捜査
「何やってんの。朝霧くんは全然僕の言ったことを理解していないじゃないか。何より大事なのは所員なんだよ。余計なことに首を突っ込むんじゃないよ」
子どもをしかりつけるような調子だった。
「大丈夫ですよ。指をひとつ失ったくらいで、将棋が指せなくなるわけじゃないですから」
私は子どものように、見栄を張る。
「君は本当に……、まあいいや。もう僕は知らないからね」
「それに、そんなに悪条件でもないんですよ。私がその約束を呑む交換条件として、村人たち全員に対して、これから先私に嘘は吐かないよう約束しました。彼らも同じように、指を賭けて」
「ふうん……」柊所長はしばらく思案に耽るように間を取った後、「じゃあ、ついでだから僕とも約束しよう」
「なんですか?」
「君のそのゲームは延長しても今日一日限り。明日にはその村を出て帰ってくること」
「破ったら?」
「一ヶ月減給」
「わかりました。明日には帰ります」
通話を終える。
そもそも二時間限りのゲームだ。
延長は無い。
私は早速行動に移る。
まずは鶴婆と田島老人に、再度確認を行うところから開始した。
私が石狩村長宅へ連れて行かれてから二人が雑木林を挟んでこちらを見ていた間、倉庫に近づく人影はなく、また悲鳴が聞こえてからも同様であったことを確認する。
次いで、石狩村長に対し、倉庫の鍵は居間に仕舞っているひとつしかないのかと確認すると、
「いやあ先ほどのは嘘だ。本当はもうひとつ存在する」
と早速手のひらを返すので、私は睨みつけてやる。
嘘を吐かせないという約束をしておいてよかったと、私は自分の判断を褒めた。
「ただし全くの嘘ということでもない」
「どういうことですか?」
「どこにあるか、誰が持っているのか、それをわしは把握しとらん。確かに昔は二つともをそこに保管していたが、気付いたら無くなっておって、そこから行方知らずじゃ。そういう事情で、あそこの倉庫は空っぽにしてあるんじゃよ」
なるほど。あれは中町譲監禁のためではなく、もともと殺風景な場所であったのか。
「心当たりも?」
「無いなあ。狭い村だから、逆に言えば全員が心当たりになる。誰が持っていようとも気にしない、というのが素直な感想じゃな」
私はこの発言に少々違和感を覚えたが、時間が無いので会話を区切る。
中町譲殺害において問題となるのは、誰ならば犯行をなしえたか、という一点である。そして奇怪なトリックを駆使した場合を除けば、その時点で私と同じ空間にいた石狩村長、他取り巻き四人は除いてよかろう。ただし、矛盾するようであるが、私の知りうる範囲ではこの五人の老人以外に犯行は犯せない。というのも、現時点でわかっている鍵のありかは、まさしく私がいた居間だけなのだから。
話をしている最中、私の注意力はどうであったろう。こっそりと誰かが鍵を持ち出し、中町譲を殺害して戻ってくる、という手順を踏むことを、気付かずに居るほど余裕が無かったか。確かに圧迫されてはいたが、犯行に全く気付いていなかったとするのは少々現実味に乏しい。
なので結局は、今回の事件において焦点を当てるべきは、紛失したもうひとつの鍵のありかになる。すでに事件から間が経っているため、犯行に使われた凶器やその際に着ていた服などは捨てられたか洗われたかして、目視確認は難しいだろう。鍵も放った可能性もあるが、こうした最重要証拠に関しては、犯人は手元に置いておきたいと思ってしまう傾向がある。自分の身に着けているのが最も安全だからだ。なおかつ私にさえ鍵を持っていることを悟られなければいいのだから、簡単なものだろう。
刻一刻と時間が迫る。
容疑者は村人全員。
私を囲んでいた五人と、目撃者である鶴婆、田島老人を除いても、約二十人前後もいる。
私は煙草を吹かしながら、中町譲が死亡した際の状況を確認する。
中町譲は、私のいた石狩村長宅のほうへ頭をむけ、背後に切り傷を負った状態で死んでいた。当然私は居間から人影を視認していない。つまり裏口のほうから何者かが鍵を使い扉を開け、正面口のほうへ逃げようとした中町譲を背後から襲った、という手順が最も想像しやすい。
私はこの際、もちろん鶴婆ないし田島老人が犯人ではなかろうか、という推測を立てなかったわけではない。しかしどちらも、お互いを監視した状況にあった。片方が裏口に近づき犯行に及ぶのを、もう片方が黙ってみていたとも、そしてそれを私に告げないというのも、嘘を吐かないという約束をした以上可笑しい。
では二人ともが共謀して殺害したのではないか、とも当然考えた。しかし問題は、この二人が庭に立って石狩村長宅を見ていたのを、さらに目撃している村人が数人居るのだ。つまり彼らはその場からは動いていなかった。のちに確認したが、二人とも鍵を持っても居なかった。
倉庫の周囲をさらに何度も回ってみるが、機械仕掛けらしい装置は存在しない。中町譲は確実に何者かに直接殺されたということである。
私は早速手詰まりの状態に陥った。
いくら仮説を立てようと、それを崩すに十分な証言が必ず存在する。
そうこうしているうちに半時間ほどが経ってしまっていた。
どうしたものかと考えていると、携帯電話が鳴る。
「はい」
「私ですう」
吉原美津子である。
「どうした?」
「金子菜々美さんからのメールです。立花さんはまだ帰らないのか、って」
すっかり自分の興味本位で動き始めていたため、金子菜々美の存在は希薄になっていた。
「明日には帰るよ」
「はあい。なんだか心配しているようなので、早く顔見せてあげてくださいねえ」
私はこのとき少々の違和感を覚えたが、今はそれを気にしている暇は無い。
「わかったよ。延長して悪いね。所長は居る?」
「居ますよ、代わりますかあ?」
「そうだね。代わってくれるとありがたい」
「はあい、ちょっと待っててくださあい」
そうして遠いところで、吉原美津子が柊所長を呼ぶ声が聞こえる。
何口目かのピースを吹かす音がする。
「どうしたの」
「手詰まりです」
私が即答すると、
「だから言ったじゃない」
「すみません。身の程知らずでした」
「どういう状況なの?」と聞かれたので大まかに説明すると、「ふうん」
「何かわかりますか」
「さあ、わからないね。現場の倉庫は密室だった。なおかつ、前方も後方も、出入り口は誰かによって監視されていた。村長の家では君自身が、そして後方側は別の村人が、さらに監視していた。言うなれば三重の密室になるわけだろ? 解けるとは思えないね」
「最短だと、あと一時間半を切ってます」
「君が引き受けたことだろうに」
「わかっています」
「指を切る覚悟がある、みたいなことをさっき言っていたじゃないか」
「失言でしたね。怖いです」
「怖いくせに約束なんてするんじゃないよ全く」
「どう思考を組み立てていけばいいでしょうか」
「そうだなあ……。君は今、目の前のことを、目の前にあるとおりにしか把握していない。もっと拡大解釈をしてみたらいいよ。俯瞰的な目線を持ってみたら何か違ったものが見えてくるかもしれない」
私はそれからも、無為な時間を過ごした。
二時間なんてものは、あっという間に過ぎてしまう。
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