第八話 「やっぱり改造手術なんですか!?」



 時刻はレオが寮に帰宅する数時間前の深夜にまで遡る。


 突如出現し、襲いかかってきたデウスを謎の力でどうにか撃退したレオは武装をした正体不明の男たちに取り囲まれ、車に無理やり乗せられてどこかもわからぬ場所へとかどわかされていた。


 目隠しをされたレオにはどこをどう走っているのかもわからない。

 彼らがどんな集団なのかもわからない。

 レオの胸中は不安でいっぱいだった。


「そう緊張することはないさ。ほら、オレのこの大胸筋の脈動音を聞いてリラックスしな」


「それよりもオレの上腕二頭筋の上下運動に触れたほうが面白いぞ」


 隣に座る男性二人はしきりに何か冗談らしきことをレオに向けて話してきていたようだったが、内容はちっとも耳に入ってこなかった。


 当たり前である。視界を奪われ、走行する車に見ず知らずの異性と軟禁されて平然と冗談を楽しめるわけはない。


 幸いにもまだ彼らはレオに危害を加える気配はないようだが、目的がわからない以上、警戒心を緩めることはできなかった。


 時間の感覚もわからなくなり、ただ長いこと車上の人となっていることだけは理解できる程度に時間が経過した頃、レオを乗せた車は停車した。

レオは男性たちに導かれて下車をする。


 そしてどこかの建物に入り、エレベーターらしきものに乗せられる。

 エレベーターは感覚的に下に降りていき、やがて停止。エレベーターを出るとそこでようやく目隠しが外されて視界が自由になった。


「ここは……?」


 きょろきょろと周囲を見渡す。天井から床、壁に至るまで白で統一された清潔感のある通路が最初に目に映り込む。


 一体自分はどこへ連れてこられたのだろう。

 どことなく戦隊モノの基地っぽいこの造形。

 それなりに豊富な資金力を元手に作られた施設のようだが。


「館君、根古君。二人ともご苦労様。ここからは私が引き継ぐわ」


 セミロングの眼鏡をかけた知的な印象の女性が廊下の向こうからやって来て、未だレオの両隣に佇んでいた筋肉質な男性二人にそう声をかけた。


 館と根古。

 それが彼ら二人の名前のようだ。

 どちらがどちらかであるかは不明だが。


「ハッ!」

「イェッサー!」


 二人は統一感のない返事で敬礼。

 そのままバックしてエレベーターに戻って行った。


 扉が閉まる時、彼らがサイドチェストとダブルバイセプスのマッスルポーズをとって自分にウィンクしていたような気がしたがレオは見なかったことにした。


 目隠しを外されたこと、きちんと話ができそうな同性の女性の姿を見たこと。この二つの要因からレオは心に若干の落ち着きを取り戻した。


「ついてきてください」


 女性はそう言うと丁寧にワックスのかけられたリノリウムの廊下を歩いていった。




「では獅子谷レオさん。これを」


 ロッカーが並んでいることから更衣室だと思われる部屋へ案内されたレオは、籠に入った薄い青色の健診衣を渡されて着替えを命じられた。


「え? っていうかどうしてわたしの名前……」

「それは機密事項なので今は言えません」

「はあ……さいですか」

「私は外で待っていますから、着替え終わったら出てきてください」

「でも、わたし何が何だかわからなくて……」

「質問は後ほど伺います。今は指示通りに行動をしてください」

「は、はい……」


 有無を言わさぬ迫力にレオはわけもわからぬまま、言われるがまま頷く。


 どうしてこんなものに着替える必要があるのだろう? 自分はひょっとしたら取り返しのつかないところへ足を踏み入れてしまったのではないだろうか。


 そう思いながらタイツを脱ぐと、それが存外汗でぐっしょり濡れていることに気が付く。


 帰りにまたこれを着るのは嫌だなぁ……。

 籠に投げ入れながらレオはそんな感想を抱いた。




 着替えを終えたレオは再び眼鏡の女性に付き従って廊下を進む。


「ここって一体何なんですか? わたし、どうして連れてこられたんですか?」

「それは後ほど説明します。とりあえず今はついてきてください」

「はい……」


 一連のやり取りにデジャヴを覚える。

 徹底的な情報の秘匿にレオの中で不安が再燃した。


 怪しい。

 怪しすぎるぞ、これは。


 ひょっとしてここは悪の秘密結社の基地なのでは? だとしたら自分は改造手術を施されてしまうんじゃなかろうか。


 あれ? でも変身はもうしてるよなぁ……。

 どうやってしたのかは説明できないけれど。


 複雑な施設内を右へ行ったり左へ曲がったり、似たような通路をぐねぐねと通ってレオは連れられていく。


 やがて目的地に辿り着いたのか、女性は一枚の扉の前で立ち止まった。


「入るわよ」


 女性がそう言って扉の横にあるボタンを押すとドアが自動的に開いた。電気が点けられていないのか、室内は仄暗く中の様子をはっきり見通すことはできない。だが、


(うわ……汚い……)


 レオが眉を顰めながらよく目を凝らして覗き込むと、段ボールやら紙が散乱している足の踏み場のない床がかろうじて見えた。


「おっ、来たね」


 部屋の奥から白衣を着た金髪の女性がのっそりと出てきてレオたちを迎えた。

 サンダルで足元の紙やSDカードを踏みまくってるけどいいのだろうか……。随分と大雑把な性格の持ち主のようである。


 見たところ医者のような風体をしているが……。

 ひょっとして博士か?

 死神博士なのか?


 レオが警戒心と期待感の織り交ざった視線を送り込んでいると、彼女はボサボサの髪を気怠そうに掻きながらチョイチョイと指を曲げてレオを招き寄せ


「…………?」

「じゃ、この台の上に寝てくれる?」


 MRIやCTなどの医療機器に類似した機械に手を置きそう言った。


「やっぱり改造手術なんですか!?」


 レオが驚嘆して目を見開くと


「早く、寝な」


 真顔になって口調が命令系になった。

 つまらない冗談はやめろとその表情は言っていた。


「……はい」


 レオは大人しくごろりと横になる。

 どうやら改造人間にされる心配はないようだが。だからといって彼女らの胡散臭さが払拭されたわけではない。


「はーい、じゃ、天井のシミでも数えててねー」

「暗くて天井よく見えません」


 この部屋の光源は部屋の隅にある机の小さな電球とパソコンなどの電子機器の液晶画面だけ。窓も存在しないため月明かりが差すこともない。


 入り口のドアも閉じてしまったので廊下の光も入ってこず、室内は不気味さが際立つ不健康的な暗さとなっている。


「そーかそーか。まあ大丈夫さ」

「ねえ、電気点けないの?」


 眼鏡の女性が渋い顔をしながら口を挟む。


「医学にはムードが大切なんだよ!」


 ケラケラとマッドな笑みを浮かべながら白衣の女性はキーボードを叩く。

 ……会話が噛みあっていない。

 自分とも、眼鏡の女性とも。

 これは駄目なやつだ。

 何を言っても無駄だ。


 寝台に横たわったレオは諦観しながら回転するドーナツ状の機械に吸い込まれていった。




「はいはーい。終わったわよー。ちゃっちゃと降りてねー」

「あの……結局これって一体何の検査だったんですか?」


 終了の合図を受け、レオは上体を起こし訊ねる。


「どう? 英美。例のものはあった?」

「あったあった。びっくりだよねえ。しかもこいつを見てみな。もっとびっくりなもんがあるんだから」

「これは……」

「…………」


 眼鏡の女性と白衣の女性はレオそっちのけでモニターを見つめて何やら談合している。話している内容は相変わらずさっぱりだ。


 しかし白衣の女性の名が英美であるらしいということはわかった。

 今はあまり必要ない情報ではあるけれど。

 というか、彼女たちはまず自分に自己紹介をするべきだ。


 わけのわからないところへ連れてきた挙句、妙な検査まで受けさせているのだから。レオは彼女らの不作法さに内心で静かに憤った。


「で、大鳳隊長にはいつ報告すればいい?」

「今すぐよ。事が事だもの。隊長はずっと指令室で待機しているわ。ああ、もちろんレポートは後で別途に提出してもらうわよ」

「はぁー。ねえ里香。これ残業代つく? 明日は絶対寝不足だよ」


 白衣の女性もとい、英美は不満気に口を尖らせた。


「あなたはもともと昼夜逆転してるでしょ。この際だからこのまま夜まで作業して朝方に戻したら? そのほうが健康にいいわよ」


 里香と呼ばれた眼鏡の女性は英美に対してそんな辛辣なことを言った。口うるさいところがどこかのメイドを彷彿とさせる。


「それであのぅ、わたしはどうすればいいんですかね」


 二人のやり取りが交わされている中、すっかり蚊帳の外とされ所在無げにいたレオは手を挙げてぽつりと言う。


 もう自分に用がないなら帰らせてもらいたいのだが。寮の皆が起き出す前に帰らなくてはいろいろと面倒なことになる。


「あなたも一緒に来て頂戴」

「どこに行くんですか?」


 どうせまた煙に巻かれて教えてもらえないのだろうなと思いながら、何度目になる問いをレオは訊ねる。


「私の上司、いえ、この基地の総責任者のところよ」


「そーせきにんしゃ……?」

「ええ、だからついてきてください」


 眼鏡の女性、里香はクイッとフレームを押し上げ不敵に笑った。

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