12 聖地に輝く、俺の命
12-1 王家の聖地
「なんだか恥ずかしんだけど」
ネコネコマタの正装で女装させられ、
「いや、お前似合ってるぞ。へへっ。あたしの姉貴にしてやろうか」
リンがニヤニヤする。腰に布を巻いて上着を着、頭から別の布をフードのように被ったスタイルだ。下着は着ないので、なんだか下半身がスースーする。先ほどから異界を王家の聖地に向け進んでいる。慣れない服なので、なんだか自分の体じゃないみたいだ。
顔を覆う布を、伊羅将ははねのけた。
「女装する意味あるのかよ」
「一般参列者の女子正装は顔を見せないからな。忍び込むには最適だ」
「リン、お前はフードないじゃないか」
「あたしは貴族正装だ。あたりまえだろ」
「いやそんな、ネコネコマタの儀礼なんか知らんし」
「お静かに」
陽芽に制された。
「そろそろ聖地の入り口ですわよ。お兄様、きちんと
文字どおり借りてきたネコのようにしずしず入り口に近づくと、陽芽を視認した衛兵らしきネコネコマタが、騒ぎながら飛んできた。皆人型だ。ネコネコマタ女子らしく見えるよう、フードの中で、伊羅将はせいいっぱい身を屈めてみた。
「姫様、今までどちらに」
「陽芽様がおいでにならないので、大騒ぎですよ」
「学園の友人を迎えに行っていたのです。ネコネコマタとニンゲンの」
「ニンゲン……。大丈夫なのですか」
胡散臭げに、レイリィを睨んでいる。ネコネコマタ正装の伊羅将には、疑念を抱いていないようだ。
「平気です。お姉様のご友人でもありますのよ。レイリィさんです」
「こんにちわー。本日はお招きありがとうございまーす、はあ。それでとりあえず、超急ぎで花音ちゃんと会いたいんですけどー」
派手なツアーTにデニム姿のレイリィが、ペコリと頭を下げた。それにしてもよくこんなカッコのまま来たな、レイリィの奴。仮にも王家の結婚式だぞ。
――ただ、レイリィに注目が集まる分、こちらは目立たずバレる可能性は減る。もしかして、レイリィはそこまで考えてたのかな……。いや、ないか。
能天気なレイリィの横顔を、伊羅将は、フードの奥からチラ見した。
「姫様との面会はかなわん。儀式にてご尊顔を
「それより陽芽様。もう式が始まっています。早くこちらに」
時間がないのだろう。陽芽は手を引かれ、連れ去られた。伊羅将たちに目の合図を残し。
「陽芽様がお戻りだ。お前はすぐに報せに走れ。そしてお前……。お前はご友人の方々を、会場にご案内しろ」
衛兵の隊長と思われる人物が、手早く指示する。
――待ってろよ花音。すぐ助けてやるから。
拳を固く握り締めた伊羅将は、仲間と共に聖地内部に導かれた。
●
内部は、この間見たクルメ族のものとも違っていた。単に王家一族の聖地であるだけでなく、ネコネコマタ全体の聖地でもあるためだろう。
神木が二十ほどあり、それぞれ異なる柄の布で装飾されている。中央の神木はひときわ太く、発光する草花で照らし出されている。
「各部族の
リンが解説する。
「あたしも王家の聖地に入るのは生まれて初めて。なんだか、すごいパワーを感じる」
リンの腕には鳥肌が立っている。中央は広場になっており、参列者をかき分けるようにして、伊羅将たち三人は前のほうへと案内されてゆく。
参列者が途切れなく続く。数千人はいるだろうか。はるか先、参列者の頭越しにひときわ輝くスポットが当たっているのがわかる。おそらくあそこで式が行われているのだろう。
聖地を包む荘厳な空気に、伊羅将は圧倒されていた。歩いている自分が、とてつもなく場違いに感じ、なんだか現実感がない。足がガクガク震えているのが、自分でもわかる。この間、クルメ族の集会に出たときとは全然違う。圧倒的な聖性を感じるし、今回は自分の命すら保証されないのだ。
――雰囲気だけでもこのザマなのに、戦いとか……。
そう。どう考えても無謀だ。数人対数千人。花音やサミエルの周辺は、ピカイチの精鋭や猛者が警護しているのは、間違いない。アウェイの極み。助けるという決意こそ固いが、実際の戦いでは花音に近づくことすらできず、余興程度に軽くあしらわれる可能性が高い。
異能力どころか剣技も頭脳もなにもない。流されるまま、ただ投げやりに生きてきただけの高校生――。そんな自分に、なにができるというのだ。
状況の厳しさを改めて感じる。ふと気づくと、口の中がカラカラだ。水でもなんでも、なにか飲みたい。
ずいぶん時間がかかったが、ようやく先が見えてきた。王族警備の近衛兵越しに、陽芽が立っているのが目に入った。こちらに向かい、腰の高さで手をこっそり振っている。
その姿に、伊羅将はかすかに安堵を覚えた。少なくとも王女が味方についてくれている。その一点に、成功のわずかな可能性がある。地位を捨てる覚悟で姉を思う陽芽の期待を、裏切るわけにはいかない。花音だって、きっと自分の助けを待っているに違いない。
きっと……。そう、絶対そうだ。自分には確信がある。花音と魂が深くつながっているという確信だけは。あの聖地の夜、呪法を紡ぐ花音とふたり、魂が裸で触れ合った。あの確信だけは――。
隣が王と王妃だろう。周辺を近衛兵らしき警護の部隊が固めている。王は七色に発光するローブを着ており、
「あっほら、姫様だ」
リンが小声で叫ぶ。ようやく最前列に案内されて、儀式の全貌が視野に広がった。王家の樹のはるか上層から降り注ぐスポットの下、白銀に輝く花嫁衣裳の花音が、高校の制服を着たサミエルに肩を抱かれて立っている。
ふたりの前の巨大な帽子を被った老人は、祭儀を司る
「花音……泣いてる」
うつむき、肩を震わせた花音の瞳からは、涙の粒がはらはらと落ちている。喜びの涙ではない。悲しげに曇った顔が、すべてを物語っている。
物怖じも恐怖も、心からふっと抜けた。ただまっすぐ、花音の心に寄り添ったように。いや寄り添われたかのように。雑念がすべて消える。どこか魂の深淵から、力が無限に湧いてくるのを感じた。
もうやるしかない。無力な高校生だろうがなんだろうが。
赤子のようにあしらわれても、死ぬのは一度きりで済む。最悪でもそれを迎えるだけの話だ。この婚姻の不正だけでも告発できたら、花音を救える。たとえ無残に殺されたとしても、花音さえサミエルの魔の手から助け出せれば、それでいい。これまでの無為な人生には、十分すぎるほどの報奨だ。
仙狸護を収めた胸ポケットに、手を当ててみた。
「自ら道を拓く者には、運も味方する。お守りに誓う……後悔しないと……。たとえ……死んでも」
吉野さんの言葉が、無意識に口をつく。
「ひとりで死なせやしないよ、伊羅将くん。契約者だもん。それに……」
レイリィに、手を優しく握り締められた。
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