02-3 神明学園男子寮の秘密部屋
放課後。ポスターを貼り終わると花音と別れ、
授業料が安く、成績や家庭環境によっては入寮無料・生活費支給といった手厚い支援態勢がある。そのため普通科生徒にも越境生が多い。その意味でも寮のニーズが高いのだ。
それに加えて授業料が安いため、学力から生活態度まで、生徒の幅がものすごく広い。偏差値こそ平均五十前後だが、東大・ハーバード楽勝クラスの「勉強しなくとも頭がいい」特待生から、日々楽しく過ごせればいいという「ゆとり」、コンパニオンアニマル科で手に職をつけたい職人志望者まで、入り乱れて学園生活を送っている。
実際それは、こうして男子寮の廊下を歩いていてもよくわかる。部屋のドアには、住人の趣味嗜好に沿ったディスプレイが施されているからだ。アイドルの写真を貼る奴。アニメの抱き枕を掲げる者。格闘技大会の参加証を並べ立てる者。
寮は四人部屋とふたり部屋、個室があり、昨今の一番人気は個室だが、あえて四人部屋を希望して昔風の寮生活を楽しむ奴もいる。
男子寮は五階建てだ。二階談話室を訪れると、竹内が集めてくれた何人かと話し込んだ。サミエルの噂を収集したわけだが、まあ出てくる。
寮費と生徒会費を私的に流用しての贅沢三昧。四人部屋を個室に改築して取り巻きとワンフロア独占。気に入らない部活を潰す。コンパニオンアニマル科が大嫌いで、関連部活や行事を潰そうとする。父親の圧力で試験問題を聞き出してカンニング。悪事の尻尾を握られると相手に「特待生扱い」を提案し、飴と鞭で懐柔する。
あるとき男女ふたりの教師が是正に取り組んだが、父親から教師の組合に圧力がかかり、「不適切な関係を持った」と男性教師は懲戒免職、女性はいづらくなり退職となったらしい。
こうした状況に陰で不満を言い募る寮生は多いが、行動に出す奴はいない。「数年我慢すればいい」が、多くの生徒の本音。授業料が安いここでしか高校に通えない経済状況の奴もいる。それにコンパニオンアニマル科の生徒にとっては、ほぼ全国唯一の学科だ。逃げようがない。
「みんなもう、社会に絶望してるぜ。外もこんなんだったら、生きてるのが嫌になるってな」
生徒のひとりは、自嘲気味に笑みを作った。
「そうそう。逆に『この学校だけがおかしい』って信じてやってくしかないよな。大学に入ればバラ色のキャンパスライフが待ってるってさ」
「そうだよな。あとは連中のことは極力考えないようにして、学園でかわいい彼女でも作って部活に励むとか。そんなのが一般的かな」
紙コップのインスタントコーヒーを、竹内が口に運んだ。
伊羅将はムカムカしてきた。自分はいいかげんな人間で悪いことだってするし品行方正とは言い難いが、悪党は許せない。その程度のささやかな正義感くらいはある。
「仮の話ですが、俺があいつをぶっ潰すとしたら、寮生は協力してくれるでしょうか」
「勝算でもあるのか?」
醒めた目で、ひとりがコーヒーを飲んだ。
「悪事の証拠でも押さえれば、なんとか……」
伊羅将の脳裏には、花音が浮かんでいた。あいつは理事長の娘らしい。それなら証拠を示して親を動かせば、いくら副理事長の息子とはいえ、大きな打撃を与えられるはずだ。
「やめとけって……。悪いことは言わん」
先輩に忠告された。
「でも、物部がうまくやれば……」
竹内がフォローしてくれた。
「考えてみろ、最高にうまく行った場合のことを。もしかしたら、あいつを転校に追い込めるかもしれない。でも、そこまでだ。退学とかは無理だろう。『穏便に』って話になるに決まってる。あいつはまた親父の権力が通じるどこかよその学校で、同じような悪行を積むに違いない」
「そうだな。それに、告発したお前も潰されるだろう。当初は大丈夫でも、なにかの機会を捉えて、例によってカンニングだとか適当な嘘で退学だな」
「目に浮かぶようだ」
厳しい表情で、それぞれ相槌を打った。
「そうか……」
伊羅将は唸った。林という高等部三年の寮生が、肩を叩く。
「でも、お前は気に入った。できる範囲で協力するよう、『陰の自治委員会』に諮っておく」
「陰の……委員会」
「そうだ。生徒会も寮の自治委員会もあいつに牛耳られてるからな。まあ女子寮の委員会は無事だが。信頼できる生徒だけで『陰の委員会』を作って対抗してるわけさ」
「この学園では、なにをするにも『陰』だ。覚えておくといいよ。部活も『陰』、試験対策も『陰』」
竹内が言う。
「そう。それに美少女投票も『陰』」
皆が笑い出した。
「美少女が多いことだけは、この学園の魅力だよな。コンパニオンアニマル科とか、天国だろう。実態を知ってたら、俺だってCAを志望したのに」
「そりゃそうだ」
しばらく雑談して、談話室を後にした。ここでも「ネコのポスター」の意味は不明なようだ。動物愛護に過激なコンパニオンアニマル科の一部生徒が絡んでるのではと推察していたが。
●
談話室を出ると、寮内をざっとチェックして回った。一階のいちばん端だけ、ポスターなどが貼られていないドアがあった。
入り口からもっとも離れた場所で、一度曲がってしばらく部屋のない廊下を歩いた突き当たりだから、誰も住んでいないのかもしれない。部屋番号は、一階の他の部屋が一〇一とか一一二などとなっているところ、ここは〇〇一だ。
そのとき、廊下で声が聞こえた。サミエルだ。誰かと話している。
――やべっ。
寮生でもない自分が、見つかるわけにはいかない。なんて難癖つけられるかわかったものじゃない。あわててノブに手をかけると素直に開いたので、伊羅将は〇〇一号室にそっと忍び込んだ。
誰かいたら謝ろうと思ったのだが、空き部屋だ。ドアに耳をつけ、会話を聴いた。「誰々が生意気だから、あの部活は潰すことにする」とか。遠慮会釈ない大声だ。誰はばかるつもりもないのだろう。取り巻きと思われる男がおべんちゃらを使うと、先の部屋に入ったようだ。
改めて部屋を見回した。大きいが簡素なベッドに机。冷蔵庫に簡単な流しとテーブル。窓がない代わりに、裏庭に向かい、なぜかもうひとつ扉がある。
ベッド下に落ちていたノートを読むと、寮母の日記だった。どうやら寮母室だったようだ。だからこの部屋だけ、裏庭に直接出られるのだろう。
日記に特段プライベートな記述はなく、淡々と寮の営繕工事の予定日などを書いてあるだけ。最後の日付は一年ほど前で、それまでと同じ調子で、普通に毎日が続いているような記述の後、途切れていた。
ひとつのアイデアが浮かんだ。裏庭に出ると、引き出しに入っていた鍵で、部屋に鍵をかけた。裏庭は誰も来ないようで、雑草が生えて荒れ果てている。遠くに例のつるっぱげ銅像の頭が光っている。
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