第4話 尾のないトカゲ
大きな窓ガラスはブラインドモードになっていて、月の光も通さない黒に塗りつぶされていた。天井のパネルに組み込まれたライトはニセモノの星空を作り出して、ぼんやりと部屋を照らし出している。黄色いレンガを模した壁には、女の子らしく鳥や草の絵がかかれていた。
部屋の隅には天蓋があり、その下には薄いピンクのカプセル型ベッドが置かれていた。中に敷かれた毛布が小さく膨らんでいる。カプセル内に冷やした空気を充満させて早く疲れを取る半コールドスリープ機能のついたベッドだけれど、今その機能は使われていない。
毛布を頭まで引っ掛けながら、マイニャの寝床と彼女の姿を借りたダイキリは横になっていた。もともと、のんびりした性格のダイキリだ。敵を待ち構えている緊張感は、月がてっぺんになったころには大分薄れてしまっていて、二、三回うつらうつらしてしまったくらいだった。
それでも敷物の上を何かが引きずる音を聞きつけて、彼は闇の中で目を開けた。音の方に顔は向けず、耳だけを研ぎ澄ます。侵入者は、足に鋭い爪を持っているようだ。敷物の刺繍が、爪に引っかかってプチプチと切れる。五人。ダイキリはそう予想した。
足音が、ベッドの前に止まった。
「はあい! 待っていましたわ」
勢いよく蓋を開け、ダイキリが飛び出した。同時に天井のライトが灯る。
「真夜中に女の部屋に入り込むとはフテエ野郎だ」
壁に寄りかかる様にしてカシが立っていた。
急に溢れた光に目がくらみ、マイニャを捉えようとしていた侵入者は、腕をベッドに伸ばしたまま固まっている。そいつはトカゲに人間を足して二で割ったような生き物だった。 長く伸びたワニのような口。緑色のウロコに覆われた体。地球人なら神話のリザードマンを思い出すような格好だ。手首に重力調整装置をつけている。袋に首と手足を出す穴を開けただけ、というような服を着ているくせに、指輪やら首飾りやらで身を飾っていた。そのアクセサリーの中に少し血で汚れている物があるのは、今まで殺した者から剥ぎ取った戦利品だからだろう。
人数はダイキリが予想した数とぴったり同じ。一匹だけ、体の色が灰色の者がいて、そいつの服だけ赤く豪華だった。おそらくリーダーなのだろう。シッポが途中で切れているのは、戦士の証、といったところか。
「うお、ハチュウ類軍団。ボスのお仲間がたくさんいるぜ」
『私をそんな下等動物と一緒にするな! 後で裂くぞ!』
カシのはめたイヤホンから、ガウランディアの声が聞こえてきた。
カメラ付きのこのイヤホンは、アジトのメインスクリーンと繋がっている。ガウランディアはアジトにいながらスクリーンを通じカシと同じ景色を見て、同じ音を聞くことができるというわけだ。もちろん、イヤホンをつけた者同士も会話ができる。
「そんでもって干した後、裂きイカと一緒につまみの皿の上? カクテルダイキリを添えればアナタの忠実なシモベセットのできあがりってね。腹を壊すよん」
『ちゃかすな。そいつはダイザーという種族だ。力が強い。気をつけろよ』
言われなくても、どういう奴らかカシには分かっていた。力が強く、知能はどちらかというと人間というより動物より。塩やら宝石やらを報酬にやりづらい仕事してくれるのでアンダーグラウンドの人達に重宝がられている一族だ。
「こっちだ! 音がしたぞ!」
バタバタという足音と一緒に、防弾ジャケットを着た男達がなだれ込んできた。
「マイニャのガードマン達か? おとなしく部屋に隠れてろって言ったのに!」
「地球人とミラルジュ人は我々の仲間です! トカゲさん達だけつかまえて!」
マイニャ姿のダイキリが、彼女の声色を真似てどなった。
「捉えろ!」
ガードマンの一人が言ったその言葉が、戦闘開始の合図になった。
ダイザー達が、一斉にガードマン達に襲い掛かった。ガードマンの一人が飛び退く。空振りしたダイザーの爪が、壁にかする。金属の壁に、チーズをフォークで引っかいたような傷がつく。もしも首に当たっていたら、頭が転がっていただろう。
灰色ダイザーは銃を向けた。青い光を帯びた弾が、棚に載せられた小さな立体写真の板を打ち抜く。かすめただけで人間を殺すほどの電気を帯びた弾だ。回路を乱され、ホログラムはめちゃくちゃな映像を一瞬板の上に映し出して煙をあげた。
焦げ臭い臭いの漂う中、ダイキリは、毛布の中に隠した小さな香油壷の蓋を開けた。
「魔神(ジン)よ!」
白い霧が立ち昇る。
ダイザーの一人が床を蹴った。針のような瞳孔がダイキリを捉える。細いミラルジュ人の胸板など簡単に貫けそうな爪がダイキリの心臓を狙った。
爪の先端が服に触れそうになった瞬間、ダイキリが印を描くように小さく指を動かす。
白い霧が爪とダイキリの間に入り込み、薄い板に変わる。ガラスを引っかくような音と一緒に、ダイザーの腕は弾かれた。
ダイキリが空を弾く。その指の動きに応え、白い壁は槍に姿を変えた。ダイザーを串刺しにした白い槍は、また霧に戻って四散する。
霧状戦闘機、魔神(ジン)。その正体は、一つ一つは目に見えないほど小さなナノロボットの集合体だ。その全てにセンサーが着いていて、ダイキリの指示に合わせてお互いの密度を変える。隙間なく凝縮させればダイヤモンドのように固く、広げれば綿のように柔らかく。その姿と質感は変幻自在。
ダイザーがドサッと床に倒れこんだ。
「だっは~! さっきなんかヤな音したぁ!」
耳を押さえたくなるのを我慢して、カシは両手に拳銃を構えた。右手の銃には『シャハラザード』、左手の銃には『ドニアザード』。カシのシャレでそんな名前がついているが、こちらは正真正銘博物館から持ち出したようなただの拳銃だ。
襲い掛かってきたダイザーに銃口を向ける。肩を貫かれたダイザーが、ケイレンを起こしたように体を震わせた。
そのダイザーが倒れるのを見守りもしないで、カシは次の敵に照準を合わせた。
「おい、殺してないだろうな」
いつの間にか化粧を拭い取って、いつもの無口に戻ったダイキリが言う。
「生け捕りにするんだろ? わかってるって。残り二匹!」
「いける。こっちの勝ち」
戸口に向かうダイザーをダイキリが指差した。白い霧が網の形になって、ダイザーに絡みつく。
「よし」
指を丸めて、白い網に締まるように指令を出した。この霧は、なんとかダイザーを押さえ込むだけの力はあるはずだった。
無数のハエにたかられたように、ダイザーは振り払おうとする。ダイキリは機械が壊されないように網の一部の力を抜いて、他の一部は逃げられないように力を入れるという複雑な操作をしなければならなくなった。
「ダイキリ!」
カシの警告に、ダイキリは振り返った。さっき串刺しにしたはずのダイザーが、いつの間にか起き上がり、喉もとに咬みつこうと大きく口を開いている。 ダイザーは頑丈な種族だ。串刺しになった所で、あっさりと死ぬほど儚い体はしていない。
ダイキリは半分転がるようにして歯を避けた。
「……しつこい」
操縦者の集中が切れ、もろくなった網を振り払ったダイザーは捕まったうらみを晴らそうと、ニタリと笑う。
「おい、ダイザーって不死身か!」
カシはイヤホン越しに声を掛ける。
『ばかな。そんなはずはない。しっかり倒せ。もし無理なら、逃がしてもいい。だが、発信機はつけるんだぞ。作戦前に渡しただろう』
ガウランディアが落ち着いた声だった。こういう場合、ボスが慌てていないのは心強いが、こっちの気も知らないで、と思うと腹がたつ。
「いやいやいや、それも難しいって!」
「うわ!」
ガードマンの一人が悲鳴を上げた。床に銃が転がっている。どうやらシッポで叩き落されたらしい。
舌打ちをする余裕もなく、カシは男に止めを指そうとしているダイザーの胸にむけて引き金を引く。撃たれたダウザーは崩れ落ちた。
フッと気配を感じて、カシは振り返った。夢に出そうなドアップで、別のダイザーが牙をむいていた。拳銃を撃ったところで、ダイザーの勢いは止まらないだろう。本能的にそう判断する。
思い切り腕を伸ばし、ダイザーの両肩をつかむ。相手の勢いに耐え切れず、その格好のまま床に倒された。生臭い涎がカシの胸を塗らす。ダイザーは首を揺らし力を入れ、カシの腕を折って獲物の喉もとに食らいつこうとしていた。
「ぐ……」
限界以上の力でカシはダイザーの体を支えていた。腕が細かく震えている。
(あ、明日は筋肉痛だな)
カシは現実逃避にそんなくだらないことを考えた。
ゆらり、とダイザーの尾が揺れた。先に、何か光る物がくっついていた。カシは目を細めてその正体を見極める。丸まった尾が器用に持っているのは……
ナイフ。
「く、くそ。シッポ使う、なんて、卑怯、者! 俺には生えて、ねえ、んだぞ」
ダイザーの方も、シッポを使うのはそう頻繁にないようだ。取り落としそうになったナイフを、なんとか持ち直す。
ダイザーの目が、カシのノドを覗き見た。
「刺されて、たま、るか!」
カシは、首を捻ってダイザーの手首に噛み付いた。正確には、手首に着いた重力調整リングに。犬が肉を引きちぎるように、カシはリングをくわえたまま首を振った。金色の輪の留め金が弾け飛ぶ。
カエルを踏み潰したような声を立てて、タイザーはカシの上に覆いかぶさった。
「よいしょっと。くそ。歯茎から血が出た」
ダイキリは毛布をどけるようにダイザーの体をどかす。ダイザーは床にへばりついてもがいていた。故郷の星より重い重力になれないでしがみついているのだ。
大きく息をしながら、カシは床に転がった武器を拾った。
「さて。そろそろ終わりにしようや。グレイ君」
いまだに無傷な灰色のダイザーをにらみつける。
グレイダイザーは、仲間がほとんど動けないのを見て取ると、窓に向かって銃を撃った。砕け散ったガラスは、強い電撃をまとった弾丸で火花を散らす。グレイダウザーが短い尻尾を振って合図を送る。
ダイザー達は、一斉に窓へ殺到する。制御装置を外されたダイザーも、元気な奴に抱え上げられ、窓の外へと消えていった。
「逃がすか!」
カシの弾丸をくぐり抜け、グレイダウザーが窓枠に飛び乗った。そして、チラッと振り返ると、長い舌で大きな目を舐めた。
それが地球で言えば中指を立てるような意味だと本能で察して、カシの頭に血管が浮かぶ。
「野郎、ぶっ殺す!」
腰の袋から、空飛ぶジュウタンが飛び出した。ほんの数秒もかからず、カシは窓から飛び出して行った。
カシの残していった風に軽く目を細め、ダイキリはゆっくりと床に座り込んだ。香油壷の蓋を開けて、武器を回収した。ついでに、さっきのごたごたでダイザー達が落としていった宝石の類もちゃっかりいただくことにする。紫色の石の指輪が気に入って、自分の指にはめてみる。サイズがぴったりで、彼はにんまりした。
ミラルジュの民にとって、持ち主の見つからない物や野ざらしの死体から物をもらうのは悪い事ではない。道具もホコリだらけで放っておかれるより、使ってもらったほうが喜ぶだろうし、死者はあの世で何不自由なく暮らしているのだから、ちょっとぐらい失敬しても怒ったりしないという考え方からだ。
「あ、あなたがマイニャ様の言っていた……」
シッポがある所から、マイニャが言っていたナルドとか言う奴だろう。使用人の頭らしい男がダイキリの額に銃を突きつけてきた。
「マイニャ様は、味方だと言っていました。けれど、その戦いぶり…… まっとうな仕事をしている者とは思えませんが」
「気持ちは分かる。だが敵じゃない、私は。ん? どうした」
ナルドの視線が脇腹にむいているのに気がついて、ダイキリは自分の体を見下ろした。
さっきからどうも痛いと思ったら、人差し指ほどの長さの傷が斜めに走っている。地球人よりも少し色の薄い血が洋服に滲んでいた。
「その血に免じて、貴方を信じましょう。どんな理由があろうとも、あのダウザー達を追い払ったのは事実なのですから」
ナルドはガードマンの一人にダイキリの手当てを言いつける。
「それから、なにか男物の服を」
「ム……」
ダイキリは今更になって自分がマイニャの服を着たまま化粧を拭い取っていた事に気がついた。もちろん、さっきの戦いでカツラも取れている。ほんのちょっぴり、白い頬に赤味が差した。
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