08-2 仲良しマーク
レイリィに翻弄され、伊羅将はとぼとぼと自室に戻った。布団を敷いて横になり、今日の出来事をじっくり思い返す。サミエルの言っていることが事実として、自分の体験と矛盾しないで成立するだろうか……。
伊羅将は考えた――。まず、
――問題はここからだ。
そこに自分が通りかかったとする。ようやく追いついた闘鑼が、敵と勘違いして襲いかかってきて咬まれる。痛さと恐怖で根付に祈る。助けてほしいと。出てきたレイリィが闘鑼と戦い、連中をどこかに吹き飛ばす。夢中で逃げる花音とサミエルは、背後の戦闘を知りもせず、参道脇の山肌を必死で滑り降りて行く――。
考えられなくはない。それにサミエルは証拠の王家の珠を持っていた。
――ならやはり、花音の「お兄ちゃん」はサミエルなのか。
ヤモリが這っている天井をぼんやり眺めながら、伊羅将は首を振った。
――いや、昔はいい奴だったかもしれないが、今のサミエルは最悪だ。あんな男に花音を渡したら、彼女が不幸になるのは火を見るよりも明らか。
しかし王家の宿命と「お兄ちゃん」で、花音はサミエルに二重に縛られている。たとえひと月連れ出しても、そのあとに大きな問題が、自分だけでなく花音にまで降りかかってしまいそうだ……。
●
その頃レイリィもまた同様に、過去を振り返っていた。電気を消し布団に横たわって。
レイリィは、実はすべて覚えていた。八歳の伊羅将が花音を助け、闘鑼に咬まれて自分を召喚したことを。
顕現の限界に達し根付に戻ると間もなく王家のガーディアンが必死で駆けて来た。洗脳されかかって倒れていた花音を発見し連れ出して。宮司が来て伊羅将を助け起こしたのも見ている。
だからサミエルの嘘は、はっきりしている。ただし王家の珠は謎だ。たしかに伊羅将が受け取ったはずだが、それがどこに行ったのか。十年近くも前の細かな点までは、さすがに思い出せない。重要な品だとも思えなかったから、当時は気にも留めていなかったし。
寝返りを打った。
事実はそうだが、伊羅将に告げることはできない。それを教えては、王家に伊羅将を取られてしまう。自分に命の力を与えてくれる体も、そして心も。
百五十年かけて生命力を吸い上げ、ようやく復活した。これからは伊羅将の夢に出て精を吸わなくてはならない。それができないと仙狸の力はどんどん衰え、ついには尽きて自分は死んでしまう。
仙狸一族を根絶やしにし、今はヒトの絶滅すら狙う傲慢なネコネコマタに、大事な契約者を譲って死ぬつもりはない。
「花音には罪はない。百五十年前の話だろ」という伊羅将の言葉が、脳裏に蘇った。
――そうだけど、過去じゃない。私とあなたの未来が懸かっているの。ごめんね伊羅将くん。
レイリィは溜息をついた。それに彼女はかわいそうだけれど、一歩引いて冷静に考えてみれば、王女が意に沿わない政略結婚をするだけのこと。日本でも過去、いくらでもあった話だ。別に殺されるわけではない。花音は王家に戻って、贅沢三昧の暮らしを楽しめるはず。
……とはいえ、問題はある。まず、自分もサミエルが嫌いなこと。でっち上げベースで思惑どおり事が運ぶのは、どえらくむかつく。
それとなくリンをからかって訊き出したところでは、あいつは人類殲滅派と「握って」いる。ネコとヒトを巡る仙狸の主張からすれば、敵だ。それをネコネコマタ王家という重要なポジションに入れてしまうのは、政治的に問題がある。
そして最大の問題は、伊羅将が苦しむこと。レイリィは、伊羅将のことが気に入っていた。強がってみせても中身は子供でかわいいし。それに頼まれると断れない性格で、男らしい。
夢の中にしても、強気に出ることも可能なのに、そうしない。文句を言いながらも、「仙狸の夢修行」に気長に付き合ってくれている。それは他人の課題を見過ごせない、伊羅将の美点だろう。
――伊羅将くんを悲しませるのは、嫌だしなあ……。
レイリィはまた、寝返りを打った。ややこしくこんがらがったこの糸を、うまく解きほぐす解はないものだろうか。
「それにしても……。仲良しマークなんか着けられちゃって、明日どう隠そう……」
伊羅将に強く吸われた首を、そっと撫でた。くすぐったかったけれど、少しだけ気持ち良かった。伊羅将となら、もう少し進むことも怖くはない。男子の夢で命の力を分けてもらわないと、いずれ力尽きて死んでしまうし。
――今晩夢に出たら……腕だけでなく、全身あちこち舐めてもらおうかな。
そう考えるだけで、恥ずかしさに体が熱くなった。
「やっぱりダメだわ……。男の子の夢に出たときの立ち居振る舞いや心構え、母上から教えてもらう前に封印されちゃったしなあ……」
手をつないでお散歩し、もし……もし自分が大丈夫そうだったら、現実世界のように首や腕を舐めてもらって……軽くキスするくらいなら……。
胸がドキドキしてきた。髪の色はピンクを通り越して紅に変化している。伊羅将の夢に出なくちゃ……と頭では考えているのに、恥ずかしくて眠れそうにない。
――がんばって眠るからね、伊羅将くん。早く行って、かわいそうな伊羅将くんをなぐさめてあげないと……。もう少しだけ夢で待ってて……。今、行くから。
寝返りを打って伊羅将の部屋のほうを向くと、レイリィは強くまぶたを閉じた。そうすればすぐ眠れると自分に言い聞かせながら。
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