第3話 たくらみ

ナルドは赤い砂埃の立つ街道をしょんぼりと歩いていた。祭りが近づいた街は賑やかで人通りが多く、歩きづらくてしかたない。

 中庭でマイニャから水をかけられたのはちょうど二日前。その日の夕方、マイニャからナルドは色々と信じられないことを説明された。ユルナン様の知り合いがマイニャを訪ねて来たこと。そして、その者がユルナンから謎のパズルを託されていたこと。それを狙う者をおびき寄せる作戦を立てたこと。

 荷物をまとめる指示に、色々な手続き。それに運送会社の手配。執事のナルドとしてみればやらなければいけないことが多すぎて、分かった事実に驚く余裕があまりなかったことが我ながら悲しい。

「たしかに古かったけど、あの食器セットが酒五本かあ。足元みられたかなあ」

 力なくたらした尻尾にぶつかって、手にさげた酒のビンがガチャッと音を立てた。

 キレイ好きなナルドは、せっかくだから館中の要らない家具の類を売り払っていった。今までは、汚れたり傷んだりしたものも思い出がつまっているとかで、マイニャが捨てるのを嫌がったのだ。

 お上品な高級街には、中古の商品を引き取ってくれる店などなく、わざわざスラムの近くまで売りにきたのだが、一つ問題があった。スラムのお店には、銀河共通の電子マネーをやり取りする機械がないのだ。というわけで昔ながらの物々交換にしたのだが、ビンを入れた袋が手に食い込んで痛い。本当はミルリク硬貨でもらいたい所なのだが、他の星に引っ越す屋敷の者が、ミルリクでしか使えない金を欲しがるはずはなく。

 けれどまあ、たまたま会った知り合いにマイニャ様がいつごろ帰ってくるのか聞かれた所を見ると、ダイキリとかいう男が流した噂は確実に広がっているようで、そこは喜ぶべきだろう。

 館につくと、銀色のコンテナが門の横に停まっていた。

「あ、お帰りなさい、ナルドさん。家具、高く売れました?」

 下働きのシャサトが、組み立て式のコンベアで荷物をコンテナに詰め込んでいた。

 ナルドは肩をすくめて酒を高く掲げて見せた。

「まあ、晩酌二、三日分って所だろ」

 シャサトはコンテナに鍵をかけ、扉についていたタッチパネルに宇宙港の住所を入力した。道路の一ヵ所に穴が開き、コンテナはその中へ吸い込まれていった。地下を通る荷物専用道路を通って、あと三十分もすれば別荘のある星行きの宇宙船に積み込まれるだろう。

「ああ、行っちゃいましたね」

 銀色のコンテナが見えなくなると、シャサトは鼻をすすった。

「なんだ、泣いてるのか?」

「だって、いきなりクビだなんて。他の仕事仲間も悲しんでますよ。そりゃ、ミラルクを出るからこの館に人は要らないっていう事情もわかりますけど、屋敷の人間九割をやめさせるなんて」

「そうか。お前兄弟食わせないといけないんだったな」

「お金の問題だけじゃないッスよ。結構、マイニャ様とは仲がいいと思っていたのに。なんだか、こんなにあっさりクビにされると大して良く思われていなかったんじゃないかって」

 ナルドはほんのちょっぴり、マイニャに同情した。

 ガウランディアが立てた計画は、召使の中でもナルドだけしか伝えられていない。そして、マイニャが行ったリストラは、どんな手を使って現れるか分からない敵から召使を守るためだということも。主として、従業員の安全を確保しようとしたのに恨まれるのでは、人の上に立つのも大変な物だ。

「ナルド! 帰ってきたの?」

 マイニャが二階の窓からひょっこりと首をだした。

「ちょっと来て! 話したいことがあるの!」

 マイニャの部屋は、植木鉢やぬいぐるみが片付けられ、だいぶスッキリしていた。ナルドが階段を登って部屋に入った時、マイニャは窓に視線を向けたままで、まだシャサトを見ていた。

「なんだか、恨まれてしまいそうだわ」

「しかたないですよ。彼らを守るためです。それに、全てが終れば、荷物も人も戻すことができますよ。全部の事情がわかって、またここで働けることになったら、シャサトはマイニャ様に感謝するでしょう」

「だといいんですけど」

 マイニャは振り向いてナルドを見た。

「さあ、あなたもそろそろここを出たほうがいいわ。館はカシさん達が守ってくれます。私も、ガウランディアさんの宇宙船へ避難させてもらいますわ」

 カシは、敵に不審がられないように最低限の使用人達を残して他の人間を全て館から出すよう指示してきたという。

 襲わせるつもりの館にわざわざ人を残すのは、たぶん敵がこの屋敷を見張っているから、だそうだ。引越しを始めたころから、運び出される荷物や、出入りする人間の様子に、パズルの隠し場所のヒントが無いかどうか注目されているに違いない、と。いくら引越しするとはいっても、まだ準備中の段階で急に館が空っぽになったら不審がられてしまう。

 ごていねいに、居残り組みはドタバタが終るまでおとなしくロックをかけた部屋で震えているようにとの指示まで来た。

 つまり、敵を迎え撃つのは全てカシ達に任せろということだ。ナルドにはそれが気に入らなかった。一晩だけとはいえ、会ったこともない奴に家を任せるなんて。

「まさか! このナルド、残りますよ。マイニャ様が私だけに計画を打ち明けてくれたとき、うれしかったんですよ。頼りにされていると思うと」

「悪い奴を呼び込もうっていうのよ? そりゃあ、お客様をおいしいワインでおもてなしする必要はないけれど」

「それでも、銃とナイフの用意は必要でしょう?」

 ナルドはにっこり微笑んだ。そして唇を開く。

「……ヨモギ月の十五日」

「え?」

 どこかで聞き覚えのある日付だけど、分からないというようにマイニャはキョトンとしていた。

「お忘れですか、マイニャ様。アナタの誕生日ですよ」

「まあ、そうでしたわ」

「私は、アナタが膝に乗るころから仕えているのですよ」

 コスウェンの民は長生きだ。外見上はナルドもマイニャも同じ年に見えるけれど、ナルドの方がはるかに年上。

「覚えていますか? 私がミラルク熱にかかった時のこと」

 ナルドは膝をかがめ、マイニャと視線を合わせてまっすぐ見つめた。

「もちろん。あの時は遊び相手がいなくて寂しかったもの」

「夜中にあなたの悲鳴で目が覚めて…… 隣でアナタが眠っていたときには、びっくりしましたよ。暗闇が恐くて、夜中トイレにも行けないあなたが、まさかたった一人で私の部屋に来るなんて」

 マイニャの頬がかあっと赤くなった。

「看病してあげようとしたんだけど…… 結局あなたの隣で眠っちゃったのよね。恐い夢見て大泣きして飛び起きて。結局あなたに寝かしつけてもらったんだっけ」

 あの時も、ユルナンは家にいなかった。

 マイニャは、ナルドが寂しがっていると思ったのだ。父さん一人いないだけでこれだけ寂しいのだから、お父さんやお母さんを他の星に置いて、一人ぼっちで病気になっているナルドは泣いているかも知れないと。

「風邪がうつらなくてよかったですよ」

 仲のいい兄妹のように、二人はくすくすと笑い声を立てた。

「マイニャ様」

 スッとナルドは笑顔を消して、真顔に戻った。

「普段幸いにも使う機会はありませんでしたが、私は多少武器を扱えます。ユルナン様は執事兼あなたのボディガードとして雇ったのですから。ユルナン様が戻るまで、私も一緒にお屋敷を守ります」

 このナルドの言葉と表情を、ホログラムで記録しておけばよかった。マイニャはそう思った。そしてそれをガウランディアに見せてあげたら、彼女はどんな顔をしただろう。

『お前のベッド、圧縮クロゼットの中…… 洋服を片付けるフリをしてメイドがこのパズルをこっそり探しているかも知れないぞ』

 冗談じゃない。ガウランディアの言葉が、なんだか最高のジョークに聞こえた。

「それに、お優しいマイニャ様のことです。屋敷に残しておく者をまだ決めていないのでしょう?」

「ええ。危険な場所に残る物を決めるなんて。なんだか、人の命を計っているようで」

「それも私におまかせください。それにしても、そのカシとかいう者達は、どんな人達なんです? 信頼できるのですか?」

「さあ。でも、悪い人ではないと思うわ」

「それはよかった。では、私はこの部屋を片付けてしまいましょう。申し訳ありませんが、他の部屋へ」

「うん!」

 マイニャは軽く手を振って部屋を出ていった。

 残されたナルドはふうっと溜息をつき、窓際に置かれた机に手を滑らせる。天板が開き、机の中に内蔵されたコンピューターとスクリーンが現れた。

「ジタか? ちょっと頼みたいことがある。ああ、マイニャ様の事だ」

 映像電話の画面をオフにしたまま、ナルドはスクリーンに小声で話しかける。

「ああ。ああ、そうしてくれ。絶対にばれるなよ」

 スクリーンの向こうから、ジタが一言二言、文句を言ってきた。

「仕方ないだろう。裏切ることになるのは分かってるさ。けど、あの世間知らずのお嬢様の巻き添えになりたくないだろう。では、こちらもなにか分かったら連絡する」

 コンピューターをしまいこみ、頭痛を堪えるように額に手を当てる。

「すみませんね、マイニャ様。でも、あなたは純粋すぎる。それでは、悪人に騙されても仕方がない」

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