第九話 「はい! 力の限り戦います!」
「君が獅子谷レオ君だな。私はこのデウス対策本部日本支部の司令官を務める大鳳巌だ。基地の皆からは隊長と呼ばれている。どうかよろしく頼む」
指令室と呼ばれる部屋に通されたレオは、そこで待っていた厳めしい顔つきをした恰幅のいい壮年男性から手を差し出され、そんな挨拶をされた。
筋肉質な大柄の体格。
ラガーマンよろしく膨れ上がった僧帽筋に鍛え上げられた二の腕。ズボンがはち切れそうなほどに剛健な足腰。
間違いない。
これは実用性を重視して丹念に作り上げられた上質の筋肉だ。日頃からトレーニングを欠かさず行っているレオには一目でわかった。
館や根古の見た目の派手さばかりを重視した、ただ太く肥大させただけのものとは異なり、大鳳氏の肉体には猛者だけが持ちうる凄みに満ちた厚みさと太さがある。
「は、はい。えっと、御覧の通りの獅子谷レオです。よろしくです」
レオは目の前の芸術と言うべき肉体美の迫力に圧倒されながら、おずおずと手を握り返した。
「あの……す、素晴らしい筋肉ですね!」
武を極めようとしている者としての憧憬が抑えきれず、レオは思わず口に出す。
「お、君にもわかるか? この研ぎ澄まされた肉の脈動が」
大鳳は嬉しそうにはにかみ、強面の顔を緩めた。
「はい。さっきの二人とは大違いです」
「……さっきの二人?」
「きっと館君と根古君のことですね。彼ら、さっき彼女に奇妙な動作でアピールしていましたから」
里香が横から補注を入れた。
「なるほどなぁ。まあ彼らはまだまだこれからの途上にある者たちだ。今後の成長に期待しておいてやってくれ」
「はぁ……」
ひょっとしたら館と根古は大鳳の弟子なのだろうか。
大鳳の言い方もそうだし、今思えばあの二人の筋肉のつけ方には大鳳へのリスペクトがほんのりと感じられる。
だとしたら自分も弟子に加えさせてもらえないものか。
彼のもとで修練に励めばさらなるステップアップが期待できそうな気がする。レオがそんなふうに考えていると、
「興味があるなら今度君も一緒に朝のビルドアップに参加するか?」
「え? いいんですか?」
「もちろんだ! 気概ある若者の参加はいつでも大歓迎だ! その代わり俺の指導は厳しいぞ?」
大鳳の一人称が俺になっていた。
きっと平時はそのように称しているのだろう。
自分の領域の話題になったことでプライベートの顔が出てきてしまったのかもしれない。
「師匠と呼んでもいいですか!?」
「よし! 来い、弟子!」
大鳳は吠えた。
「師匠ッ!」
レオも吠えた。
「弟子ィ!」
大鳳はもう一回吠えた。
「師匠ッ!」
「弟子ィ!」
「ししょ……」
「隊長、獅子谷さん。いい加減にしてもらえますか」
咳払いとともに里香の冷めた声が飛ぶ。
「二人とも、そろそろ本題に入らせてもらってもいいですか」
「……お、おお。そうだな」
年下の女性からの叱責に大鳳は大きな体を縮こまらせて頷いた。威厳があるのかないのかわからない人である。
「本題?」
「そうだよ。レオちゃんが発現させたあの鎧の力についての話さ」
英美が含みあり気に笑みを浮かべて言う。
「皆さんはあれが何なのか知っているんですか?」
「もちろん。それがあたしらの仕事だからね」
「仕事?」
「そう言えば自己紹介がまだだったね。あたしは黒松英美。『デウス対策研究所対策本部日本支部付属研究室』でデウスや鎧装表皮についての研究をしてる」
「デウ……対……研究……対? 日本があれ? 付属?」
だらっとした雰囲気の割に英美は驚くべき滑舌の良さで一切噛むことなく自分の所属を述べる。レオは長すぎて彼女が何と言ったのか全然覚えきれなかった。
ガイソウヒョウヒ?
聞いたことのない単語も追加で出され、謎な事柄ばかりが増えていく。
頭がパンクしそうになってきた。
「長い名前だろ? あっちこっちの機関に気を遣って各々の名称を組み入れたら寿限無みたいになっちまったんだとよ。ハハッ。馬鹿みてーだよなぁ。まあ、あたしのことは研究室の職員ってことだけ覚えとけばいいよ」
ケラケラと笑い、英美は白衣の胸ポケットから煙草の箱を取り出して口に咥える。
「ちょっと、司令室は禁煙よ」
「おうおう。副指令様は厳しいね。ちゃんと研究室に帰ってから吸いますよ」
「この基地はそもそも全館禁煙なのだけど……」
里香は呆れたように眉間を押さえて言った。
「ああ、このおっかない顔がデフォルトの眼鏡は基地の副指令を任されてる眉村里香な。別に怒ってるわけじゃないから怯えなくてもいいぞ」
「おっかないとは何よ。あなたの気が緩んでいるからそう見えるだけよ」
英美から紹介をされた里香はキッと目を吊り上げその内容を否定した。
……うーん、おっかない。
「それで、ここはどこで、皆さんは何者なんですか? デウスに関する何かをやっているのはわかりましたけど……。どうしてわたしを連れてきたんですか?」
「素性のわからないおっさんに弟子入りしちゃうとか、レオちゃんもなかなかサイケデリックだね。あたしゃは好きだよ、そういう子」
英美が茶化すように口を挟む。
「そ、それはあまりにも完成された理想的な筋肉だったのでついつい興奮しちゃって……」
「マイ弟子よ。それは違うぞ! 私のボディは今も現在進行形で成長している。筋肉に限界はなく、完成することなどない!」
「隊長、むさ苦しい肉の話はもう結構です」
「里香君! 肉じゃなくて筋肉の話で……いや、なんでもない」
眼鏡越しに煌めく里香の絶対零度の眼光に気付いた大鳳は、展開しようとしていた持論を自粛した。
咳払いを一つして、大鳳は仕切り直す。
「最初にも言ったが、我々はデウス対策本部という国際機密機関だ。自衛隊や機動隊、各国の支部や軍と密かに連携してデウスによる被害に対応している。時には戦闘もな。……その辺の説明、里香君からされなかったのか?」
「ないですねー」
何を訊いても後回しにされ続けてここまできたのだ。いい加減フラストレーションが溜まりまくって爆発しそうになっている。
「なるべく余計な情報は与えるなとおっしゃったのは隊長じゃないですか。私はその申し送りに従ったまでですが」
「そうなんですか、師匠?」
「いや、それはレオ君がもっと取り乱していると想定したうえで出した指示であってだな……。年端もいかぬ少女だと報告を受けていたし、一度にいろんなことを聞かされれば混乱してしまうと危惧してそう言ったのだが。……まさかここまで泰然としているとは思わなかったよ」
大鳳は感心したような、拍子抜けしたようなどちらともとれるそんな感じの口調でそう言った。
「いやいや、そんなことないですけど。もうわからないことだらけでだいぶ参ってますけど。安全区域のはずなのにデウスは現れるし。いきなり変身したり拉致されたりするし。おまけになぜか皆さん当たり前のようにわたしの名前を知ってるし」
「我々の諜報網を用いれば女子高生一人の素性を明らかにするくらい容易いことです」
里香が眼鏡の位置を調整しながら得意げにのたまった。
いろいろとヤバそうな権力を有していそうだが、とりあえず悪の秘密結社ではなく正義よりの組織らしいのでレオはひとまず安息する。
「まあ、順序立てて説明していこうか。君には知ってもらわなくてはいけないことがたくさんあるからな」
大鳳は腕を組み、目を瞑って重い口調で言った。
「知ってもらわなくてはいけないこと?」
「英美君。彼女の検査結果はどうだったんだ?」
「ああ、バッチリ。しっかり確認できたよ」
英美は大鳳に話を振られると、待っていたとばかりに脇に抱えていたノートパソコンをデスクに置く。
レントゲン写真だろうか?その画面には横から見た白黒のスケルトンな人体の全体図が映し出されていた。
英美は画像をクローズアップし、身体のアウトラインの一番外側の層を指差す。
「こいつは鎧装表皮って言ってね。限られた人間だけにしか見られない、皮膚の上に分布する肉眼じゃ確認できないほどに薄い鱗状の膜だ」
「へえ、そんなものがあるんですねー」
レオは他人事のように感心する。一方で英美は先ほどまでとは打って変わって真面目な顔つきとなって語る。
「鎧装表皮には二つの効力がある。まず一つは、これを有する人間はデウスの発する有害物質への耐性を手に入れる」
「それはすごいですね!」
「そうだ、すごいんだ。すごいからこそ希少で今現在、これを保有しているのは世界に三人しかいない」
「三人……少ないですね」
「そう、少ないね。けどまあ、君がその三人目なんだけどね。さっきの検査で君にこの鎧装表皮があることが確認されたから」
「それはすご……ええっ?」
レオは驚きの声を上げる。
「わたしにそんなものがあるんですか?」
レオは自分の両腕を交互に鼻先に持って行って臭いを嗅ぐ。ここに目には見えない極薄の膜が存在しているというのか。にわかに信じ難い。
「あるよ。この画像、レオちゃんの検査結果だし。比べてみなよ。こっちが何にもない一般人の画像ね。見比べればあるなしがはっきりわかるから」
二つを画面に並べて比較してみると、確かに一般人のものよりレオのだという画像のほうが身体を覆う層が一枚多い。
「ふむむむぅ……」
「それに目に見える証拠として事実、君はスケイルシードを覚醒させてスケイルギアを身に纏った」
「スケイル……ギア……シード?」
「二つ目の効果。それは保有者がデウスと対等以上に戦う力を手にする権利を得られること。あの鎧に身を包めるのは鎧装表皮を持つ者だけの特権なんだよ」
「そのスケイルなんとかって何ですか?」
「スケイルギアは君の纏った黄金色の鎧のこと。スケイルシードは鎧装表皮を土壌に鎧を生み出す種の役割を持った遺物、アーティファクトのことさ。形はいろいろあるけれど、レオちゃんはベルト状のものを使ったっしょ?」
「ああ、あれが……」
レオは連鎖的に目の前で絶命した男性を思い出して顔を曇らせる。
すぐ目の前にいながら救えなかった命。
レオがもう少し早く力を手に入れていれば助けられたかもしれない命。
「でもあれ、いつの間にかなくなっちゃったんですけど。……届けてくれって頼まれたのに」
「なくなってなんかいないさ。君は彼の最期の頼みをちゃんと叶えてやったよ。ちゃんとここにあるからね」
「え?」
「こいつを見てみ。別の角度から撮ったレオちゃんの画像」
英美がパソコンを操作して新たに画面に出したのは身体の正面からのレントゲン写真だった。
「これって……」
「ほう……」
大鳳も初見だったらしく、興味深そうに唸る。
「英美君、これは一体どういうことだ?」
「いや、実のところ初めてのケースであたしも驚いてるんだけどさ」
大鳳の問いに英美は肩をすくめて答えた。
画像の腹部にはレオが変身中に身に着けていたベルトと同じシルエットがくっきりと映っていたのだった。
「これってあのベルトですよね。どう見ても」
「だね。見事に埋まってるよねえ。スケイルギアが体内に吸収されるなんて今まで見たことも聞いたこともないよ。ま、そもそも分母が少なすぎるからこれがイレギュラーケースなのかは判別できないけど」
変身が解けた後、どこへ消失したのかと思っていたらまだ腹の中に納まっていたとは。
うーん、マタニティ。
「このベルトはいろんな研究所を巡って、ようやくあたしのところに回ってくるところだったんだけど。君のお腹の中にあるんじゃあれこれ調べられないよねえ」
「うぅ……すいません」
レオは腹部を押さえながら身を縮こまらせて謝罪する。
「いやいや、謝ることなんかないさ。むしろ感謝したいくらいだよ。身体の中に未知のアイテムを取り込むなんて特撮モノみたいな実例をあたしの管理下にあるタイミングで引き起こしてくれたんだから。うへへっ、研究意欲が刺激されるってもんだ」
「ひいっ……」
マッドな笑みを浮かべて舌なめずりをする英美にレオは恐怖を覚えて戦慄した。
「いや、安心してって。別に腹の中を掻っ捌くとかはしないから」
「そういう発想が浮かんでる時点ですごく不安なんですけど!」
「まあ人道に反さない程度に抑えるって。ここだと怖い副官が睨みを利かせてるから下手なことはできないし」
無言で眼鏡を光らせる里香を横目に、英美はペロリと舌を出してのたまうのだった。
「まるで監視の目がなければどんなことでもするかのような言い草ですね……」
レオは不信感をたっぷりと含んだジト目で英美を見ながらそう呟いた。
「兎にも角にもだ。どうして鎧装表皮などというものがあるのか、どうして限られた人間だけしか持っていないのか。詳しいことはまだ明らかになっていない。だが、デウスに立ち向かい戦えるのは鎧装表皮を持ち、スケイルシードを花開かせた者だけだ。これだけははっきりしている」
大鳳は渋い顔で腕組みをしながら重々しくそう語った。里香もレオをまっすぐに見据え、神妙に口を開く。
「今、世界でデウスと戦っている適合者はたったの二人。この日本支部にも一名在籍しているけれど、二人きりで地球全土を席捲するデウスには対処しきれない。誰がどう見ても明らかなキャパオーバーな状態が続いているわ」
「手っ取り早く、率直に言おう。獅子谷レオ君! 君には我々と一緒にデウスと戦ってもらいたい。君にはそれが可能な力がある。ただの女学生である君にこんなことを頼むのは筋違いであるとはわかっている。すぐには決断を下せないとは思うが――」
「はい! 力の限り戦います!」
何を迷うことかという問いかけである。レオは即座にそう返答をした。
「――思うが……。ん? んん? はい? 即答!? いいのか? そんなあっさりと!?」
「だってそれってつまり、わたしに地球の平和を守るヒーローになってくれってことですよね?」
「う、うむ。まあそういうことになるのか……?」
「最高じゃないですか! わたし、ずっとヒーローになりたいって思ってたんです!」
「…………」
大鳳は唖然とした顔で沈黙。
「こりゃびっくりだね。即断即決とは」
英美は感心したようにヒュウっと口笛を鳴らす。
「……いい、獅子谷さん? これは遊びじゃないのよ? 下手をすれば命を落とす危険も伴っているのよ。それでもいいの? ちゃんと考えて答えてる? 思考は正常?」
里香に至ってはレオの正気を疑ってきた。
失敬なことである。協力を頼んできたのはそっちのはずなんだけどなぁ……。どことなく腑に落ちないまま、レオは口を開く。
「もちろん覚悟の上です。わたしに戦う力があるのなら、わたしはやりますよ。ずっとずっと前に誓ったんです。昔、わたしを救ってくれた人のような正義の味方を目指そうって。わたしに希望をくれた憧れの人のようになろうって」
レオは名も知らぬ人物の影を浮かべ、思いを馳せる。
「そうか……だが君の……。いや、君に戦う覚悟があるというのなら野暮なことは言うまい。改めて、人類の平和のためにどうか頼む」
「はい!」
深々と頭を下げる大鳳にレオは大きな声で返事をした。
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