10 一生忘れられない夜

10-1 地獄がお似合い

 レイリィは、ゆっくり起き上がった。制服も下着も着ておらず、素っ裸のままだ。


「こいつ……とんでもないエロ魔人ね」


 足元には、裸のサミエルが、スケベそうな笑みを浮かべたまま倒れている。


「それにしても嫌な奴。夢を司る仙狸様が、薬なんかで眠らされるわけ、ないじゃんねえ。睡眠薬が入ってるらしいことを口にしてくれなかったら、いつまでも目ギンギンでこんなクズと話し続けるハメだったし」


 ここはサミエルの夢の中。寝たと思い込んで脱がしにかかってきたサミエルを仙狸の力で深い睡眠に誘い、今こうして夢に出てきたところだ。


「こうやって、女の子を何人も泣かせてきたんだ。犯罪じゃん、ガキのくせに。こいつ……殺してやろうか」


 憎々しげに頭を蹴っ飛ばした。


「この夢の世界で裸になって誘惑して……とか考えてたけど、それだけでムカつくからやめとくか」


 んぱっと、制服姿に変身する。


「次はっと……」


 例のエロソファーを出して、とびきりの美少女を八人ばかり出した。もちろん夢で使う人形だ。


「いい、あんたたち。このカスをうまいこと籠絡ろうらくして、情報を聞き出すのよ」

「はーい」


 人形たちは、楽しげに声を揃えた。


「私は消えるからさ。体を見られるだけで吐きそうになるから」

「はーいっ」


 人形が配置に就くと、床に転がっていたサミエルは王者らしい豪勢なローブを纏って、ソファーの真ん中に座らされた。ソファーの前にはサミエルの好物が並ぶ。


「なにこいつ。好物って、カレーにハンバーグ。ハンバーグには旗が立ってるじゃないの。……お子様かっての」


 腕を腰に当ててほっと息を吐くと、レイリィは金属バットで思いっ切りサミエルの頭を殴りつけた。同時に姿を隠してしまう。


         ●


「……ここは」


 サミエルが周囲を見回す。


「きゃあーっ。サミエル様、素敵ー」

「こっちよこっち。私を見てー」


 サミエルを奪い合うように、美少女が左右から手を伸ばした。


「ダメよ、サミエル様は私のものなんだから。はい、あーん」


 サミエルの頭を胸に抱えた人形が、日の丸を立てたハンバーグを取って、口に押し込んだ。


「うん……うん。うまいなあ」


 サミエルのまなじりが下がる。


「さすが王者様は貫禄が違いますねー」


 反対側の人形がサミエルの手を取ると、自分の胸に触らせた。はち切れんばかりの水着の中に、手を差し入れさせている。


「なんだお前、触ってほしいのか」


 サミエルが手を動かすと、サミエルにしがみつくようにして、甘い吐息を漏らし始めた。


「ダメですよお。サミエル様は、私のもの……」


 またハンバーグを口に放り込む。


「なんだ、ヤキモチか……。へへっ」

「はい、口移し……」


 正面に来た人形がキスすると、強い酒をサミエルの口に含ませる。


「……かわいいな。お前ら。……それにしても、たしかレイリィとかいう小娘を俺様の奴隷にしている最中だったはずだが……。それになんだか殴られたように頭が痛む」

「イヤだサミエル様、また夢見てた」

「そうそう。こーんなにたくさん、美少女が群がってるのに。浮気してたのー?」


 ひとりがそっとサミエルをつねる。


「いや、そういうわけでは……」

「ねえ、サミエル様。約束だったじゃないですかあ」

「約束?」

「そう。サミエル様が王家の珠を手に入れた秘密を教えてくれるって」

「ああそうだったっけ。くくっ。あれはな……偽物さ」

「ニセモノ?」

「ああ、ネコネコマタの間抜けな一派をうまく騙して、そっくりのものを作らせたんだ。花音が俺様から逃げようと画策してやがったから、二度と逃げられないよう心を支配するために」

「へえ……さすがはサミエル様。頭いいー」

「そうだろ。ネコネコマタの王になれば、俺様はつまり奴隷たる人類の王でもある。バカなネコネコマタを使って人類に宣戦布告するのさ」

「滅ぼしたら人類の王でもなくなっちゃうでしょ。おバカなサミエル様」

「そこはそれ。滅ぼさずに脅すだけさ。ネコネコマタには適当な言い訳しとけばいいし、連中間抜けだからな。そうしたら俺様はしたい放題。人類史上最大のハーレムを作ってやる。お前たちも入れてやるぞ。そう二十歳を過ぎたら叩き出すが、それまでは贅沢させてやる」

「わあーうれしいー」

「さっすが王者。遠大な計画だねーっ」

「そうさ、時間がかかったぞ。親父が考えたことだ。行縢むかばきのおっさんが、こんな妖怪の利権握ってるなんて知らなかったからな。ふとしたことでそれを知った親父は、考えたわけよ。こんな欲のないバカな一族に任せていては、もったいないとな」

「へえーっ」

「だから周到に準備して、あの一家を全員殺した。事故の形に偽装して。六人も一気に殺すのは親父も初めてだったからさ、大変だったってよ」

「すごーい」

「あとはいい人ヅラで神明学園に乗り込んで、副理事長に収まる。それでネコネコマタ王家との婚姻の伝統を受け継ぐことになるからな」

「でも嫌がったんでしょ、花音ちゃんが」

「そうさ。あいつは『運命のお兄ちゃん』とかいうのに憧れてたし、俺様を見て本能的に危険を察知したんだろう。父親の王に頼んだらしい。相手は自分で選ばせてほしいとな」

「女の子だもんねー。当然かも」

「そもそも行縢家は何代も前にネコネコマタ王の命を救ったことがあって、それから始まったのだ、両家婚姻の風習が。それまでは王家はそれぞれの代で適切と思われるニンゲンを探し出して、結婚相手に選んでいたらしいからな」

「ふーん。はいお酒」


 また口移しで飲ませた。


「行縢の家系が途絶えたから、副理事長の一族から相手を選ぶ意味はなくなったんだ。だからネコネコマタ王も娘の願いを受けて言ってきた。今後、副理事長家との婚礼の決まりは一切なくそうと」

「へえーっ。もっと聞かせてえ」

「へへっ。でも俺様の父親が一代で成り上がったのは、『まむし』と呼ばれるほど悪どかったからな。脅したわけよ。『長い伝統を破るのか』とか。王家なんて、『伝統』『しきたり』に弱いからさ」

「脅すなんて、こわーい」

「脅したあとで『十五歳までに探せれば鷹崎は諦める』って譲ってやったら、ホイホイ食いついてきた。バカな奴らだ。ニセ証拠さえ揃えれば、もう逃げられないってのに。キヘへッ。これで王手! 花音のバカ、泣いてやがんの。……そろそろお前たちにも、王手してやるか」

「やだーエッチ」


 美少女たちは、ゲラゲラ笑い出した。


「あんたみたいなクズには、女子より地獄がお似合いじゃん」

「えっ?」

「そうそう。なら行こうか」


 場面が暗転すると、おどろおどろしい暗黒の世界で、サミエルはひとりぽつんと杭に縛られていた。寒いし、肉が腐ったような吐き気を催す悪臭がする。周囲に美少女はいない。


「お前か、俺と将棋を指したいとかいう小僧は」


 豚のような鼻の化け物が、サミエルの前に立っていた。太っていて、身長は二メートルほど。耳はコウモリの羽のように広がっている。


「き、貴様……。私は世界の支配者だぞ。無礼者っ。早くこれをほどけ」


 わめくサミエルを無視して、金属らしき、重そうな太い棒を持ち上げた。


「さて、遊ぶか。一緒に」

「よせっ! 私の父親は――」

「まずは初手、7六歩」


 棒を振り回すと渾身の力を込めて、化け物は頭を横殴りにした。


「ぎゃあーっ」


 絶叫と共に、サミエルの首がもぎ取れた。


「……なんだ一発か。弱いな、人間は。ほれ……」


 化け物が手を振ると、サミエルの首が胴体にくっつく。あまりの痛みに、サミエルはぴくぴく痙攣しながら唸っている。


「何手詰みになるか楽しみだぞ、小僧。では次な。2六歩」


 また鉄棒を振り上げた。

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