日常





上を向くと、建物に囲まれているようで息苦しく見える空。



けれど今日も青い。


それを青く見せている太陽は、どこかの建物に隠れてしまって見えないらしい。






いつもと変わらず能天気な顔をして私達を見下ろす空に、


いつもと変わらない、うんざりするほどの人で溢れた電車。


それを待つホームに立っている私。

と人。


いつもと変わらずその中で手元の画面と対峙する人、

人、

人。



そのいつもと何ら変わりのない景色を見て、つまらない人生だな。

と、電車を待ちながらそう思うのも、いつもと変わらない私の日常のひとつ。







「おはよう」




急に驚かせないように静かに?


かと言って元気がなさすぎるのも困る?


やっぱり朝1番の挨拶だから元気に言った方がいい?


そんな色んなことを考えて、私に今日初めての言葉を口に出す。




そんなバカみたいな想像に自分で呆れた。



きっと君はそんな細かいことなんて気にしずに、何気なく発した声で私の心を空っぽにしてしまうんだろう。




柔らかくて優しくて、どんな言葉でもぴったり一致するような、君の声の全てを表すような言葉は見つからないけど、その声を聞いた瞬間、朝から考えていた色んなくだらないことが、すっと身体から抜けるような感覚がした。







振り返ると声と同じように、君は私を柔らかく、優しく見つめて笑っていた。




そんな君を見て、また私は眩しくなる。






彼のそんな一言で、

私の1日は始まる。







「おはよう」


そう言った後で、彼につられて笑っていたことに気づく。




それが可笑しくて、また笑う。


この瞬間が、好き。





すると不思議そうに、でも同じように笑いながら彼は私の顔を上から覗き込む。




「何が面白いの?」

「ないしょ」



そう言って丁度来た電車に先に乗る。





やっぱり人、人、人。


既に人で窮屈な空間にまた人が乗る。




そう考えてみると変な感じだ。





「もしもし?」


そう言いながらまた可笑しそうに首を傾げて、目線を合わせて私を見つめる彼に気づく。




窓から射し込む光が眩しい。


追い越していく建物によってその光が断続的になる。


そして今また、光が射し込んだ。





「あ、ごめん聞いてなかった」


反射で口から出た言葉の尻拭いはできないということを、駆け足で捕まらないように去っていく言葉を見てから気づく。



「いや、嘘。聞いてた。聞いてました。」

「いや、凄い勢いで目逸らしてるじゃん!」



あはは、と彼はやっぱり可笑しそうに声を出して笑う。


わたしもまたつられて笑う。





いつも彼の眉は笑うとハの字になって、眉毛も笑ってるように見えて楽しい。


そしてそれにきっと彼は気づいてない。




この瞬間も、好き。






やっと降りる駅のアナウンスが流れて人地獄から解放された。

人が溢れるようにホームを流れる。




その流れに意思とは反して乗る形になって微妙に焦る。


目の前にいた彼の姿がいつのまにか消えていた。



今の今まで目の前で話してたのになあ。


先に外に出て探せば良いか。





「わっ」


そう考えた時腕をぐっと掴まれて引き戻された。


若干浮いていたかもしれない。




引き戻す手の先を見ると、いつのまにか消えていた彼がいた。


「あれ?」


消えたと思った。


そう続けて言おうとしたら先に彼が口を開く。



「あれ?じゃないよもう〜。

消えたと思ったじゃん。

流れに身を任せすぎでしょー」


しょうがないなあ、といったようにわたしを見てまた眉をハの字にする彼。




あれ、笑う時だけじゃないんだ。





「え、太陽(タイヨウ)が消えたんじゃん」


何を言ってるんだこいつは。

朝からとんちんかんな事を言って…




「え?ちょっと待って嘘でしょ、俺が消えた感じになってんの⁈」

「そうでしょ」



びっくりした顔をしたと思ったらすぐまた声を出して笑う。もちろんハの字で。




朝から忙しいなあこの人。




そう思いつつもやっぱりつられて私も笑ってしまう。




忙しいのは私もなのか。

そう気づいて笑いながら驚く。


うん。やっぱり忙しいらしい。






「お前ら毎朝毎朝ほんと仲良いなあ」



彼の後ろから聞こえる声。



「あ、おはよう真白(マシロ)、夕汰(ユウタ)」

振り返ってそれに答える彼。



「あんた達も仲良いじゃん」


同じように毎朝一緒にいる2人に言う。


すると真白がげんなりした顔で私を睨む。


「ちょ、やめてくんない?誤解しないけど誤解を生む言い方!俺が女だとしてもこんなつまんない男嫌だわ〜」



親指でさらに後ろにいた夕汰を指差して言う真白。



「お前よりマシだろ」

それに静かに突っ込む夕汰。


「おいどーいう意味だ?それ」

「真白やめろって…」




すっかり人がいなくなったホームで何をやってんだこいつらと思いながら見守る。



「ちょ、憐(レン)何見守ってんの⁈」


半笑いで太陽が私を見る。


「いや、朝から真白うるさいなって…」

「おい!なんか俺だけがうるさい人みたくなってるけど元はと言えばお前始まりだからな⁈」




朝何を食べてきたらこんな元気でいられるのか今度会った時聞いてみよう。




「遅刻するから行こっか夕汰」

「だな」



電車が来るのか、またホームに人が集まり始めたところで夕汰の制服の袖を引っ張って歩く。



「え⁈なんで俺じゃなくて夕汰⁈」


そう騒ぐ太陽を背にして。


「知らなかったのか凛太君。憐はああいう奴だ」

「真白のせいだー!」

「いや、なんでだよ」



おかまいなしに学校に向かいながら


「楽しそう」


隣でそう言う夕汰に頷く。


「ね。なんで朝からあんなに元気なのか、もし今日会うことがあれば聞こうね。」

「憐がだよ」



え、と夕汰を見上げると微笑んで私を見下ろしていた。




さっきより開けた所にいるせいか、上を向くと眩しい。


黒い髪を短く切った夕汰の髪が、光に透けて茶色に見えた。




「朝からずっと笑ってる」


そう言われて、今も自分の顔が笑っているのに気がついた。



「最近いつも楽しそうだよね」

「…そうかも」


そう言った自分にまた笑みがこぼれる。


彼がいそばにいるせいだな


そう思って、また夕汰の顔を見上げた。


「ん?」


どうした?とでもいうように私を見下ろす夕汰。


「なんでも。」




きっと夕汰も同じように思っているんだろう。


いや、誰が見ていてもそう思うんだろうな







「つーかいつも思うけどさ、なんで憐だけ太陽って呼んでいいの?他の奴ってか、俺たちにもダメって言ってたのに」


青い空を見上げながら夕汰が言う。







彼の下の名前は太陽。だから本名を言っているのは私。

でも彼は周りの人に最初からリンタと呼ばれていて、凛崎(リンザキ)太陽、で凛太、らしい。



…そのネーミングをした人を私の前に連れてきてほしいといつも思う。


何故そうなってしまったのか、もっといいものは浮かばなかったのか、じっくり話し合いたい。






「それは」



ないしょ


私がそう続ける前にまた同じ言葉が飛んできた。


「ないしょだよー!2人の秘密だから教えてやんなーい」


私と夕汰の間に急に入ってきて太陽が言う。


「羨ましい?」

夕汰の肩に腕を回して。

反対では私の手をとって。



「羨ましくねーし。凛太君は凛太君だもんねー?」

「ちょ、うるさい真白」


さらに間に入る真白に突っ込む太陽。

その太陽の前に顔を出して真白の顔を見て言う。


「あ、また会えると思ってませんでした。次にもし会えたら聞こうと思ってたんですけど…」

「何で敬語?しかも、もし会えたらって何?会えるに決まってるよね?同じ学校で同じ教室だもんね?憐ちゃん?ん?」




私の言葉を遮ってまた太陽の身体から顔を前に出して私に訴える真白。





「ちょっとやめてよ〜俺挟んで面白い話するの〜〜」


また笑いながら太陽がわざとらしく止めに入る。






いつもの景色が、こんなにも愛おしいと思う。


それは間違いなく君のおかげで、

君がいるから。





わいわい朝から騒ぎながら歩いているといつのまにか学校が目の前にある。






それがいつもの私の朝で、私の日常。








今日も太陽が私を照らしている。

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