01-2 つるっぱげ銅像の「告白」

 翌朝、眠い目をこすりながら学校までタラタラ歩いた伊羅将いらはたが靴箱を開けると、靴の上にレモン色の封筒が乗っていた。


 ――なんだこりゃ、ラブレターかよ。今どき古臭せえ奴だな。


 あきれたが、それはそれ。女子からのアプローチなど、生まれて初めてのことだ。人目から隠すように封筒をポケットに放り込むと、授業を無視してトイレに駆け込んだ。なに遅れたってかまやしない。中学のときだってサボりまくってたし。それより愛の告白のが重要だ。


 個室に入ると、封筒をまじまじと見た。封の部分のカットは丸く、レースのような型押しが施されている。いかにも女子好みの奴だ。宛名とかは特に書いていない。


 なるだけ封筒を傷つけないように開けて、便箋を取り出した。かわいい字でいろいろ書いてあるが、差出人の名前はない。伊羅将は読み始めた。




はじめまして

えーと あなたのことが ずっと昔から好きでした


つきあってください



イヤとは言わせない

文句ないだろ こんな美少女にコクられれば


そうか忘れてた

昼休み 裏庭にある 創立者のつるっぱげ銅像の下に来い

告白してやる




「なんだこりゃ……」


 思わず口に出た。「好きでした」とあるからラブレターだろうが、ずいぶんツッコミどころがある。後半はもはや果たし状だろこれ。悪友のイタズラにしても低レベルだが、そもそも入学二日めで友達がいない。


 ――まあとにかく、「つるっぱげ銅像」に行くしかないか。


 伊羅将は溜息をついた。


         ●


 昼休み、裏庭を探して赴くと、たしかにつるっぱげの銅像があった。生徒がふざけて撫で回すせいだろうが、ハゲ頭だけピカピカに輝いている。


 銅像の下には、腕を組んだ女子が立っていた。ポニーテールで、中等部のセーラー服姿。ラブレターに自分でしれっと書いているだけあり顔立ちは整っているが、眉を寄せて唸っているので、なんだか怖い。


 近づいてくる伊羅将の姿が視野に入ると目を見張り、「あっ」という形に口が開いた。そのまま後ろを向いてしまう。


「待たせたな」

「ま……待ってなどいない」


 後ろを向いたまま答えると、ポニーテールがぴょこんと揺れた。声はかわいい。小さくて、背は伊羅将の目くらいまでしかない。


「お、お前が好きだ。付き合ってくれ」

「……こっち向いて話せよ。そういう件は」

「そ、それもそうだな」


 くるっと振り返った。うん、間近に見てもかわいい。伊羅将謹製「美少女認定証」を発行してやってもいいな。昨日の花音に続いてふたりめってことで。


「……」

「……」

「……」


 伊羅将が黙っていると、相手もなにも話さない。ただじっと、なんだか不機嫌そうに伊羅将を睨んでいるだけだ。


「……なんか言うことあるんじゃないか」

「ないだろ。もう告白したし」


 なにを今さら……という表情を浮かべている。


「名前も知らないけどな」

「あっそうか。大海崎おおみさきリンだ。中等部三年E組」

「大海崎さん」

「そうだ。リンと呼べ。お前は物部伊羅将でいいんだろ。昨日調べた」

「昨日……? ずっと好きだったって書いてあったけど」

「そ、そうだ」

「名前も調べないで?」

「え、えっとあの。ずっと好きで、昨日調べた」


 リンの頬は急速に上気してきた。


「俺、昨日入学したばかりなのに、なんで『ずっと好き』なんだよ、お前」

「それはその……。昨日見かけたら好きになって。あの。あ、あたしにとっては一日でも『ずっと』だ。そ、それほどすごーく好きだってことで、ひとつよろしく」

「なにが『ひとつよろしく』だよ。誰の仕込みだ、これ」

「仕込み……」


 顔をまっかにして、リンは怒り出した。


「イタズラのわけないだろ。この美少女が、わざわざ作文してやったのに」

「ふん」


 伊羅将は、リンの瞳をじっと覗き込んだ。自分で考えたというのは、どうやら本当に思える。


「それにしてもリンお前、仮にも『告白』って体裁取るなら、場所選べよ。なんだよ『つるっぱげ銅像』とか書いて」

「ヘ、ヘンだったか」

「おかしいだろ、普通に」

「そうか。……なにせこんなこと初めてだからさ、よくわからなくて」

「初めてねえ……。それで、狙いはなんだ」

「はあ? バカかよ」


 眉を上げて腕を腰に当てた。


「付き合えって、書いてあるだろ」

「……」

「……なんかまたヘンなこと言ったのか、あたし」


 伊羅将の顔色を見て、急に不安そうな表情になった。


「ま、まあいいや。またあとでなっ」

「あっ待てよ……」


 リンは駆けて行ってしまった。想像以上に速い。てかポニーテールが文字どおり馬の尻尾のように揺れてるし。


「なんだよ、あいつ……」


 伊羅将は呟いた。


          ●


 放課後、伊羅将が校門を出ると、腕をぐっと掴まれた。リンだ。


「……なんだよ、お前」

「告白してやったんだから、今日は付き合えよな」

「はあ?」


 あきれ返る伊羅将を目にして恥ずかしそうにプイと横を向いたが、それでも手を離さない。


「ほら早く」


 ぐいぐいひっぱられ、近所のドーナツ屋に連れ込まれた。なんやら知らんが、無言でコーヒーなど口に運んでいる。


「……で?」

「は?」

「お前、俺の彼女になったんだろ。これからどこ行って遊ぶんだ」

「はああああーーーーっっっ?」


 リンは大声を出した。フリフリの制服を着たウエイトレスが、一瞬こちらを向く。


「なんであたしが、あんたと遊ばなきゃならないのさ」


 ドンとテーブルを叩く。


「だいたいさあ、誰が彼女よ。告白してもらったからって、下僕風情が、このあたしと付き合えると思ってんの」


 伊羅将は頭が痛くなってきた。



 ラブレター上の文面 ←謎

 つるっぱげ下の告白 ←謎

 ドーナツ屋での行動 ←謎



「謎・謎・謎」と揃って、ラスベガスのスロットマシンなら百万ドルのジャックポットだな。


「彼女になるつもり、ないのかよ」

「あたりまえじゃん」


 鼻息が荒い。


「そか。なら勝手にしろ。俺は帰る」


 立ち上がると、また腕を掴まれた。


「ち、ちょっと待て」


 なんだか焦っている。


「わかった、彼女になってやる。それでいいんだろ」

「……お前さあ、俺のことが好きなんじゃないのか。なんだよその態度」

「ご、ごめん。男子と付き合ったこと……なくて。どうすればいいのか、よくわからない」


 しゅんとしている。伊羅将は、コーヒーを口に運んだ。


「まっいいか。じゃあまずここでデートな。お前、ドーナツ五つも買い込んでるし、それ食べて。それからカラオケ行こうぜ」

「わ、わかった」


 安心したように、リンはドーナツをほおばった。無心に口を動かしている。


「……なんだよ、じっと見て。文句あんのか」

「いや、そうしてるとかわいいのになって」


 リンの頬が、見る間に赤く染まった。


「う、うるさい。……ほ、ほら、あんたも食べなよ。ここのドーナツ、イケるからさ」


 まあ、かわいいところがあるのは確かだ。だが、どうにも胡散臭い。


 伊羅将は、この女子とまじめに付き合うつもりは毛頭なかった。どうせ自分のことが好きなわけじゃない。なにか事情があって「付き合ってる」ことにしたいだけだろう。ならこちらもそれに応じてやって、せっかくのチャンスを生かせばいいだけの話だ。


 カラオケは、意外に盛り上がった。リンは歌がうまく、ほめられるとうれしそうだ。だからニセデートとはいえ、楽しくはあった。ひととおり歌うと、伊羅将はリンの隣に寄る。


「……なに。邪魔だった? 場所」


 上機嫌だ。


「いやそうじゃなくてだな。彼氏彼女なんだから、少しはスキンシップでもさ」

「スキン……シップ」

「そうさ。ほら、こうして」


 手を取った。どう反応していいかわからないのか、リンは無言で、なすがままになっている。おとなしいので、伊羅将のエロパワーに火が着いた。手を回すと、そっと肩を抱く。柔らかい。


「……えと」


 リンがもじもじする。


「なんか恥ずかしいけど」

「恥ずかしいもんか。彼女と彼氏なら、普通にすることさ」

「そ、そうか……」


 下を向いてしまった。


「ならいい……」


 ぐっと引き寄せると、とかすようにして髪を触る。リンはまだじっとしている。首に手を置いて、からかうように撫でてみた。


「よせ……。ネコみたいな撫で方」


 ――ヤバい。俺、もう止まらない。


 手を胸に移そうとして……思いっ切りどつかれた。てか、ソファーの端までふっとばされたんだけど。どんだけ怪力だよ。


「……ってえなあ」

「あーもう。お前、本当なのか。彼氏彼女がこんなことするなんて」

「本当さ」


 痛みでちょっと息が詰まる。睨まれた。


「嘘つけ。発情期でもないのにっ!」

「いいだろ。これくらい普通だし」


 また近づこうとしたら、手を噛まれた。


「いてっ! てってっ――離せよっ」


 ようやく振り切った。左手の親指と人差指の間に、きっちり歯型が残っている。型取り剤を流し込んだら、歯科医も真っ青の歯型モデルが作れそうなくらい。



「お前、調子に乗りすぎだぞ。あ、あたしはもう帰る」


 個室を飛び出していった。


「おーいて」


 伊羅将は手を撫でた。


 ――そりゃ俺もやりすぎて悪かったけど、なにも噛みつかなくたって。


 呆然と、ドアを眺めた。せわしない奴だ。告白が終わると走って逃げたし、ここでもか……。


「それにしても、昨日といい今日といい、ヘンな奴ばかりと知り合うな。仏滅かよ」


 口に出して思い出した。昨日の女子、なんだっけ……そう神辺花音。あいつたしか「明日もよろしくね」って言ってた。


「やべ」


 伊羅将は部屋を飛び出した。店員が目を白黒させている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る