02-4 セフレってなんだよ!

 自宅に帰り、掛け布団代わりの寝袋などを持って戻った。「俺のなんちゃって部屋」扱いで、雨で自宅に帰るのが面倒なときとか、勝手に使おうという魂胆だ。


 ざっと部屋を整えると、せっかくだから泊まることにした。湯を沸かしてカップ麺で晩飯にして、パソコンでネットを閲覧する。


 なんだか旅行のようで楽しい。林先輩は笑っていた。「あの部屋か? 勝手に使えばいいと思うよ、誰も近づかないから」と。伊羅将が黙っていると、「お前、怖いもの知らずだなあ」と続けた。


 寮母は一年前に失踪し、そのまま女子寮の寮母が兼務しているのだという。なんでも駆け落ちらしいが面白がった生徒が「盛って」幽霊話が広まったため、今となっては近寄るのはオカルト研くらいという話だった。


「まさかなあ……」


 伊羅将は幽霊など信じてはいない。でも初めての部屋は、なんとなく怖い。ベッドに横たわってポケットから招き猫を取り出すと、祈るように眺めた。


 これは実は百五十年くらい前に作られた根付ねつけで、本来は印籠いんろうの紐に下げるアクセサリーだ。翡翠ひすいを加工したものだが、裏から穴を覗くと、男女が交わるエッチな像が彫り込んである。


 物部家の家宝で、父親が言うには「神様が九度、願いを叶えてくれる品」らしい。両親の別離を防いでほしいと、伊羅将は八歳のときに根付に祈った。


 しかしすでに願いを使い切っていたのか、両親は離婚。以来、お守りとして、風呂に入るときすら肌身離さず身に着けている。


「願いを使った搾りカスとはいえ、幽霊くらい遠ざけてくれるだろうよ。あのときみたいに」


 呟くと、根付を腹に乗せたまま目をつぶった。連日夜までポスター貼りをしていたので、疲れて眠い。しばらく引き込まれるようにうとうとして……気が付いたら、目の前に誰かがいた。


「ぎゅわあーーーっ!」


 心臓が喉から飛び出した。叫び声に驚いたのか、人影も飛び上がる。


「お兄様。お気を確かに」


 花音の妹、神辺陽芽かんなべひなめだった。夜というのに中等部の制服を着たままで、ベッドの脇に立っている。


「陽芽……ちゃんだっけ」

「ええそうです」


 ふふふっと小鳥のように、陽芽は笑った。


「どうしたんですの。そんなに驚いて」

「いや、寮母さんの幽霊かと思って」

「度胸のないお方ですわね……。それなのに管理室を占拠するなんて」


 見回している。


「なんで知ってるんだよ。てか、どうしてここに」

「あら……」


 意外そうに首を傾げた。


「わたくしの情報網から逃れられるとでも?」

「へっ?」

「お兄様に関しては、先程お会いしてから、要観察レベルをAAAまで高めておきました。お兄様のことなら、もうすべてわかります」

「もしかしてストーカーか。十三歳で早くも。中一だろ、お前」

「まだ十二ですわよ、わたくし」


 あっけらかんと、伊羅将を眺めている。


「なんの用だよ」

「作戦会議ですわ。調教方針の」


 屈託のない笑顔を浮かべた。なんだか嫌な予感がする。


「……調整だろ」

「調教です。お姉様の前だったから、そう言い直しただけで。ウブでいらっしゃるから」


 言いながら、持参のバッグから、次々不思議なものを取り出し始めた。目隠し、短い五股の鞭、手錠、ロウソク、猫じゃらしらしき羽毛のおもちゃ、そしてぶっとい注射筒――。


「こ、これは……」

「言いましたでしょ。あなたには、フレンドになっていただきます。セフレ第一号に」

「はあああああああああーーーーーっっっっっ!?」


 花音の名刺を前にしたときより「二割増量大サービス中」くらいの叫び声が、勝手に漏れた。

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