06-2 ボンデージの「お寝巻き」

 伊羅将の部屋をひっくり返してエロネタを探しまくったリンと別れ、父親と酒盛りを始めたレイリィを残して寮の部屋に戻ると、伊羅将は学校プリントを裏返して、例の相関図を書き直し始めた。頭を整理するためだ。



神辺花音(中三)  ←ネコネコマタ王位継承者

大海崎リン(中三) ←ネコネコマタ貴族

           過激派を支持

           人類殲滅過激派→    花音を妨害

神辺陽芽(中一)  ←ヘンタイ

オレ(高一)    ←王家のお手伝い

           レイリィのままごと相手

ネコ        ←人類の支配者

魔法陣構築     ←ポスターの目的

           副理事長の息子・クズ→ 鷹崎サミエル(高一)

           花音を狙うエロ魔人

           ポスター廃棄

           (超過激派の命令?)

           仙狸皇女→       レイリィ(凍結十八歳?)



「うーん……」


 ――こうして図示してみると、なんだろ俺。ネコネコマタにも仙狸にも下僕扱いされてる気が……。男としてこれでいいんだろか。


「お兄様、これではわたくしがあんまりです」

「うわわわわーっ!」


 伊羅将は飛び上がった。何度も飛び上がって筋力がアップしたのか、いつの間にかずいぶん高く跳べるようになっている。この調子ならインターハイ出場は近いな。


「ひ、陽芽……。お、脅かすな」


 仙狸とかあってヤバいので、秒速で裏返した。プリントには「寮の部屋はみんなのものです」とタイトルが印刷されている。


「ヘンタイとはなんですか。下劣な」


 眉を上げて怒っている。


「『マゾッホの眷属』と、お教えしたじゃありませんの」

「そ、そうだな。あとで書き直しておくよ」

「頼みますわよ、本当に」

「そういやお前、合鍵ばらまくのやめろよな。勝手に入られたら、ひとりで……ま、いいか」

「おひとりでエッチなこともおできにならない――そうおっしゃりたいのね」


 お見通しとばかり微笑む。


「ご安心くださいませ。そんな寂しいことは言わせませんわよ。ふたりで遊びましょう」

「……呼ぶまで勉強していろと命じたはずだが」

「放置プレイにも限度があります、ご主人様。ささ」


 例のバッグをドサッとベッドに置いた。


「……もういいよ。それ」

「そう言うと思っていましたわ。ですから、助っ人を連れて来ましたのよ。――お姉様」

「陽芽、もういいの?」


 言いながら、花音が入ってきた。


「か、花音……。お前もまさかマゾッホの……」

「なあにイラくん。おまんじゅうの話?」

「お姉様のご趣味ではありません。……ただ、どうしてもお兄様と一緒に眠りたいとのことでしたので、ついでに」

「ついでってなあ……」


 ――まあ、またふたり目隠しして寝かせればいいか。チャイルドシッターかよ、俺。


 伊羅将は大きく息を吐いた。


「……じゃあプレイするか。ほら、ベッドに入れ」

「はい、お兄様。今日はお寝巻きを着て参りましたのよ」


 陽芽はそそくさと制服を脱ぎ始めた。


「そ、それは……」


 伊羅将は絶句した。セーラーの下に黒い革のレオタードを着ていたからだ。体を締め付けるほど小さく、ハイレグなので伸びやかな脚の長さが強調されている。


「素敵でしょう、お兄様。本当は穴から胸が丸出しになるのですけれど、お姉様もご所望でしたので、ぎりぎり隠れるタイプを買い足しました」


 固まった伊羅将に構わず、なんやら知らんがうきうきとホックを外して、花音もスカートを床に落としている。もちろん下は革のボンデージだ。陽芽と異なりスタイルがいいので、どえらく刺激的。胸ぐりが大きく、本当にバストトップぎりぎりまで攻めている。


「かわいいんだよイラくん、このお寝巻き。黒くてツヤツヤで。ちょっと胸が苦しいし、下着は穿けないんだけれど」

「お、おう……」


 制服かふんわかした私服しか目にしたことがなかったので、体の線があからさまにわかる「お寝巻き」姿の花音を前にすると、辛抱たまらなくなってくる。胸の先がどこにあるのかも、なんとなく膨らんでてわかるし。それに下半身だって……。


「お兄様、目が血走ってますわよ」

「もういいや。とにかく横になれ。このままだと暴走しそうだから」

「ふふっ。暴走モードのお兄様に、あれこれしていただきたいわ」


 言いながらも、陽芽も花音もベッドに横たわった。この近さで食い込みクッキリとか見てしまうと自分がアブないので、速攻でブランケットをかけて、手錠を――。


「手枷はけっこうですわ、お兄様。お姉様が痛がりますし」


 考えた末、やめにした。目隠しをさせる。


「わあ、イラくん。よく眠れるようにアイマスクしてくれるんだね」

「そうだな……。はいお休み」

「ご主人様」


 とっとと寝袋に退散しようとして、陽芽に腕を掴まれた。


「今晩は放置プレイはなしですよ」

「……でも」

「といっても、お姉様もいらっしゃるし。初心者入門編ということで、これを……」


 羽毛のネコじゃらしを取り出した。


「ネコネコマタは、これでじゃらしてもらうと、ぐっすり眠れるのです」

「……本当かよ、それ」

「もちろんです。はい……」


 陽芽は、自分のところだけブランケットをめくった。


「じっとしていますから、これであちこちくすぐってくださいませ」


 伊羅将はためらった。


「嫌と言うなら、お姉様に言いつけます」

「あら陽芽、なにかあったの?」

「ええ、お姉様。お兄様がわたくしにエッチな――」

「わかったわかった。ぐっすり眠れるんだろ。眠るまでだぞ」


 諦めてネコじゃらしを手に取った。二十センチくらいの棒の先に、ふわっふわの羽毛がいくつか取り付けられ、細く柔らかな針金も数本飛び出ている。


「これでくすぐるのか……」


 ――やったことはないが、こんな感じかな。


 丸出しになっている陽芽の二の腕を、そっと払ってみた。陽芽はおとなしく、されるがままになっている。羽毛や針金をくるくる回すように動かし、手首から肩まで優しく撫でてみる。


「……」


 目隠しをしたまま、陽芽がもじもじし始めた。どうやらこのやり方で正解みたいだな。

腕を何度もくすぐっていると、陽芽がそっと手を上げ、ベッドの天板パイプを握り締めた。腕の内側から脇の下まで、今度は裏側を刺激する。パイプを握ったまま、陽芽が吐息を漏らした。


「ご、ご主人さ……ま。あっ脚も……いじめて……ください」

「早く寝ろよ」


 そうは言ったが、これはなかなか面白い。太ももの外側を辿るように撫でると、くすぐったそうに体をよじって、陽芽は脚を強く閉じる。繰り返していると、ブランケットが床に落ちた。


「面白そうだわ。ねえイラくん、花音もじゃらしてよ」


 もうすっかり目隠しを取ってしまっている。


「見てたのかよ」


 なんとなく恥ずかしい。


「ねえ、ほら」

「わかったわかった」


 ほっぺをくすぐって、目の前に羽毛を出したりひっこめたりした。ネコの本能に訴えるのか、獲物を捕まえようと、花音が手を伸ばす。さっとひっこめて攻撃をかわすと、焦らすようにして、ベッドの陰からネコじゃらしを出す。花音は飛びついてバランスを崩し、伊羅将を押し倒すように床に倒れ込んだ。


「……イラくん」


 伊羅将の目の前に、王女の瞳がある。濡れて澄んでいて、きれいな心の奥まで見通せるほど、虹彩が広がっている。柔らかそうな唇は、わずかに開かれている。のしかかられて、花音の体温と息遣いを感じる。柔らかな胸はトクトクと脈打ち、レオタードの胸の隙間からは、甘い女子の香りが、ボンデージの革の匂いに交じって立ち上っている。


「花音……」


 ふたりはそのまま動けなくなり、固まってしまった。互いの存在を受け止めるかのように。


「イラくん。花音……」


 花音の唇が震えるように動くとたまらなくなり、伊羅将は思わずその体を腕で抱こうとした。


「お姉様、そろそろおやめになったほうが」


 陽芽がベッドから声をかける。


「あっ……。か、花音ったら。――あっいやっ」


 あわてて起き上がろうとして手を滑らし、かえって伊羅将に抱きつく形になってしまった。レオタードの大きな胸ぐりに頭が包まれ、伊羅将の唇は温かな胸にキスする形となった。


「か、花音……」


 伊羅将の心に、なにか強い感情が湧き起こった。


「だめっ、話さないで。く、くすぐったい……」


 花音の体から、花のような香りが漂い始めた。甘く、伊羅将を興奮させる力を持つ匂いで、それで……。


「――ッッッックショイ」


 顔をそむけて、伊羅将はくしゃみした。もう止まらない。部屋の隅まで床をごろごろ転がると、くしゃみを続ける。


「お姉様、今日はお薬飲んでいるのでしょう」

「うん。それにそもそも発情の時期じゃないはずだけれど……」


 上気した頬のまま、花音は立ち上がり、首を傾げた。


「なんでだろう……。発情はしていないはずなのに、こんな気持ちに……」


 呆然と、また繰り返した。


「もう本当に寝ましょうか。お兄様も当面使い物にならなさそうですし」


 申し訳なさそうな視線を、陽芽は伊羅将に投げた。


「お兄様、ごめんあそばせ。お姉様を落ち着かせなくてはなりませんので、このまま寝ますわ。発作が治まったら、お兄様もごゆるりとお休みください。プレイの続きは、また次回の楽しみといたしましょう。……さあ、お姉様」


 姉をベッドに誘導すると、陽芽は花音と抱き合うようにして眠ってしまった。なんとか発作が治まると、念のために抗アレルギー薬を一錠口に放り込み、電気を消して寝袋に潜り込んだ。


 それにしても……あれは不思議な瞬間だった。くっついたのは体なのに、むしろ心と心がむき出しで触れ合っているような感覚。いつか、どこかで経験したことのある。


 ――あれはどこでだっただろうか。


 部屋に漂う甘い残り香に包まれて、伊羅将の疑問はゆっくりと闇夜に溶け込んでいった。

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