05-3 穴開き革レオタード
「三升焼酎・大九郎」という六リッター近い禁断の最終兵器をウンウン抱えながら伊羅将が寮を目指している頃、女子寮の二人部屋で、花音と陽芽は優雅に紅茶を楽しんでいた。
「お姉様。お兄様のことですけれど……」
淹れたての熱い紅茶を、ティーポットからふたりのカップに注ぎながら切り出した。
「お姉様の運命を変えたって……」
花音は首を縦に振った。
「あれ、どういう意味ですの」
「うん……」
花音は紅茶を口に運んだ。
「おいしい……。あのね。あのとき助けてくれた人かもしれない」
「お姉様の『運命のお兄ちゃん』ということですか」
驚きのあまり思わず声が高まったのを、陽芽は自覚した。
「だってあの頃、同じ場所で
「闘鑼に……。本当ですの」
「縞模様の化け物だって言ってた」
「お姉様を助けたって、おっしゃったんですか」
「ううん。それ以外、覚えてないみたい。……それに珠も持ってない」
「そうですか……。ではただ目撃しただけ……という可能性もありますわね」
「それはそうだけど、でも怪物に襲われて、怪我したって」
「……あのとき、さらった連中は、洗脳しようとしたんですわよね。神体たる王族を肉体的に傷つけることはタブーなので。助けようとした子は、お姉様の手を取った。それを暴力と勘違いしたボディガードの闘鑼が、逆上して襲いかかった――。報告書ではそうなっています。だから闘鑼と対峙したのは、その子だけ。可能性は高そうですわね」
ティーカップをソーサーに置いた。
「偶然とは恐ろしいですわね。お姉様、発情したときにお迫りになってましたけれど、治まってみていかがですか。お兄様のこと、お好きなんでしょうか」
「それは……」
しばらく考えてから口を開く。
「よくわからない。イラくんのことは好きだけれど、恋ってこんなあっさりしたものなのかな。だって知り合ったばかりだし。発情してなければ、あんな気持ちにはならなかったと思うし」
「でも、鷹崎の御曹司よりはお好きなんでしょう」
「うん。ずっと……。でもいいのかな、『サミエルくんが嫌だから』なんていう理由でお付き合いして。イラくんに失礼な気がするし」
「では、お兄様が本当に『運命のお兄ちゃん』だとしたら、どうなるんでしょうか」
「その場合は……」
花音の頬に、みるみる赤みが差した。
「け、結婚……してほしい」
「ほらみなさい。それがお姉様の本当のお気持ちなのですわ」
思わず笑ってしまった。
「お慕いする方ができて良かったじゃありませんか。お姉様は王位継承者。十五歳になったら、ニンゲンから連れ合いを選ばないとなりません。主人と従者のつながりを象徴する婚姻は、ネコネコマタ王家の伝統です。『運命のお兄ちゃん』が発見できなければ、あのサミエルと縁組みさせられるところでしたものね」
「けど……イラくんは、王家の珠を持っていないし」
「困りましたわね」
状況を、陽芽は頭の中で整理してみた。
「あれには呪法がかかっていますから、受け取った人は、絶対に捨てません。捨てられないのです。それを提出できなければ、人類殲滅派は『本人ではない』と婚儀に反対するでしょう。わたくしの情報網によれば、鷹崎は人類殲滅派と手を握っているようですし。となると、お姉様の婿取り問題は混迷しますわね。血が流れるかも……」
「同族もヒトも、血が流れるのは嫌です。そんなことになるんだったら、サミエルくんと結婚する。花音ひとりだけが泣けば済むもの」
「お姉様……。お姉様らしいお優しさですけれど、わたくしが嫌です、お姉様が涙を落とすのは。百年以上つながりのある
陽芽は腕を組んだ。
「お姉様、わたくしが絶対幸せにして差し上げますわ」
花音の手をしっかりと握った。
「十五歳になるまで、あとわずかの時間しかありません。それまでに証拠が出なければ、『運命の人を発見した』と発表し、お兄様を推挙しましょう。反対派を説得すればいいだけの話です」
花音に言葉が染み渡るのを見て続ける。
「前例にないことですが婚姻をなんとか延期させまずは婚約しておいて、ゆっくり時間をかけて、お兄様にご納得いただきましょう、お姉様との結婚を。……わたくしの判断するところ、お兄様はお姉様を憎からずお思いです。少しだけエッチで気が多くていらっしゃるので、そこだけは問題ですけれど、王者とはそういうものです。お父様だって……」
大きなバッグから「お道具」を取り出し、陽芽はひとつひとつ吟味しては詰め直し始めた。
「お兄様がお姉様と結ばれるとなると、わたくしは永遠の放置プレイですわね。……せめてその前に、お兄様の後宮で、せいいっぱい、いじめていただかないと」
「陽芽、そのアクセサリーはなにをするものなの。その……鞭のようなものとか」
「お姉様、これは鞭ではなくてハタキです。お部屋を掃除して差し上げようと思いまして」
「わあ、いい心がけだね」
「ええ。手枷のように思えるものは、ハタキを差し込んでおく容れ物ですわ。ぐっすり眠るための目隠しに、ネコネコマタとしてお兄様にじゃらしていただくための、羽のおもちゃ。それとこのお注射の筒は……」
放り投げた。
「これはいりませんわね。お兄様からもあまり反応がありませんでしたし、スカトロの話が出たとき。……代わりにボンデージを追加することにいたしましょう」
革製のレオタードを広げてチェックする。
「素敵なお洋服。……でもそれ、胸のところに大きな穴がふたつも開いてるよ。虫食いかなあ……。全部出ちゃうから、寒いんじゃないの」
「いいえお姉様。今はこれが流行っているのですわ。これを着ると……寒いというより、恥ずかしさに体がアツくなってくるのです。そう、お相手の殿方もアツくなられますよ多分」
「まあ……」
なにかを想像するかのように、花音は天井に視線を向けた。
「それなら、花音のも今度作ってもらおうかなあ、陽芽に。イラくんの前で着てみたいの」
陽芽は、思わず微笑んだ。
「お兄様もお喜びになりますわ、きっと。……ただ、あの寮の部屋の中でしか、着てはいけませんよ。これはお寝巻きですから」
「わかった。今度イラくんの後宮にお泊まりに行こうよ。ふたりでそのお寝巻きを着たら、イラくんは喜んでくれるに違いないもの」
「ええお姉様。もう鼻血をお出しになるほどに。……ただ、お姉様には王位継承一位としての義務がおありになる。結婚まで男性とのエッチな関係は厳禁ですから、そこが問題ですわね」
「平気だよ陽芽。ヒトには発情期がないのでしょう」
花音は笑い出した。
「花音が薬で発情さえ抑えておけば、イラくんが発情するわけがないもの」
「そうですわね、お姉様」
陽芽はこっそり溜息をついた。この無垢な姉を守らなくては。
「なんとかお兄様を止めてみせますわ。幸い、わたくしには純潔の義務もありませんし」
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