09-2 狙われたレイリィ
「なんの用よ」
「まあまあ。あなたとは一度しっかり話しておかないと、と思いましてね。レイリィさん」
伊羅将たちが導管に消えた頃、ニセ制服姿のレイリィは、男子寮特別室のソファーにぽつねんと座っていた。
五人は並べる大きなソファーで、背中が沈み込んで倒れ気味になるので、なんとなく居心地が悪い。レイリィの向かいにはサミエルが陣取り、満面の笑みを浮べている。
「
「そう、大事な話です」
ポットからコーヒーを注ぐと、レイリィと自分の前にカップを並べた。
「これはボルネオのホワイトコーヒーでしてね。少し甘いですが、なかなかおいしいですよ」
「たしかに、色がちょっと白いのね」
レイリィはひと口、コーヒーを含んだ。
「香りも甘みも強い。濃い味ねえ……。江戸時代にはなかったわね、こんなの」
「江戸時代?」
「ああ、こっちの話。……それで、なんなの?」
「ええ、物部くんのことですが、いろいろ校内で問題を起こしていますから、このままでは厳しい処分が下されるかと」
サミエルは、真面目な顔を作った。
「私も彼とは揉めたりしましたが、退学のような形で経歴に傷を付けるのはかわいそうですし」
湯気を立てるカップを、サミエルは口に運んだ。
「うん。今日はおいしく入りましたね。――それに私も、相手がいくら自業自得のクズとはいえ、退学後に逆恨みされるのも嫌なので、和解の形を探れないかと」
「和解……」
「ええ。それで従姉妹のレイリィさんに相談できないかと、お呼びしたわけです」
「伊羅将くんと仲直りしたいわけ?」
「そうですね。仲直りというより、不可侵条約ですか」
レイリィは首を傾げた。
「どんな条件よ」
「まず、彼の退学は私が身を張ってでも食い止めます。そりゃ多少の処分はあるでしょう。停学一か月とか。でもそれ以上は阻止しますから」
「ふーん」
「私がそれほど努力するわけですから、彼にも歩み寄っていただきたい」
「具体的には?」
「私と神辺花音の新婚生活を邪魔しないでもらいたい。若いふたりのアツアツ生活ですからね」
クヒヒッと気味の悪い笑い声を、サミエルは立てた。
「でも彼女――花音ちゃんって言ったっけ? あなたとの結婚、嫌がってるって話だけど」
「恥ずかしがっているだけですよ。まだ十四歳ですからね」
向かいのソファーに、サミエルは背をぐっともたせかかった。
「日本の法律では、女子十六歳、男子は十八歳まで結婚できません。だから私たちも婚約の形を取りますが、両家公認で事実上の新婚ですから、同棲生活に入ります。友達の前で『同棲生活』に入るのが恥ずかしいのでしょう」
「……わからなくはないわね」
コーヒーをもうひと口飲むと、レイリィは上を向いて考えるふりをした。
「でも伊羅将くんは、彼女の友達だよ。友達付き合いくらいはさせてあげないと、花音ちゃんだって息が詰まるでしょ」
「そんなことはありません。ここに世界一の男、
「そんなもんかなあ、はあ」
「そうです。それに物部くんには、今後、学園の政治的案件に口を挟むのも控えていただく」
「それは大丈夫じゃないの? そういうめんどくさいことは嫌いなタイプだし」
「それなら彼も、卒業まで学園にいられますよ。それに……あなたにも、いいことがある」
「えっ? 私に?」
レイリィは驚いた。
「ええ」
サミエルの顔には、底意地の悪い笑みが浮かんでいる。
「女性としての幸せというね。あなたはおきれいだし、吸いつくような肌でスタイルもいい。胸にしたって大きいだけでなくて、形も……くくっ」
「女性としての……幸せ?」
「そうです。……ところでそのソファー、座り心地がいいでしょう」
「そうね……。ちょっと柔らかすぎて、座り心地は……」
「そりゃ、寝たときの感触をいちばん重視して特注した奴ですからね」
「へえ……。生徒会とかで遅くなると、鷹崎くんもここで居眠りしちゃうってわけか」
「そうです。今日も眠くて、もう今すぐにでも、そこに横になりたいくらいで」
「あははっ。意外と情けないんだ」
レイリィの胸が揺れるのを、サミエルは食い入るように見つめている。
「レイリィさんも、眠くなってきたでしょう。寝心地のいいソファーに座ってますから」
「私? 私は別に……あれ……」
レイリィは額を押さえた。
「なんだか眠くなって……きた」
「困りましたね。コーヒーのカフェインで目を覚ましたほうがいいですよ」
「そ、そうだね……」
コーヒーをぐっとひと息に飲んでソーサーに戻す途中で、カップが音を立ててテーブルに落ちた。陶器の割れる音が響く。レイリィは、そのままぐずぐずと背もたれに倒れ込んだ。
●
「レイリィさん。お眠りになったのですか」
サミエルが呼びかける。
「寝心地いいですからね。……もっと気持ち良く眠れるようにして差し上げましょう」
手元のボタンを押すと、ソファーの背もたれが、音を立ててゆっくり倒れ込む。レイリィの体は、大きなベッドに投げ出される形となった。
「やれやれ……。毎度毎度こうも簡単だと、むしろつまらんな」
立ち上がって大きく伸びをすると、サミエルは愚痴った。
「もう少し、相手が抵抗しながらも言うことをきくような薬はないのか、親父に訊いてみるか。親父はこの道のプロだし」
背後のチェストを開けると、撮影機材が現れた。操作して録画を始める。
「では約束どおり、幸せを与えてあげましょう」
サミエルは心底楽しそうな声を上げた。
「あとでなにか言ってきたら、動画で脅せばいいし。ネット公開をちらつかせれば物部のクズも俺様に逆らえなくなるから、一石二鳥だしな」
制服のジャケットを放り投げネクタイを外すと、レイリィのそばに寄った。レイリィは瞳を閉じ、すうすうと無邪気な寝息を立てている。
「それにしてもたまらん体してるな、こいつ。胸は大きいしウエストは締まってるし、太ももの肌はツヤツヤで。……こんないい女は、生まれて初めてだ。死んだほうがいいと相手が思うまで、いじめ抜かないとな。へへっ……」
ベッドに座ると、レイリィのブラウスのリボンを解いて、カメラ目線で遊ぶようにひらひら床に落とした。続いてボタンに手をかける。
「さて、どんなかわいい下着を着けているのか、さっそく見せてもらいましょうか。フヒヒッ」
唇の端を上げて、サミエルは歪んだ笑みを浮かべた。
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