05-2 仙狸とネコネコマタ
「――ネコネコマタも増長したものねえ。人類滅亡なんて」
「人類を滅亡に導くってことは、しもべの全とっかえでしょ。そのためには禁断の古代呪法を使わないとならない。ネコやネコネコマタの側にも、大きな犠牲が出るのに」
「それでもやるつもりらしいよ。主戦派の連中は」
「ネコ頭のネコネコマタらしいというか」
レイリィは溜息をついた。
「でも、花音がそれを止めるって言ってたけどな」
「できると思う? ネコネコマタ王家の姫に」
思わせぶりに、レイリィが首を傾げた。
「だって私を根付に封印したの、ネコネコマタの王家だよ。残忍だよー、連中」
「……マジ?」
「うん」
レイリィは説明を始めた――。百五十年前、幕末の混乱で、日本の精神世界を司る神々や妖怪の世界にも大きな変動があった。その際、ネコネコマタ族と対立して精神世界の覇権を競ったのが、仙狸だった。
ネコネコマタ族は人類を使役することで神々と妖怪の世界を護ろうとした。仙狸は夢を通じ人間の心をよく知っており、使役ではなく対等な心と体の関係で人間との幸せな関係を作ろうと主張した。その対立が、レイリィの根付幽閉を生んだのだと。
「つまりネコネコマタは、昔っからヒトを見下してた。その傲慢な態度が、今も変わってないってことじゃん」
「仙狸の一族はどうなったんだよ」
「知らない。気配がないし。多分、連中が……」
悲しげな笑みを、レイリィは浮かべた。
「……ならお前。ネコネコマタに復讐する気なのか?」
「もちろん。それだから物部とも契約したわけだし」
あっさり認めた。
「あの娘たち、王族の姫だって言うしね。いいチャンス」
「殺すのか?」
「どうかなあ、はあ。まっ、そのときは伊羅将くんにも協力してもらうけどね」
「嫌だよ俺、そんなの」
「契約があるでしょ。命令に逆らうと、一気に生命力を吸い尽くされちゃうよ」
「……どうなるんだよ」
「しなびて死んじゃうから、そうねえ……」
レイリィは上を向いて考えた。
「『憑きモノにとり殺された』ってことになるかなあ、はあ」
「カンベンしてよ」
「仕方ないでしょ。祖先が契約したんだから。……それに安心して。当分、殺す気はないし」
「当分……」
「だって百五十年だよ。やっとこの世に出てこられたんだもの。青春を楽しまないと、まずは」
レイリィが腕を首に回してきた。
「ふふっ。あの娘たちを殺されると嫌なの、伊羅将くん」
「……そりゃ、友達が殺されて喜ぶ奴はいないだろ」
「それだけー?」
じっと瞳を覗き込んでくる。
「伊羅将くん次第ね、では」
意味ありげに瞳が輝いている。
「伊羅将くんが、私を幸せにしてくれたら……」
「幸せに……」
「そう。私を封印し父上や母上、それに一族郎党を消滅させたネコネコマタを許してもいいって思えるくらいに」
「……どうすれば」
無理だとは思ったが、一応訊いてみた。
「それは……愛でしょ」
「愛」
「そうよ。無償の愛。私を魂の底から幸せにしてくれるほどの……」
「……」
「だからとりあえず、お酒買ってきて。飲むからさあ。そうそう。サキイカとポテチも頼むね。伊羅将くんのお小遣いで立て替えてもらって……」
「ふざけんな。パシリじゃん、それだと。それに高校の寮に酒なんて置いたら――」
急に抱きつかれた。
「……お前」
「伊羅将くんにわかる? 家族や友達、それに大好きな世界と切り離されて百五十年。来る日も来る日も敵の姿を思い浮かべて過ごす日々が。悔しさと憎しみにまみれて。……楽しみは、物部惣領の生き様を一緒に経験することだけ。もっと頑張れっ、私がここで応援してるぞって……」
「レイリィ……」
「あなたが育つ姿も、私の喜びだった。かわいい男の子が、どんどん元気になっていって……。でも、私のせいでご両親が離婚した。伊羅将くん中学で荒れて、よく学校サボってたでしょ。怖い顔してた。私は根付の中で泣いた。いつかお詫びをしてあげるって」
「……」
「伊羅将くんの友達だから、我慢してるんだよ。だから……酒買ってこい」
「……えーと、オチに納得が行かないんだけど」
「ふふっ。いいじゃない。ねえ」
にこにこしている。
「『ねえ』じゃないだろ。仕方ねえなあ……」
やむなく部屋を後にする。「買ってきてくれるって信じてた」とか言葉が追いかけてきたが。
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