09-3 パーシュエイションの儀

「では、恐れ多くも畏くも、ネコネコマタ王家第一王女、神辺花音様の玉音を賜ります」

「はい」


 クルメ一族の長老に促され、花音が演台に進んだ。満場のクルメ族を一瞥し、話し始める。


「皆さんご承知のとおり、今現在、ネコのしもべという特権地位を人類から取り上げ、滅ぼそうという機運が高まっています。神辺の、遠い祖先の里である、ここクルメの方々の間でも」


 一度言葉を切ると続けた。


「クルメの方々の主張は、人類殲滅派の数多い分派の中でも、特にネコ全般の支持を集めているものです。それだけにご主張には一定の真実があると、私も信じます。しかし、それだけで人類の今後を決めつけていいものでしょうか」


 花音に受けた説明によると、パーシュエイションの儀は、裁判、ないし公開討論に近い形を取る。一族に異を唱える側が、主張をまず述べ、一族側の反論や質問を受けてから、最終的に公開投票を受けて、可否が断じられる。


 花音は、人類がこれまで果たしてきた「しもべ」としての功績を滔々と語った。続いて現在、傲慢と感じられる人類の汲むべき情状、さらには将来の更生の可能性についても言及する。


 花音の演説が終わると、満場から拍手が沸き起こった。


「なかなか立派な内容でした。私も心を動かされましたぞ、姫様」


 温かな瞳で、長老は微笑んだ。


「さすがは我らが父祖、久留米の多麻王の血を引くお方だ。では……」


 伊羅将いらはたを振り返った。


「ニンゲン代表として、物部伊羅将様のご主張を聴くとしよう」

「はい」


 伊羅将が進み出た。


 会場は、クルメ一族の聖地。来る途中で目にしたようなオーロラ輝く樹木に取り囲まれ、演台の反対側に、一族の族霊トーテムを祀る神木がそびえている。


 演台の上手に花音たち、パーシュエイション提議側、下手にクルメの族長や長老などが控えている。演台の前面には、クルメの主要なメンバーが千人近く並んでいる。人類代表に敬意を表し、皆が人型になっている。


 怖くはない。自分がダメ男と諦めているせいだろうが、もともと上がらないタチだ。それに別に殺されるわけでもない。願いに従い、花音の理想を助けられれば、それでいい。


 伊羅将は、せいいっぱい声を張り上げた。


「皆さんの主張は、人間がもっとネコと遊ぶべきだというものと聞いています。ヒトはネコの下僕、奴隷だから、ネコの希望に沿うべきだと。でも俺、思うんです。ネコとヒト、どっちが飼い主かなんて関係ないって」


 会場にどよめきが広がった。伊羅将は続ける。


「遊ばないって意味じゃないですよ。ネコとヒトは、昔っから仲がいい。奴隷だからでなく、好きだから遊ぶってことです。俺もネコが好きだし」


 横目で見ると、花音が微笑んでいた。


「ここで皆さん、ちょっと人間の側に立ってみてください。古来ネコは、人類の貴重な友人でした。害を与えるネズミを捕ってくれるし、遊び相手としても心の支えになってくれて。ネコの側だって同じじゃないんですか? ご飯を出してもらって、気ままに狩りをして。かまってほしいときはヒトを呼んで相手させる。嫌なときは、呼ばれても無視して寝ちゃったり。ヒトはネコの欲求に、せいいっぱい応えてきたじゃありませんか」

「それについては、ひとこと言わせてほしい」


 クルメの族長が進み出た。


「たしかに一理ある。だからこそ、ネコもこれまでニンゲンを使役してきたのだ。しかし最近はどうだ。ふたつの種族、いったん寝食を共にし始めてからは、命と魂のパートナーのはず。それなのに、流行りの品種だけ追いかけ回して飽きたら捨てたり構わなくなったり。家族の旅行にも連れて行かないとか。犬と一緒のホテルなんか嫌だ。それでも魂のパートナーか――」


 いったん言葉を切ると、会場を見回した。


「――そういうネコの怨嗟の声を、我々クルメは、いたるところで聞くぞ。もう、ニンゲンとの関係を、ネコは解消すべきではないのだろうか」


 伊羅将は、一度深呼吸した。


「たしかにそういう悪い奴もいるさ。それは認める」


 サミエルのヘビ面が、頭に浮かんだ。


「しかし考えてみてほしいんだ。クルメは猫又でしょう。普通のネコより、ヒトと深く付き合ってきたはずだ。ならわかるはずじゃないですか、そんなに嫌な奴ばかりじゃないって。嫌な奴との付き合いをやめて、いい人間を探して使役すればいい。それに……ひ、姫様の……」


 強い感情が心を支配し、泣きそうになって喉が詰まった。


「そんなにネコやネコネコマタが大事なら、その王族たる姫様の幸せはどう考えるんだ、あなたたちは。花音は……花音は、その『嫌な奴』とむりやり結婚させられるんだぞ、あと三日で。頼む。花音を助けてやってくれ」


 もう止まらなかった。津波のように、言葉が勝手にあふれだした。


「俺の力じゃダメなんだ。ただの高校生では。俺にはなんの力もないから。ガキだから。だから……頼む。クルメ一族で、王家を説得してくれ。頼む。このとおりだ。このとおり――」


 演台を飛び降りると、土下座した。予想外の出来事に、満場に動揺が広がる。あちこちから叫び声が上がった。


「イラくん……」


 駆け寄ってきた花音に助け起こされた。そのまま陽芽に抱えられる。花音は再度、演台に上った。


「ごめんなさい、皆さん。最後は関係ありません。ただ……イラくんは、お互いの、どちらが上とは限らない、魂のつながりについて言いたかったんです。ネコネコマタにも悪い考えを持つ者はいます。私が七年前にさらわれそうになったことは、皆さんだってご存知のはず。ヒトも同じです。だから、正しい考えを持つ同士で、つながりを再確認すればいいんです。イラくんは……そう言いたかったんです。許してあげてください」


 クルメの長老が、花音に尊敬の礼をして、そっと演台から下ろした。


「もったいなくも姫様のお言葉、この爺にも響きましたぞ。……ただ満場の皆は、思い出してほしい。クルメ現族長の姫様は、留学中にニンゲンに恋をした。そして手痛く振られた。騙され、遊ばれただけだったのだ。ネコネコマタ族は、みんな純真な魂を持つ。それを利用されて。……物部伊羅将様よ、あなたも神明学園でネコネコマタと知り合った。その心はわかるはずだ」

「……はい」


 陽芽に支えられたまま、詰まりながらも、伊羅将はなんとか答えた。


 たしかにリンの愛らしさを見る限り、そのとおりだ。それに花音だって、会ったその日というのに、無警戒に胸を触らせてくれた。ネコネコマタの澄んだ心を利用して騙す、悪い男がいないとは保証できない。


「族霊の神木を見なさい。ここにいるクルメの心が動いて審判が下った。神木は、パーシュエイションの儀に反対との結果を示している」


 天空を覆うほどに広がった神木の枝、それを覆うすべての葉が、深い群青に輝いている。


「君は、正しい心を持っている。それはわかる。私も若い頃はそっちの世界に留学していたからな。だが、ニンゲンは増長しすぎた。もう滅ぼして、新たなしもべに代えるべきときなのだ」

「そんな……」

「もう帰るのだ、伊羅将様よ。ひと晩ここで、歓待を受けなさい。それに……安心するがよい。人類を滅ぼす折も、その誠意、姫様を思う心に敬意を表して、君の一族だけは残してやろう。頑張って子育てに励め。ネコの気持ちを知っている君の一族がまた地に満ちれば、いつの日か、ニンゲンがネコのしもべとして復活する日も来るであろう」


 同意の拍手が満場を満たした。

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