お姫様方の場所を聞き出す。これが唯一の作戦だろう。

 しかし、船を沈めるパフォーマンスは、ビスラにとっても一大イベントだ。手抜かりがないように大量の兵を隠して準備しているに違いない。万一こちらの存在が勘付かれれば、全力で消そうとしてくる。そして、カシ達にはそれに太刀打ちできるだけの武器がないのだ。魔神とカシの拳銃で抵抗するとしても、正直どこまで戦い続けられるか分からない。向こうがカシとダイキリを殺したと勘違いをしていたとしても、付け入るスキは無さそうだ。

「そもそも、どうやって船に近付く? まず、そこが大変だ。きっと、ビスラが黙っていないだろう」

「おまけに、ジェイソの護衛もいるはずだからな。問答無用で射殺もありえるか。船が停まったとき、海中から…… いや、だめだ。センサー網くらいついている」

 カシは少しの間黙り込んだ。そして、何か思いついたらしく、邪悪といってもいいくらいの笑みを口元に浮かべた。

「そうか。そうだな。都合よく祭りの日だ。こっそり忍び込むのが無理なら、トコトン目立ってやろう。こうすればいい。あのな……」

 説明を聞いたダイキリは、呆れたような怪訝(けげん)そうな表情を浮かべた。

「うまくいくのか?」

「知らん。とにかくやるしかないぞ、ダイキリ」

 いつもの不真面目な雰囲気を脱ぎ捨て、カシは低く続けた。

「絶対に、ビスラの計画を阻んでやる」

「ガウ嬢とマイニャ、そして私達の誇りを取り戻すために」

 カシとダイキリはお互いの左手を勢いよく叩き合わせた。乾いた小気味のいい音が赤い砂漠に響き渡った。

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