11-3 花嫁控処の狼藉
その頃、花音は花嫁の控処にいた。華燭の典に向け二日かけて身を清める儀式も終了し、なんとか時間の余裕ができたところだ。ようやく戻った王家の珠を、大事そうに手に抱えている。
「……でも、これって」
「姫様、なにか」
「ううん、なんでもない」
お付きの女官に笑顔を向けたが、ひとつ心にひっかかっていることがあった。手にしている王家の珠。珠からパワーが伝わってこない。
王室の学者は、本来の持ち主の手を長期間離れていたためと推測していた。神聖なる婚姻を経れば賦活化するはずだから心配するなと言われた。
しかし子供の頃だからはっきりとは断言できないが、昔はもう少し自然に心になじんでいた気がする。王家の珠は魂と共鳴する。その共鳴がなんだか不自然なのだ。
「気のせいなのかな……」
そのとき、騒ぎが起こった。控処の入り口で何人かの女官が叫んでいる。
「いけませんっ」
「サミエル様。こちらは姫様のご両親でさえ立ち入ることの許されない、神聖なる――」
「うるさい。私はもう花音の主人も同然ではないか。通せ」
「なりません。特に殿方は。わたくしの命に替えてもっ」
「なら死んでもらうか、今すぐ」
立ち塞がった女官の胸ぐらを、サミエルが掴んだ。
「やめてっ! 暴力を振るうのは」
花音が叫ぶ。
「お通ししなさい。彼の言うとおりです」
「姫様……」
無理を聞いて通らせたとなれば、女官の罪になる。でも王女の命令であれば、掟破りは王女の責任とすることができる。花音の心配りは、女官まで伝わったようだ。
「……お、仰せのとおりに」
広げた腕を女官が下ろすと、サミエルは侮蔑の笑いで勝ち誇った。
「ふん。召使い風情が、生意気を言うからだ」
胸をどんと突いて押しのけると、勝手にズケズケ入ってくる。その後ろ姿を、女官が睨んだ。
「きれいになったじゃないか。それでこそ、私の嫁だ」
ニヤけて花音の手を取った。黙ったまま、花音はサミエルに手を与えている。
「どれ……」
胸に手を伸ばしてきた。とっさにかばった花音の手の上から揉もうとする。
「ダメだよ、サミエルくん。まだ結婚していないのに」
あまりの狼藉に、女官の手が腰の刀にそろそろと伸びた。もう少しやれば、サミエルを切り捨てて自害するかもしれない。
「ねっ、あとで。ほら、このお茶おいしいよ」
体をくねらせて逃れると、銀の水差しから
「ふん。いい心がけじゃないか。そのように私に尽くすんだ、これからは」
「わかった。……ね、ちょっとだけ、ふたりっきりでお話ししようよ」
「へへへっ。お前もスケベだな」
人払いすると、花音はサミエルに王家の珠を渡した。
「……これがどうした」
「この珠、なんだか力を感じない」
「そんなことはないだろう。王家の珠とかいう奴なんだろ。あのとき助けた子から渡されたものだから、正体はわからんが大事なものかと、ずっと大切に保管してきたのだ」
「……なら、珠の夢を見て、花音のことを聞いたでしょ」
「夢?」
「うん。渡した相手には、夢枕に珠の女神が出てきて、持ち主の名前を教えたはずだもん」
サミエルは上を向いて考えている。
「そう言えば……。助けた夜、女神の夢を見たな。神明学園に入る前、
「そう……」
花音は横を向いた。
「嘘だったんだね」
「嘘?」
「だって女神なんて出てこないもん。どういうことなの?」
唇の端を上げて、サミエルは嘲りの笑みを浮かべた。
「へっ。バカのくせに頭が回るじゃないか、花音。そうさ。こんなものはニセモノさ」
ニセの珠を、サミエルは机に転がした。
「お前がいつまでも私との結婚を嫌がるから、絶対逃げられないようにしてやったのだ」
「じゃあ……花音を助けてくれたのは……」
「知るか、そんな奴」
「そんな……ひどい」
花音の瞳から、涙がこぼれ落ちた。
「サミエルくんなんて大嫌い」
「くくくくっ」
心底楽しそうに笑っている。
「安心しろ。この私――俺様も、お前みたいなバカ、どうでもいいからな。お前はな、俺様の奴隷だ。飽きるまでは体をおもちゃにしてやるが、飽きたらお前のようなクズは捨ててやる。それまでせいぜい我慢しろ。全人類征服という崇高な使命があって、俺様は忙しくなるからな」
また胸を触ろうとした。
「いやっ。出て行って」
「あはははははっ。バカを傷つけるのは楽しいな。なあ花音」
大声で嘲笑しながら、サミエルは控処を後にした。女官が何人も入ってきて、化粧台に突っ伏した花音を柔らかな聖布でくるみ、しきりになぐさめ始める。
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