インベーダーセット【シベリアとミルクコーヒー】

「グラフィックしょぼ」


「レトロゲームだからな。……っていうか、どこからそんなもん引っ張り出してきた」

「倉庫」

「勝手にあさるな!」

「ゲームカフェなんだからこういうのもあった方がいいでしょ?」

 瑞穂はテーブル型の筐体(きょうたい)でゲームをプレイしていた。

 テーブル型筐体はその名前のとおり、テーブルとデジタルゲームの筐体が1つになったものだ。

 テーブルにモニターが埋め込まれており、物を食べながらゲームをプレイすることができる。


 プレイしているのは『コスモインベーダー』。


 シューティングゲームの元祖だ。

 インベーダーカフェと呼ばれる店が乱立するほどのブームになり、うちの店もその流れには逆らえずテーブル型筐体を導入したという(モダンジャズがブームの時はジャズ喫茶になったり、フュージョンブームの時はフュージョンカフェになったので珍しいことではない)。

 レトロゲーム特有のぎこちない敵の動きがなつかしい。

 シューティングの主流は強制スクロール型だが(画面が強制的に横へ動く)、インベーダーゲームは画面がスクロールしない(画面が動かない)。

 1画面に大量の敵が存在しており、それを全部撃墜すればクリアだ。



イイイイイイイイ←インベーダー(群れごと左右に動く)

イイイイイイイイ

イイイイイイイイ


トト トト トト←トーチカ(敵の弾から身を守る壁。弾が当たると崩れていく)


 △←自機(左右にしか動けない)



 コスモインベーダーでは敵の群れが画面端にぶつかると、一マス前進してくる。

 敵の弾に当たるか、インベーダーに画面下まで侵略されるとゲームオーバーだ。


 ちゅどーん


「あ、死んだ」


GAME OVER


 ちゃりん


 すかさず100円を投入してコンティニュー。

「その100円、後で回収するつもりじゃないだろうな?」

「あ、アルバイト特典でしょ!」

「……まあ、倉庫でほこりをかぶってたもんだしな。時給に加算してやろう」

「時給?」

「1時間につき1プレイ無料」

「やった!」

 嬉々としてプレイを再開。


「名古屋撃ち!」


「……また懐かしい技を」

 コスモインベーダーでは、敵の弾は1マス離れたところから発射される。



 ←1マス空いてる

・←弾



 インベーダーから直接弾が発射されるようにすると『インベーダーがフンをしている』ように見えるため、このような仕様にしているらしい。

 この仕様を逆手に取ったのが名古屋撃ちだ。

 一マス空いているおかげで、自機の前でインベーダーが弾を撃っても当たらない。



・←1マス空けて発射するので自機に当たらない



 ギリギリまで引きつけてインベーダーを一掃するのが名古屋撃ちだ。

 コスモインベーダーでは25秒に1回、ハイスコアを稼げるUFOが飛んでくる。

 つまり全滅させるのに時間をかければかけるほど多くのUFOを撃墜することができるわけだ。

 しかしギリギリまで引きつけるので、1つミスしたらインベーダーに画面下まで侵略されてしまうし、そこまで引きつけるのも難しい。






 必ず自機の真正面からインベーダーが弾を撃つ瞬間がやってくる。

 こうなると人間の反射神経ではまず避わせない。

 そこでこういう風にインベーダーを倒す。



イ  イイイイイ

   イイイイイ

   イイイイイ



 インベーダーは群れごと左右に移動する。

 この状態で群れが左に動いても、左上に残ったインベーダーが画面端にぶつかるため、右の群れはこれ以上左へ行けないのだ。

 プレイヤーはこの隙間を安全圏にしてギリギリまで群れを引きつけ、名古屋撃ちをするのである。

「ふふふ、楽勝楽勝」

 攻略法が確立されているとはいえ、あっけなくハイスコアを更新してしまった。

 ゲーマー恐るべし。

「他のゲームはないの?」

「ない。……いや、待てよ。近所の喫茶店が潰れた時に基盤を引き取ってたような気が……」

「あるのね!」

「お、おう」

 嬉々として倉庫に潜り、ごみの山の中から基盤を発掘する。

「レトロゲーム、ゲットだぜ!」


『コスモニアン』『コスガ』


 これもインベーダー型のシューティングゲームらしい。

 基盤をセットすると奇跡的に動いた。

 うちの倉庫は保存環境がいいらしい。

「じゃあさっそく……」

「待て、もう1時間すぎただろ」

「え」

「というわけで、これからは俺の時間だ」

「ずるい!」


「うるさい。プレイしたかったら働け。シベリアとミルクコーヒーな」


「はーい」

 しゅんとしてカウンターに向かう。

 シベリアはデブリ映画『風立たぬ』に出てきたので知っている人もいるだろう。

 ミルクコーヒーはミルクにコーヒーを足したもの。


 うちではミルク8、コーヒー2の割合で出している。


 シベリアもミルクコーヒーもミルクホールで出されていたものだ。

 昭和の喜劇王・古川ロッパの『甘話休題』にも登場する。



 ミルクホールは喫茶店というもののほとんど無かった頃の、その喫茶店の役目を果した店で、その名の如く牛乳を飲ませることに主力を注いでいたようだ。

 熱い牛乳のコップの表面に、皮が出来る――フウフウ吹きながら、官報(かんぽう)を読む。

 何ういうものか、ミルクホールに官報は附き物だった。

 ミルクホールのガラス器に入っているケーキはシベリヤと称する、カステラの間に白い羊羹(ようかん)を挿んだ三角型のもの(黒い羊羹のもあった)。



 明治の頃から政府によって牛乳が奨励されていたらしい。

 ミルクホールで牛乳を飲むと官報(政府の機関紙)、新聞、雑誌などが無料で読めたという。

 ただ当時の牛乳は臭いがきつかったので、コーヒーで臭みを消していたそうだ。

 ロッパのごとくフウフウしながら、エキサイト新聞でも読みつつ、パサパサの『シベリヤ』を食べるのもオツなものである。

 昭和の味だ。


 なおロッパの甘話休題にはジャズやクラシックを聴かせる店に関する記述もあり、この頃からケーキやコーヒーはまずかったらしい。


 コーヒーがまずいのはジャズ喫茶の伝統なのだろう。

「さて……」

 シベリアをつまみながらスタートボタンを押す。

 画面構成は一見、コスモインベーダーと大差ない。

 カラフルでBGMがあることぐらいだろうか。

 そう思ったのも束の間、

「おおう!?」


 敵の一機が群れから飛び立ち、自機へ襲いかかって来た。



イイイイイイイイ

イイイイイイイイ

イイイ イイイイ

    \

    /

    \

     イ

      △


 S字に曲がる感じで飛行し、こちらへ向かって弾を撃ちながら、体当たりを仕掛けてくる。

 コスモインベーダーにはない要素だ。

 とっさに体当たりを避わすと敵は画面下に消え、Uターンしてまた群れに戻った。

 どうやらコスモインベーダーと違って群れは前進してこないらしい。

 名古屋撃ちはできないということだ。

 無念。


ちゅどーん


「げ」

 落ち込んでいると、今度は3匹同時に飛んできた。

 これは対応できない。

 カーブを描きながら飛ぶだけに狙いを定めにくく、しかも自機へ弾を撃ってくるので厄介だ。

 こちらが敵を撃ちにいくと、同じタイミングで敵も撃ってくる。

 止まって撃つのは危険だ。

 動きながら撃たないと直撃してしまう。

 自機の目の前で弾を撃つことはないので、突っ込んでくる敵をギリギリまで引きつけるのがコツだろうか。

 ミスればカミカゼアタックを食らうものの、確実に倒すならこれしかない。

「ようは『ブロック崩し』ね」

「は?」


「ブロック崩しを発展させたのがインベーダーなのよ」


「マジか」

「動きが似てるでしょ。特に自機(じき)」

「……たしかに同じ動きだな。盲点だった」

 ブロック崩しもインベーダーと同じで、バーは左右にしか動けない。



ブロック

■■■■■■□←ボールが当たるとブロックは消える

     ・

    ・

   ・←ボール

・ ・

 ・

 ━←バー(これでボールを跳ね返してブロックを消す)



 飛行してくる敵は、さながらブロック崩しのボールだ。

 ブロック崩しのボールをバーで追いかけるように、飛んでくる敵を追いかけて(引き付けて)撃つ。

 たしかにブロック崩しのノウハウはインベーダーに受け継がれていた。

「あ、画面端はダメ」

「なんでだ?」


「画面端にいると、敵が横から飛んできたら逃げ場がないでしょ。画面端では常に『自機1つ分の隙間を開けておく』の。こうしておけば万が一の時でも横に逃げる余裕があるでしょ」


「なるほど」

 スペースを意識して敵の攻撃を避わしつつ撃墜していく。

 敵の数を減らすと特攻も増えた。

 群れに戻らず、ずっと飛行状態でこちらへ襲い掛かってくる。

 自機は横にしか動けず、画面もスクロールしないものの、怒涛の連続攻撃はなかなかスリリングだ。

 スクロール型のシューティングとはまた違った楽しさが味わえる。

「基本は一発必中だな」

「そうね」


 インベーダーゲームは弾を1発しか撃てない(画面上に自機の弾が存在している間は次の弾を撃てない)。


 外せば次の弾を撃つまでに間が空いてしまう。

 画面上に弾が消えるまで時間がかかるからだ。

 連射するにはインベーダーに直撃させなければならない。

 当てれば敵ごと弾が消えるので、すぐに次の弾を撃てる。


 それと敵の飛行パターンを覚えること。


 S字だったり、ジグザグだったり、緩やかなカーブから自機に向かって直線的に飛んできたりする。

 フェイントまでかけてくるのだから厄介だ。

 しかも数が減ると飛行パターンも変わる。

 おまけに編隊(3機1組)で飛んできた場合、先にボスを倒してしまうと得点が低い。

 ハイスコアを狙うなら周りにいるザコを倒してからボスを倒さねばならない。

 飛行中に、それもザコから順番にボスを倒すのは至難の業だ。


『800』


「よし!」

 それだけに成功すると嬉しい。

 ハイスコアを更新したので、続編のコスガにもチャレンジしてみる。

「ん? 敵がいない……って、うおお!?」

 画面外から敵が飛んできた。

 編隊は画面上部に着地(?)し、毎度おなじみの『インベーダー隊列』が組みあがる。



イイイイ

    \/


画面の外からインベーダーが飛んできて、隊列を組んでいく



 最初から隊列を組んでいるのではなく、画面外から飛んできて組むのがいい。

 そして全員が勢ぞろいしてから、改めて自機に向かって突っ込んでくる。

 ボスらしき敵も一緒に飛んできた。

 すると、

「な!?」 

 いわゆる『トラクタービーム(当たると吸い込まれるビーム)』だろうか。


 ボスが放射状のビームを発射し、直撃するとボスに引き寄せられて捕まってしまう。


 残機が1つ減ってしまった。

「なんだあれ、攻撃範囲広すぎだろ!」

「大丈夫よ。ボスを撃って自機を取り戻せば合体できるから」

「合体!?」

「自機が横並びになって攻撃できるから威力が増すの」



・・

・・←ショット

△△


自機を取り戻すと2つ並ぶので倍の弾が出せる



「まあ、横並びになってる分、当たり判定も広がっちゃうんだけど」

「弾が倍になるなら合体しない手はないだろ」

 ボスがまた飛んできたので撃ち落としに行く。


ちゅどーん


「あ!?」

 捕らわれていた自機が爆発した。


「ボスに捕まってる自機に弾が当たると壊れるわよ」


「先に言えよ!」

 自爆してしまったのが響き、あえなくゲームオーバー。

 残機がない時にトラクタービームを食らうとダメらしい。

 だが『わざと捕虜になってそれを取り戻す』という戦術はアリだ。

 当たり判定が広がってしまうものの、実は『△△の間には当たり判定が存在しない』ので、ギリギリで敵の弾を避わすことも不可能ではない。

 それにトラクタービームで完全に捕獲されるまで時間がかかる。

 ビームに吸い込まれている最中でも弾を撃つことができた。


 わざとトラクタービームを食らってボスに近づき、至近距離で撃つこともできる。


 ただしボスは2発撃たないと倒せないので、残機なしではリスクが高い。

 コスモニアンより敵や飛行のバリエーションも豊富な分、戦略の幅が広くて没頭できた。

「皿洗い終わったわよ。ゲームしていい?」

「まあ、いいだろう。……いや、ちょっと待て」

「なによ」

「客だ。それもタチの悪い」

「は?」

「外を見ろ」


 そこにいたのはおばちゃんの集団。


 なにかのツアーの帰りだろうか。

 荷物を担いでぞろぞろと歩いている。

 あの様子からすると、何割かは間違いなくうちの店に来るだろう。

「ぎゃー!?」

 瑞穂が悲鳴を上げた。

 無理もない。

 忙しい時間帯に来るのならまだいい。

 人手が多いからだ。

 うちもそういう時間帯なら親父やお袋、ついでにアリスも動員できる。

 問題はピークから外れている時間帯だ。

 ピークがすぎると、ほとんどの店ではスタッフが1人か2人になる。

 暇を持て余すスタッフを地獄に叩き落とすのがおばちゃんだ。


「来たぞ、8人編隊だ! 焦らずザコから順番に撃ち落とせ!」


「ラジャー!」


 おばちゃんは集団行動を好み、しかも共有(シェア)をするのが大好きな生き物である。

 シェアするということは、同じものを頼まないということ。

 つまり人手不足の時間帯でも集団で訪れて、全員が違う注文をする。


 まさに編隊を組んで喫茶店を侵略するインベーダーなのだ。

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