第11話 銀の要塞
「メインコンピューター! すべてのハッチを閉じろ」
文句も言わず、機械はガウランディアの命令に従った。モニターには、扉をこじ開けようとするダイザー達の姿が映し出されている。
『船体、外殻に攻撃を受けています』
非常サイレンの音と一緒に、船内アナウンスが見れば分かる内容をわざわざ報告してくれた。
「ふん。真空を飛ぶ宇宙船がそう簡単にこじ開けられてたまるか」
そう簡単ではないが、開くときは開く。ガウランディアにもそれは分かっていた。
どんなに真空や高温に耐えられる頑丈な金属でできていても、宇宙船は人の手で作られたもの。つまりは、溶接や加工の技術があるということ。
ダイザー達は砂漠用のトラクターからなにやら大きな機械を取り出し、本格的に塔の扉を開け始めた。
その様子を見たガウランディアが苦笑する。
「もし金属細胞が手元にあるなら、サッサと扉の回路を破壊して開けるはずだ。どうやら細胞の完成品はカエルとビスラが半分ずつ持っている物だけしかないようだな。まあ、どの道こっちがピンチなのは変わりないが」
(頼むぞ、カシ、ダイキリ。間違っても細胞を渡すな)
機械を無力化する武器。完成品を基に大量生産されればこれ以上厄介な物はない。病院の生命維持装置、地下施設の空気循環設備。仕掛けたら面白い結果が出そうな所はいくつもある。
宇宙を飛行している時間に細胞が活動を開始するように時間を調節してばら撒けば、港に停まった船全部でファイン・アンブレラ号の悲劇を再現する事さえできるだろう。ジェイソより高位の者相手にテロを仕掛ければ星間戦争にも発展しかねない。
はっきり言って、自分と二人の部下とマイニャさえ無事ならば、ジェイソが死のうが誰が死のうが、ガウランディアは構わなかった。原因に関わらず、弱い者、運の悪い者、不注意な者から死んでいくのは世界の終わりまで変らない自然の掟なのだから。
だが、たくさんの死を招く原因がユルナンの発明だというのだけはいただけない。それは何より、ユルナンが望んでいない事だから。
これから死ぬかも知れない命より、もう死んだ地球人の想いの方が大事とは。ガウランディアは、我ながら自分の考えにちょっと驚いた。それはとっても興味深くはあったが、今ゆっくり考える事ではなかった。
『外殻突破まで、推定十分ゼロ五。異物中枢部進入まで、推定三十二分』
「が、ガウランディアさん。大丈夫ですよね」
マイニャは涙目でガウランディアの顔と爪を見比べた。
「また人に頼る気か、ユルナンの娘。爪を持っているからといって、私が強いと思うな」
ガウランディアは自慢にならないことを偉そうに言っう。
「私は大ケガをしてな。今でも大きく腕はふれない。日常生活に支障はないが、敵の骨を断ち切るのは無理だろう」
ガウランディアは手の平を閉じたり開いたりして感触を確かめた。細い爪の先がかすかに震えている。
「そう言えば…… 私の家でダイザー達をお迎えしたときも、この塔から出ませんでしたね」
「そういうことだ」
塔に残って作戦全体を指揮する者が必要だったのはもちろんだけれど、戦いになったらガウランディアは足手まといになる。見た目一番強そうな彼女が留守番をしていたのはそういう理由だった。
「ここでじっとしていても仕方ない。脱出するぞ」
「だけど、どうやって逃げますの?」
戸口に向かうガウランディアの後を、マイニャは狭い歩幅で必死に追った。
「隠し通路があるのだよ」
廊下を進むにつれ、廊下が薄暗くなっていった。天井の発光パネルは真っ暗で、非常用のランプが火の玉のように壁に並んでいた。
「残念ながら、自動昇降機は直っていなくてな。ショートワープが付いているほど新しい型の船ではないし」
突き当たりにあった階段をガウランディア達は下りていった。エアコンディショナーが壊れているようで、マイニャの額にじっとりと汗がにじんだ。
地下につくと、ガウランディアは大きな扉の前に立ち止まった。壊れた自動ドアを強引に手で開ける。
「わ……」
マイニャは思わず声を上げた。塔の周りを敵に囲まれているのも忘れるくらいの光景だった。
扉の向こうに続く廊下には、壁も天井も見えないほど色とりどりのコードが張り巡らされている。その所々には、ガラスケースで守られた弁やメーター、金属板の回路が取り付けられていた。それはどこか血管と臓器を思わせて、なんだか大きな生き物の体内にいるようだった。
機器類の間を、白い蛇型の修理ロボットが忙しく這いまわっていた。蛇の額には真っ赤に焼けた電熱線が取り付けられていて、二本の角のように見えた。ロボットは器用にその角を動かし、船のコードを溶かしてつなぎ直している。
「もう気がついていると思うが、この塔は宇宙船でな。名前をカプリシャス・ロードという」
誇らしそうにガウランディアがいう。
「『気まぐれ神様号』ですか」
皮肉が利いているというか、運命にホンロウされそうというか、あまり幸運に恵まれなさそうな名前だ。少なくとも、退屈はしなさそうだけれど。
「この星に来たときに、ちょっと、荒っぽい着陸をした物でね。あちこちぶっ壊れてしまっている。ちょうど緊急脱出システムの修理だけは完了した所だ。飛行システムもすぐに直るだろう」
コードの廊下をぬけ、ガウランディアは突き当たりの部屋へと入っていった。
そこはあまり、というかほとんど使われていないようだった。部屋を汚す人間が入らないのに、機械が自動的に掃除をするため、壁も床も鏡のようにピカピカだ。家具はイス一つなく、床には止まったままのベルトコンベアが何列か並行に、部屋の手前から奥まで延びている。コンベアには球型の脱出ポッドが1つずつ乗っていた。そのポッドの真中には宇宙線を遮る黒い窓ガラスがはめ込まれている。ちょうどうずくまった人間が入れる大きさで、巨大なアンドロイドからえぐり出した目のようだった。
コンベアが行き付く先、一番奥の壁には斜めに切った筒を突き刺したような射出口が並んでいる。
ガウランディアが壁のパネルを操作すると、獣の鼻息のような音を立ててベルトコンベアが動いた。等間隔に並べられたポッドが、射出口の真正面に運ばれる。ポッドの蓋が開き、中のソファが衝撃吸収クッションに埋もれているのが見えた。
「これに乗って脱出を? エマージェンシーシステムは直ったと言っていましたが……」
「まさか。ここは地下だ。壁一枚隔てた向こうにあるのは宇宙空間ではなく塩の砂漠。脱出ポッドを射出することはできない」
「え、じゃあどうするんですか?」
「隠れるのさ。上手にな」
ガウランディアは何かを企んでいるようにニヤリと笑い、射出口をシッポで指した。
『異物、第三シェルター突破』
「人を異物扱いか。随分と失礼な宇宙船だ」
ビスラは顔をしかめた。どうせならテンポのいい軍歌か、重厚なピアノを効かせた勇ましいクラシックでも流して欲しいくらいだ。これから獲物をひっ捕らえて、計画を進めようという所のだから。
ダイザー部隊を引き連れ、ビスラは順調に進んでいった。緊急事態を告げるランプが室内を赤く染めている。
革を擦り合わせるような鳴き声をダイザー達が立てた。赤い光に照らされたダイザーの姿は、少し不気味だった。
「なんだ?」
「皆、宝、取ってイイカ聞イテイル」
ケナビェイの通訳にビスラは舌打ちをした。ろくな仕事をしないくせに、欲ばかりある奴らだ。
「ダメだ! マイニャを見つけるのが先だ」
数に物を言わせ、ビスラ達はカプリシャス・ロードの中を確実にシラミつぶしにしていった。
だが、この中に居るはずのマイニャはどこにもいなかった。手下達の報告によると、この船からジュウタンに乗って逃げ出した奴は、おとりで女装した男だったという。あのジュウタン以外、カプリシャス・ロードから出てきた者はいない。探し出せないわけがないのだが。
ビスラは、次第にいらだってきた。それは部下達も同じらしい。ガチガチとケナビェイは歯をかみ合わせる。牙の間から細くヨダレが垂れていた。
「喰ウ、アノ赤イ頭。デモイナイ…… ドコニモ」
「ええい、黙れ。そしてカツラを取れ!」
ビスラはケナビェイが頭に乗っけているアフロをむしりとった。
「あのダイキリとか言う男、女装なんてチャチなマネしやがって。男としてのプライドはないのか!」
ついさっき探索したカーテンだらけの部屋が、逃げるときにマイニャに化けていた男の者だというのはビスラにもわかった。もちろん、布で区切られた小部屋の一つ一つを探したが、マイニャはいなかった。怪しいところといえば、長い間タペストリーでも飾ってあったように三つの壁のうち一面だけが微妙に変色していた所だけだ。そこも念入りに調べたが、隠し扉のような仕掛けは何もなかった。
「とにかく、エンジンは壊すな。流れ者の宇宙船だ。銀通省に登録もされていないだろう。後で何かに使えるかも知れない」
忙しく動き回る修理ロボットの間を縫い、血管の張り巡らされたような道を通って、ビスラは最後の部屋へむかった。
銀色の自動ドアが開く。靴の裏まで映るほど磨かれた床に、薄暗い天井のライトパネル。鏡のように磨かれた壁に取り付けられた射出口と、救命ポッドの列。
蜂のような音を立てて、碁石形の掃除ロボットがうろついている。
ダイザー達が、早速救命ポッドに取り付き、破壊を始めた。黒い円い窓が砕かれ、破片が飛び散る。
部屋にあるポッド全てを調べても、マイニャはいなかった。
「ここにはいないのか」
ビスラが靴音を響かせ踵(きびす)を返す。
造船所から引き渡されたばかりのように、キレイな床だった。コツ、コツ、サクッ。
やわらかい物を踏んで、足を見下ろす。革靴が、白い砂を踏んでいた。塩混じりの砂は、まるで導火線のように細い筋になって足の下からハッチの真下に続いていた。ちょうど外へ続く扉を開けた跡を消そうとした物の、なだれ込んできた塩を全て掃除しきれなかったように。
ダイザーの手から斧を奪い取り、ビスラは掃除ロボットに降り降ろした。散らかった破片を覆い隠すほどの塩が床に流れ出す。
ビスラは思わず声を上げて笑う所だった。
射出口を開け、トンネルを掘るように壁となっている塩を掘る。脱出ポッドに入り、コンベアの力を借りてその空間にポッドを運ばせる。そしてポッドの内部からリモコンで射出口を閉じる。室内に残った塩の痕跡は、掃除ロボが消してくれる。いや、消してくれるはずだったというべきか。
くだらない。実に。子供の遊びでも、命がけの逃走劇でも、かくれんぼというのは大抵くだらない事で獲物を見つけることができるものだ。くしゃみや、揺れた茂みの音などで。
「ダイザーども! ここのハッチを開けろ!」
塩の中でポッドに閉じ込められるのは、どんな感じだろう。暗闇の中で、一人きりで。さぞ、恐い事だろう。
「まるで生きながら埋葬されたようだな、マイニャ! すぐに掘り出してやる」
掘り出されたポッドは細かい砂にまみれ、砂糖でもかけたようだった。黒い丸窓の奥は、静まり返っていた。
「開けろ」
ダイザーがポッドの扉に器具を差し込み、こじ開けた。
ビスラの予想どおり、マイニャは対衝撃クッションの間で震えてはいなかった。
代わりにポットから吹きだしたのは大量の水だった。孤を描くような勢いで床に広がり水溜りを作っていく。
「うっ、なんのつもりだ!」
慌てて噴水のように水を吐き続ける扉から離れる。ダイザー達も不愉快そうに尻尾をまるめながら片足をあげ、きしるような声でどなりあっている。ビスラはきゅうくつそうに見える脱出ポッドも、結構な量の水が入るんだな、と思わず感心する。
「イタズラのつもりか? ばかばかしい」
ビスラは乱暴に水溜りを蹴り上げる。
と、視界の隅に何かが投げ込まれた。水面に沈んだ白いそれを見て、ビスラは一瞬凍りついた。短い蛇のような白い体。頭についた二つのアンテナ。修理ロボ。
「修理開始!」
どこからか、女の声がシャレにならない命令をくだす。角の間に、青い雷がほとばしった。糸くずのような電気の糸は水溜りの中を広がっていく。
「ガハッ」
まるで神経をすべて見えない手で引き上げられたように、体が跳ね上がった。目の前が一瞬白く染まり、ビスラは倒れこんだ。
「アッハハハハ!」
高らかな笑い声とともに壁の一部が砕け散った。銀色の破片がダイヤモンドダストのように降り注ぐ中、異形の美女が床に降り立つ。
「大量殺戮を企む人でなしでも、オイルと歯車で出来ているわけではなさそうだな。修理ロボの電気に倒されるのだから」
ガウランディアは腕組みをしてふんぞり返った。
「ダイキリさんに怒られないかしら。鏡を壊してしまって」
「しかたないだろう。この壁と同じ位大きい鏡なんて、他にないのだから」
ようやく、ビスラはこのドラニュエルの計略に気がついた。
あの塩は、ハッチに誘導するための罠。マイニャ達は鏡と壁の間に隠れ、じっとこちらがかかるのを待っていたというわけか。
ガウランディアに襟首を掴まれ無理に立たされる。
「動くな、トカゲども」
赤いマニキュアで染められた長い爪が、首にそっと当てられた。
「私がこいつを殺すと報酬がもらえなくなるぞ!」
ダイザー達が何より嫌がる脅し文句を叫ぶ。
倒れはしなかったものの、棒立ちになっているダイザー達の間を小走りにかけ抜ける。
自動ドアを開けたガウランディアが、廊下に一歩足を踏み出した時。ようやく体の自由が戻したビスラはかすれた声で叫んだ。
「カシは死んだぞ!」
その言葉はまるで魔法のように、ガウランディアの動きを止めた。ほんの一瞬だったが、我に返ったダイザー達がガウランディアを囲むには十分な時間だった。ダイザーが赤竜の美女を床に押しつける。
「は、放してください!」
マイニャも手を後ろに回され、動きを封じられていた。
「カシは死んだ」
懐から取り出したカシのゴーグルをガウランディアの前に投げ捨てる。ゴーグルにはくもの巣のようなヒビが入っていた。
「砂漠で撃ち落とされた。お前の部下は熱砂で焼かれ、ドラゴンにでも喰われているだろう」
ガウランディアは大きく目を見開いた。しかしそれは一瞬で、縦長の瞳が揺れたのを隠すようにまぶたを閉じる。細い肩が細かく揺れている。
ビスラはガウランディアの耳に唇を近づける。
「泣いていないで、部下のために祈ったらどうだ、ガウランディア」
「そうだな、二人が生きているように祈った方がいいぞ、ビスラ。お前が、お前自身のために」
目を開けたガウランディアは、泣いてはいなかった。まるで彼女の方がビスラにナイフを突きつけているように、不敵な笑みを浮かべていた。
「もし二人が死んでいたら、ビスラ。私はお前を殺す。お前だけではない。お前と血の連なる者、すべて消し去ってくれる。お前達地球人は、家族とやらをやたら大事にするからな」
自分の鼓動が少し速くなったのが、ビスラには気にいらなかった。怯えている? こんなトカゲの親戚のような奴に。
ビスラの靴がガウランディアの頭をふみつけた。頬の内側が切れ、唇の端から糸のような細い血が流れる。それでもガウランディアは目だけを動かしてビスラをにらみつける。
「だが、安心しろ、ビスラ。あいつらは殺したって死ぬ奴ではないからな」
「そうか」
ビスラは足に力をこめた。
ガウランディアが小さく「クッ」と呻いた。
「やめてください!」
甲高い声でマイニャが叫ぶ。
「おもしろいことを考えた。マイニャ。お前は父親の作った発明品で死んでもらおう。きっと、ユルナンもよろこんでもらえるだろう」
ビスラはマイニャの髪をつかんで、無理やり上をむかせ、微笑んだ。
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