対決

「時間というのは無慈悲だ。待ってはくれないし、取り戻せもしない」

 私は石狩村長宅の居間に、以前と同じように人の牢獄を作られ、その中央に幽閉されていた。

 田島老人が、にこにこと演説を垂れている。

「人々はだからこそ時間を有効に使おうと躍起になる。限りある時間を、無駄にしないためにもがき苦しむ。制限があるからこそ、みんな苦しむ。どちらがいいんだろうね。一度限りの時間をどのように使うか思案する人生と、それを放棄し来世に期待するのと」

 私は頭を垂れ、目を瞑っていた。

 田島老人の声が途絶えると、今度は石狩村長の声音が言う。

「さて、立花さん。中町譲の死の真相は、わかったかね」

 ゆっくりと目を開け、石狩村長をはじめとする老人たちに視線を向けた。

 鼓動は早まり、今にも吐きそうだった。

「いえ。私には犯人を名指しすることは出来ません」

 私が言うと、石狩村長は大きく笑った。

「そうかそうか。それじゃあ約束どおり」

「待ってください」

 言下に返す。

「悪あがきか?」

 石狩村長は怪訝そうな顔をした。

「違います。私は、犯人を名指しすることが出来ないと言ったに過ぎません」

「わからなかったということだろ?」

「違います」私は再度、語気を強めて言った。「中町譲殺害に関して、こうではないか、という仮説を立てること自体は出来ました」

「言いたいことがわからんの」

「まあまあ村長、聞いてみましょうよ」

 苛立たしげな石狩村長をたしなめたのは、やはり田島老人である。

「どうも。私はまず、状況を整理しました。倉庫は前方後方の二つに入り口があり、それはどちらも施錠されていた。鍵はこの居間にひとつと、行方知れずのものがひとつ。この行方知れずのひとつの行方がわかったとしても、前方は私を含む六人が、後方は鶴さんと田島さんの二人が、それぞれ監視した状況にあった。前者に関しては私自身を含んでいるため不審な動きをしたものは居ないと断言できる。後者の二人に関しては、さらに目撃者が居る状態。つまり倉庫は完全な密室であったということになります」

 村人たちはじっとして動かない。

 私の言葉を静かに聴いている。

「私は捜索を始める前に、石狩村長を代表として、みなさんに対し、私に対する嘘は吐かないようにと約束をしました。つまりここまでは全て真実であったと、仮定します。その前提に立って私は幾通りか筋道を立ててみましたが、必ずどれかの条件が邪魔をして、成立しないのです。八方塞でした」

 私がこれから何を言おうとしているのか気付いたようで、田島老人はにこりと笑った。

 変わりない、穏やかな笑みだ。

「私は知人に対し救済を求めましたが、彼は大した助言をくれませんでした。ですがそれが結果としてこの結論に至るヒントになりました」

「なんじゃ」

 石狩村長はむっつりと腕を組んで、こちらを睨み据えている。

 ため息をひとつ漏らしてから、告げる。

「私の出した中町譲の死の真相、それは、村人全員が共犯者として、彼を殺害したというものです」


 しん、と静まり返った。

 私は鶴婆を見た。彼女は俯いたまま、こちらを見ない。

「こりゃまた随分突拍子も無いことを言い出すものだな」

 田島老人が笑う。

「そうでしょうか。しかしそう考えないと、不可能なんです。二つの出入り口は施錠の上監視状態。それを抜けるには、まさしくあなたか鶴さんが、犯行に及ぶほか無い」

「すると私か鶴さんが、嘘を吐いていると?」

「いや、あなたたちの発言に関しては、一概に嘘とは言い切れない。こんなもの、ただの言葉遊びですが、あなた方二人が同時に倉庫の裏口から侵入し中町譲を殺したとすると、確かにあなたたちは裏口に近づく人影は、見ていない。相方はずっと、前ではなく隣に居たんですからね」

「じゃあ私たちを見ていた村人はどうだ?」

 依然、楽しそうな調子を崩さない。

「話を聞いた限り、三人いました。私は少なからず彼らに関しては、嘘を吐いていると思います」

「それはどうして?」

「そう仮定しないと、事件は起きないからです。私は先ほど知人に、指を切る覚悟があるのかと問われ、本当は怖いと答えました。当然、誰しも指を切るなんて怖いに決まってると、そう思っていました。しかしあなた方はそうではない。あなたたちは自分たちの指を切り落とすことは厭わなかった。それほど、私の指が欲しかった。そうなのではないかと、思ったんです」

「面白いことを言うなあ」

「引っかかったのは、富樫さんの話でした。どうして約束に執着するのかという私の問いに対し、彼は、そう考えているうちはわからないと答えました。あなた方が執着しているのは約束ではなくて指だった。約束はただのステップに過ぎないのではと、そう考えたのです」

 富樫老人は自分の失言に項垂れた。

「それで?」

「私の指が欲しいあなたたちは自分の指を犠牲にして嘘を吐き、中町譲殺害に関して完璧な密室を作り上げた。しかし、誰か一人でも嘘を吐いているとすれば、こんな事件は密室でも何でもありません。至極シンプルな殺人事件に過ぎないのです。ただし犯人は一人ではなく、実行犯とそれを庇うもの、状況を整えるものなど、つまり村人全員に話が行き届いているはずだ、と考えたのです。だから私には、犯人を名指しすることが出来ないのです」

 石狩村長は少し残念そうにため息を吐く。

 田島老人ただ一人は、終始愉快そうにしている。

「それじゃあ、私たちが中町譲を殺した動機は? わざわざあなたが来てから殺した理由は?」

「わかりません」

「どうして自分たちの指は要らないのに、あなたの指を欲しがる?」

「それもわかりません」

「じゃあ、及第点だな。そこを含めて、中町譲の死の真相、ということになる。違うかな?」

 私は少しむっとし、

「あなたたちはそれじゃあ、嘘を吐いたこと自体は認めるのですね?」

「ああ、認めるよ」余りにもあっさりと返答が戻り、何も言えずに居ると、「私たち村人全員の共謀の末、中町譲は死んだのだと、ここに認めよう」そして田島老人はちらりと村人たちのほうへ視線を向けると、「ほら、じゃあ約束だから。三上さん、吉野さん、長嶺さん」

 私に対し「鶴さんと田島さんはずっと庭から村長の家を見ていた」と発言した三人である。

 三上、吉野、長嶺の三人は、石狩村長の下へ静々と進み出ると、右手を差し出した。石狩村長はそれぞれの手の下に木の板を差し込み安定させると、三人に布を咥えさせた。そして背後の押入れから裁縫バサミのような大きな刃物を取り出し、一人ずつ、躊躇いも無く、指を切り落とした。

 私は余りに唐突な、それで居て滑らかな作業に、言葉を漏らすことも、身動きすることも出来なかった。

「鶴さん、止血してやんな」

 三人は悲痛に泣き喚きながらも、大人しく鶴婆の先導に従い、奥の間に消えた。畳を血が湿らせる。木の板も鋏も、押入れに仕舞われた。

 茫然としていると、

「驚いたかね。まあ無理も無かろう。しかしこれが、約束というものだ。人々は約束を軽く見すぎなんだ。そうは思わんかな? 私たちは自分のした約束、もしくは破ったときの条件を、しっかりと守るよ」

 田島老人の穏やかな声音が、私の脳髄を揺らす。

 目と目が、がっちりと合う。

 私は自分の身体が震えているのを自覚している。

「そしてあなたは、二時間のうちに中町譲の死の真相を究明することが出来なかった。それがどういうことか、わかるかな?」


「何、恐れることはないよ。見てのとおり、切るのは一瞬だ。それに鶴さんの応急処置の手際はこの村でずば抜けて良い。安心して任せておけば大丈夫だ。そこらの医者よりも熟知しているかもな。彼女はそもそも自分で指を切ってそれを一人で何とかしてみせた人なんだから」

 私は先ほどの三人と同じように、木の板の上に手を差し出していた。

 ほとんど放心状態で、なすすべもなく、彼らの手引きに従ってこのような状況下にある。

 私は情けなくも、泣いていた。

 頭の中では様々な人間に詫びを入れていた。

「一瞬さ。本当に、ただの一瞬」

 陳腐な表現だが、据えられた鋏がきらりと光ったとき、私は自分の不幸を呪い、そして、自分の指を初めて愛おしく思った。

 切られたくない。

「待ってください」

 とはいえ、ほとんど何かを思考できるほど、冷静な状況ではなかった。

「約束は約束だよ」

「答え合わせをさせてください」

 頭に浮かんだワードを、出任せに口走る。

「答え合わせ?」

 適当な言葉に対し、帳尻を合わせる。

「なぜあなたたちは私が来てから、私の目に触れるように中町譲を殺したのか。そして自分の指よりも、私の指を欲しがるのか」

「その説明をすると、あなたはここから帰れなくなるよ」

 私は柊所長と吉原美津子の顔を思い浮かべた。

 何度も忠告をくれたのに無視をしていたのは、私に他ならない。

 ごめんなさい。

「構いません。本当に指を失ってしまったら、帰るところなどありません。私はこの指に、探偵としての、人間としてのプライドを賭けたつもりです」

 田島老人は今まで以上に豪快に、笑い声を立てた。

 そしてそれが落ち着くなり、大仰に目元を拭い、

「よかろうよかろう。もともとここまで把握してくれるのではないかと期待して、あなたに究明を求めたのだから。及第点を取ったご褒美に話してあげましょう。いいかな、村長」

「田島さんに任せるよ」

 石狩村長は顔を伏せたままである。

 ほかの村人たちも、落胆の色が濃い。

 どういうことだろうか。

「私たちはそもそも、約束に執着しているわけでも、指に固執しているわけでもないんだよ。だから約束を破れば指を簡単に切り落としてしまう」

「どういうことでしょうか」

 田島老人は少しの間を取って、

「私たちはただ、救いを求めている。それだけなんだ」

「救い、ですか?」

 私はまさしくクエスチョンマークを頭に浮かべていたことだろう。

 論点が飛躍している。

「まさしく今あなたが欲しいものだろうけどね。私たちが欲しているのは、もっと雄大な、穏やかな救いだ」

「穏やかな救い?」

 田島老人は私に講釈を垂れるように、仰々しく指を立てた。

「アングリマーラという人を知っているかな。釈迦の弟子の一人で、本名はアヒンサという」

「存じません」

 そうかそうか、と呟くと、

「じゃあまず、彼について簡潔にお話してあげよう。アヒンサは十二歳のとき、一人のバラモンに師事し、ヴェーダを学んだ。彼は五百を超える弟子の中でも体力があり、容姿も端麗であったという。ある日師匠が王の招きにより留守にしていたとき、師の妻がアヒンサに誘惑を仕掛けた。アヒンサは当然これを断ったが、すると妻が自身の衣類を切り裂き、夫に対して、アヒンサに襲われた、と嘘を吐いた。師匠は怒り狂ってアヒンサに対し、明日より百人の人々を殺して指を切り取り、それを首飾りにすればお前の修行は完成する、と命じた。アヒンサは悩んだが師匠の命令を聞いて、人々を殺すとその指を切り取っていった。それから彼は指の首飾りアングリマーラと呼ばれ恐れられるようになった」

 私は聞きながら、鶴婆の言った「釈迦を信じるか」という話を思い出していた。

 同時に、いつ隙を見つけて脱走するか、徐々に平静を取り戻し始めた頭で考える。

「彼はアングリマーラと呼ばれ恐れられるようになってからも、人々を殺して指を切り取り続けた。そして最後の一人にと選んだ男が釈迦だった。そして救われた。とまあ、諸説あるが、簡潔に話すとこのような具合かな」

「それが、どう関係してくるのですか?」

 私は仏教には疎く、バラモンとか、ヴェーダと言われても意味を理解していない。

 とにかく哀れな男がいたという話だろう。

「輪廻転生というものがある」田島老人の話はまた飛躍した。「生命は朽ちるとまた、別の形になって生まれ変わるというものだ。仏教において、輪廻は苦として捉えられる。この輪廻から抜け出すこと、つまり解脱することが目的となるわけだ」

 全員の神経が田島老人の言葉に向いていると思っていたが、眼前の石狩村長は私の指に視線を落としたままだった。顔に生気は無いが、どうも、抜け出せそうにもない。

「残念ながら私たちは釈迦を信じているとはいえ、根っから仏教を信仰しているわけではない。付け焼刃の知識で知っているのはこの程度のことさ。調べる時間はあっても、調べる手段が無い。テクノロジーの進化も、こんな山奥にまでは波及しないからね。私たちは本来的な意味で隔離されているといっても過言ではない」

 人間はハイテクの中にあってもハイテク自身にはなれない。不合理なことをするから、合理的なテクノロジーには屈服しない。

 柊所長に向けて自分が言った言葉を、思い出していた。

「一体何の話をしているのやら」率直な感想を述べる。「その某という人が、救いを求めているという話とどのような関係が?」

「若い人はすぐに結論を急く。何でも与えられて育ってきたからかね。考えることをすぐに放棄する」柊所長と同じようなことを彼は言った。そして、「私は若い時分にこのような逸話を聞いたとき、考えたんだ。私たちもアングリマーラのように間違いを犯せば、釈迦が導いてくれるのではと。戦争もなく、怒りや悲しみも無い、完全な世界へと、私たちを導いてくれるのではと」

 私は全員を見回した。

 うんうんと頷くものも居る。

 まさしく「静聴」というに相応しい。

「その間違いが、つまり殺人なのですか?」誰にとも無く言う。「そんな考えは狂っています」

「それはあなたの基準で、だろう」田島老人は全く表情を変えずに言った。「私たちにとってはこれが正常なんだ」そして、わからないとは思うがね、と彼はポツリと呟く。「私たちはアングリマーラの話のように、人々の指を集めてみることにした。愚行を犯せば誰かが救いにやってきてくれると信じて。とはいえいきなり他人を巻き込むような思考には陥らなかった。だから、自分たちの指を切ったんだ」

 目の前の、大きな鋏を見る。

 滑らか過ぎるほど、手馴れた処置。

「しかし全員一本ずつ、どこかを切っても百には満たない。もう一本ずつ、と思い何人かはさらに指を切ったが、ショックで死ぬものまで出てきてしまって、これは効率が悪いと判断した。そうしてようやく、外に出て人を殺すことを考えた。あるいは村に来た人間の指を切断しよう、と」田島老人は自分の手を見つめた。左手の中指が欠損している。「私たちはみんな、一度は外に出て人を殺している。何度も事前に街へ出て、そこで怪しまれないように標準語まで覚えてね。何件も何件も事件を繰り返しているから、警察も当然、それらを共通して考えているはずだが、彼らは共通した事件だと思えば思うほどその情報を隠すから、もしかするとあなたがニュースで見ている何気ない殺人事件も、私たちによるものだったかもしれない。指が欠損した死体なんてインパクトの強いものは聞いたことが無くても、実際は私たちの手による殺人があったかもしれない。そう思うと少しわくわくするだろう」

 私は視線を石狩村長に合わせた。

「どうかしてます」

 彼は目を合わさず、答えはやはり田島老人が寄越してくる。

「なんとでも。私たちは人を殺すことにも自分やほかの人間の指を切り落とすことにも、なんら躊躇いも厭いもない」

 指はまだ逃げていない。

「それを正常だとよく言えますね」

 水溜りに石ころを投げたように、私の発言は居間に波及した。

 ただし狭い空間を反響し、全ては田島老人に戻る。

「あなたはまだ若い。未来もあり、夢もあり、信念もある。誰よりも自分が有能だと思っているし、事実他人より抜きん出ている部分もあるだろう。知力も体力も申し分ない。とてもすばらしい人間だと思う」しかし、と彼は続ける。「だからこそ、きっと理解なんて出来ないのだろう。私たちはただ、死を待つだけのでくにはなりたくなかった。持て余した退屈をただ持て余しているだけではいられなかった。あなたの持つ未来が、夢が、信念が、そして希望が欲しかった。生きることに意味が欲しかった。それだけなんだよ。ただしたったそれだけのことを、あなたは持っている。だからきっと理解は出来ない」田島老人の演説は興に乗った。「肥大化していく高齢層を、国はどうにかしてくれるのか? 若造たちが、ただ私たちを疎んじているだけじゃないか。私たちは本心から、私たちを導いてくれる人を待っていただけなんだよ。ころころ代わる国のトップではない。間違いを犯し続ければ、正しい道へ導くためにきっと現れてくれる、釈迦のような人を」そしてにこりとひとつ笑うと、「あなたは私に、なぜ会釈をしたのかと聞いたね。私はあなたを一目見たとき、その目に企みがあることがわかった。迷い込んだわけではないとすぐに思った。鶴さんに話を聞いて、あなたは頭が良い人間だとも直感した。だからあなたの目の前で間違いを犯せば、導いてくれるかもしれないとそう思った。これが、中町をあなたの前で殺し、何よりあなたの指を欲しがった答えだ。しかし、私の勘違いだったようだな」

 田島老人は私の目を見ると、続ける。

 感情はもはや、読み取れない。

「あなたがなろうとは、思わなかったのですか?」

「私が? 何に?」

「先導者に、です」

 田島老人は私の言葉を聞くと大きく笑った。

 感情の箍が外れているようにさえ見えた。

「先導者に? 私が? 冗談はよしてくれよ。私は導きを待っているんだ。救いを求めているんだ」そして村人を見回すと、「確かに彼らは私の考えに共感してくれた。賛同し、ともに歩んでくれた。でもそれは、彼らの救いになろうとも、私の救いにはならない。私は私自身が救われたいんだ。誰かにとっての私ではなくて、私にとっての誰かが欲しかった。……まあ、あなたにはわからないだろうがね、こういった思考は。若者は我先と旗を欲しがる。欲しがる割に、振るだけで満足してしまう。行き先を決めてくれない。国を見ればよくわかる。どこに向かうべきかわかっていない。だから後続するものも余所見がちになる。そうして、内部で争いが耐えない。不完全な調和なんだ。私はそう、常々思う。だが、かといって私は完全な調和へ国や人々を導く力は持っていない。山奥の村ひとつをまとめるのが精々さ。私の求める規模は、その程度じゃないんだ。わかるかな。だから私は釈迦にはなれない。なろうとすら思わない」

 私は柊所長の言葉を思い出し、

「今は歩でも、一歩一歩進んでいけば、いつかは金に成ることもできるんです。そもそも完成された駒は、存外隙が多い。歩だったからこそ、攻め入れる局面もあるんです。あなたの欲しいものは、当然のようにあなたも持っていたはずだ。あなた自身が、あなた自身の手で、意思で、その希望や未来を、捨てたのではないですか」

 そう言ったが、田島老人はにこりともしなかった。

 しんと、一瞬の間が生まれる。

 田島老人は小さく首を振った。

「さて、お望みの答え合わせは終わりだ。おしゃべりはこのくらいにしておこうか。約束は、約束だからね。この話を外部に漏らされては私たちの行動に制限が出る。それはもう十分にわかってもらえたと思う。そして、導いてくれないのならば、あなたは路傍の石と相違ないことも」視線を私の奥に座る石狩村長のほうへ向け、「立花さん。指を切ってから死ぬのと、死んでから指を切るのは、どちらがいい?」

 鋏が一度、目の前でシャキリと開閉される。

 その良く研ぎ澄まされた切っ先を、見つめる。

 先ほど三本の指を切り落としたため、血が滴っている。

 それでも鈍重に私の目を眩ませる。

 彼の言うとおり、一瞬で全ては終わるのだろう。

 もう引き伸ばしも無理だ。

 例えば鋏を奪い取って悪あがきをしてみても、老人とは言えこの人数相手には敵わないだろう。

 奪い取れるかも怪しいし、ましてやみんな誰かを殺してきた人間だ。

 現実的思考ではない。

 逃げることも叶わず、逃げ場もない。

 私は目を閉じた。

 頭の中にはいくつかの顔が浮かんだ。

 後は空虚な闇である。

 余計なことに首を突っ込まなければ良かった。

 彼らは本気だろう。

 私では、力不足だった。

 探偵としても。

 そして先導者としても。

 一瞬。

 一瞬で終わる。

 それを信じてみるか。

 さて、

「殺して構いません」

 さよならだ。

 

 そのとき、

「すみませーん」

 若い男の大声がした。

 私はそれこそ、救われた気分になった。

 どうやら警察がやってきたらしい。

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