08 王女と皇女と仲良しマークと

08-1 お布団の約束

 花音をなんとか落ち着かせて自宅に戻ると、もう夜だった。父親が作ってくれた晩飯を済ませ、風呂に入って気持ちを落ち着かせてから、伊羅将は客間に赴いた。


「あら……」


 すっかり万年床化した布団に寝転んで、レイリィはスルメの足をくわえていた。


「伊羅将くんも食べる? スルメ。ここんちの奴は、けっこうイケるよー」

「そんなことよりさ、今日、サミエルが言ってたこと、ほんとなのか?」

「サミエル……。ああ、あの気持ち悪い子」

「そうさ。俺が根付に祈ったとき、花音を救ったのは自分だって……」

「そう言えば、そんなこと言ってたねえ」


 スルメを食い千切ると、布団に起き上がった。


「そろそろお布団干さないと気持ち悪いかも。はあ」

「……そうじゃなくてだな」

「私が覚えてるのは、伊羅将くんを助けたことだけ。すぐ根付に戻っちゃったし。でも、あの子が花音ちゃんを救ったという話は、どうにも眉唾の匂いがするわ。……気になる?」

「そりゃあな」

「暗い顔ねえ……。なぐさめてあげるから、こっちにきなよ」


 布団に引きずり込まれた。


「な……なんだよ」


 なんとなくドギマギする。


「さっき約束したじゃん。お布団で体を舐めさせてあげるって」

「……そう言えば」

「もうお風呂入ったから、してもいいよ」

「体を……」

「うん。舐めるだけだけどね。――ほら」


 伊羅将をそっと抱き締めると、レイリィは髪をかき上げた。


「首から始めてみる?」

「か、髪が……」


 レイリィの髪は、いつの間にかピンクになっている。瞳も赤。


「ふふっ。このほうが気分が出るでしょ。はい……」


 伊羅将の頭を優しく抱えると、首筋に導いた。伊羅将の目の前に、女子の首がある。柔らかそうで、産毛が淡く生えている。Vネックの隙間から、レイリィの甘い匂いが立ち上ってくる。


「辛いのはわかる。いても立ってもいられない気持ちも。でも今だけは少し忘れて。ねっ」


 しばらくためらってから、伊羅将は、そっと口を着けた。柔らかくて温かい。唇と舌で首を辿ると、レイリィはくすくす笑い出した。


「くすぐったい……」


 レイリィが笑うと、大きな胸が、誘うように伊羅将の上で動いた。


「レイリィ……」


 首筋を強く吸うと、伊羅将はレイリィの胸に手を伸ばす――寸前で掴まれた。


「ダメ、触ったら。舐めるだけって言ったでしょ」


 伊羅将の胸に手を置き、ゆっくりと体を離した。


「お行儀が悪いんだから。おとなしくしてたら、背中くらいは覚悟してたのに。首だけでおしまいかあ……」

「……終わり?」

「伊羅将くんがいけないんだよ、約束破ったから」

「だってそりゃ男なんだから、こうなるとその……歯止めってもんが」

「だめ……」


 色っぽい流し目を送ってきた。


「……続きは、今晩夢の中でしましょ。……全身は恥ずかしいけれど、リンちゃんみたいに、腕くらいは舐めさせてあげるから。夢なら伊羅将くんが暴走しても、すぐ私は逃げられるし」


 布団から出ると枕元のお茶を飲んで、続けた。


「伊羅将くん、苦しいでしょ。そばにいて私も辛いもの。契約で縛る私はあなたの飼い主だけれど、友達でもある。なぐさめてあげるからね」


 滅びた種族、仙狸の皇女おうじょは、優しく微笑んだ。

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