古将棋セット【間宮羊羹と芽茶】

「今日はこいつを使おう」

 駒袋から駒を取り出した。


『水牛』


「おいしそう」

「……そこはせめて弱そうって言えよ」

「これは強いんですか?」

「水牛そのものは縦に2マスしか動けないクイーンですけど……」



●     ●

 ● ● ●

  ●●●

●●●水●●●

  ●●●

 ● ● ●

●     ●



「『火鬼』に成ると相手を焼きます」

「焼く?」


「火鬼は『移動した先の周囲8マスにいる駒を全部取る』ことができます」


「は?」

「しかも火鬼の隣に移動した駒も無条件で焼かれます」

「火鬼の横に火鬼を移動させたら?」

「動いた方が焼かれる」

 相打ちにはならないようだ。


口口口

口火口

口口口


 口の範囲にいる駒は無条件で焼かれる。


「火鬼の移動範囲は?」

「チェスのクイーンと、玉の動きが『3回』できる」

「焼ける上に3回行動? 最強の駒じゃない」

「いや、3回行動できるというのはあくまで玉の動きだけで……。クイーンの動きをしてしまうともう動けないぞ。それに3回行動の途中で相手の駒を取ったら、天狗のように動きが止まる」

「能力が強力ですから、あってないような制約ですね」



●  ●  ●

 ● ● ●

  ●●●

●●●火●●●

  ●●●

 ● ● ●

●  ●  ●



●●●●●●●

●●●●●●●

●●●●●●●

●●●火●●●

●●●●●●●

●●●●●●●

●●●●●●●


3回行動の移動範囲(途中で駒を取ったら動きは止まる)


「ちなみに火鬼の能力は成った瞬間から発動する」

「……強すぎますね。玉の前を守る駒がいても、水牛がその駒を取って成ったら玉も焼かれるということですよね?」



 水牛が玉を守る口を取って火鬼に成ったら、周囲8マスを焼く能力の射程内なので玉は焼かれる


「そうなりますね。『一間火鬼』は一間獅子より恐いですよ。一間火鬼になってしまうと、玉の前を守る三枚が一斉に焼かれますし、どこにも逃げられなくなりますから」



・玉・

口口口

・△・

 ↑

・水・


 水牛が△を取って火鬼に成ったら口の3枚は全滅。その後、玉はどこへ逃げても詰む。


「能力を制限した方がいいんじゃない?」

「それなら面白い駒があるぞ」


 『軍匠』という駒を取り出した。


「広将棋の軍匠は『毒火』に成れば火鬼と同じ能力になるんだが……。特殊な弱点があってな」

「弱点?」

「『記室』って駒が『軍師』に成ると、自動的に相手の毒火は死ぬ」

「盤上のどこにいても?」

「ああ。だから記室が成ったら火鬼も死ぬはずだ」

「むしろ火鬼のためにあるようなルールですね」


「しかも記室の特殊能力はもう一つあってな。軍師に成ると味方の『前衝』と『後衝』の駒も同時に成る」


「これも毒火と同じで、盤上のどこにいても成れるの?」

「ああ」




前衝 前に走れるが後ろには一マスだけ(後衝はこの逆の動き)


口・・・・・口

・口・・・口・

・・口・口・・

口口口天口口口

・・・口・・・


天網に成ると前と横に走れる(地網はこの逆の動き)


「『軍師に成った後なら毒火に成れる』んですか?」

「……えっと。成れたような成れなかったような」

「どっちよ」

「忘れた」

「……」

 ネットで調べてみたが、そこの所は良く判らなかった。


「戦略的な面白さを考えれば。『相手が軍師に成っていたら火鬼に成れない』方がいいな」


「そうね」

 ルールも固まった所でおやつを用意する。

「なにそのモノリス」


「間宮の羊羹(ようかん)を再現してみた」


「あ、『間宮の洗濯板』!」

 第二次大戦の給糧艦・間宮で作られていた羊羹だ。

 なるべく日持ちするように、そして当時は貴重だった砂糖を軍人さんにたくさん味わってもらえるように、普通の羊羹より砂糖が多めに使われていたという。

 洗濯板のごとく巨大な羊羹に包丁を入れ、鍋島青磁の器に盛る。

 羊羹に青磁といえば夏目漱石の『草枕』だろう。



『菓子皿のなかを見ると、立派な羊羹が並んでいる。余はすべての菓子のうちでもっとも羊羹が好きだ。別段食いたくはないが、あの肌合が滑らかに、緻密に、しかも半透明に光線を受ける具合は、どう見ても一個の美術品だ。ことに青味を帯びた煉(ねり)上げ方は、玉と蝋石の雑種のようで、はなはだ見て心持ちがいい。のみならず青磁の皿に盛られた青い煉羊羹は、青磁のなかから今生れたようにつやつやして、思わず手を出して撫でて見たくなる』



 さすがに文豪は違う。

 漱石に今のスイーツを食べさせたら大変なことになりそうだ。

 おそらく料理漫画の審査員なみに丁寧な解説をしてくれるだろう。


「んー、シャリシャリしてておいしい」


 間宮羊羹は表面に砂糖が浮いており、それが独特の食感を生み出している。

 和菓子の老舗も軍に羊羹をおさめていたが、それより美味かったそうだ。

 老舗の羊羹は銀紙で厚く包まれていたのに対して、間宮の羊羹は竹の皮で包まれていたらしい。


 つまり厳重に密閉されていなかったので乾燥し、表面に砂糖が浮いてしまったのだ。


 逆にそれが幸いしてシャリシャリ食感を生み出したのだから面白い。

 レシピが残っていないので正確なことはわからないものの、針金などで表面をガリガリ荒らし、乾燥させると当時の味を再現しやすいようだ。

「お茶は芽茶(めちゃ)にしよう」

「茶葉の芽のお茶?」


「いや、芽茶といっても芽から作られたわけじゃなく、煎茶や玉露をふるいにかけた時に落ちる丸まった茶葉だ。二番煎じや三番煎じでほとんど旨味成分が出てしまう他のお茶と違って、茶葉が開くまで何度でも味わえる濃厚なお茶だ」


「へー」

「ぬるい温度でさっと蒸すのがコツだ」

 何度でも味わえるので、さっそく芽茶で渇きを癒す。

 旨味に渋味に香りにコク、熱さ以外の要素がバランスよくまとめられた感じのお茶だ。

「これなら何杯でもいけそう」

「だろ?」

 一日中、一種類のお茶を飲み続けるのなら芽茶だろう。

 こうしておやつでまったりしつつ、水牛・記室・前衝・後衝その他で指してみる。

 序盤から積極的に水牛の成りを狙いつつ、記室を前進させる。


・ ・ 口 ・ ・

・ 口 ・ 口 ・

口 ・ 記 ・ 口

・ 口 ・ 口 ・

・ ・ 口 ・ ・


 軍師に成ると記室の動きを二回できる。


 二か所に飛べる桂馬と違って一間飛びしかできず、最短手数で進ませると軌道が直線的になってしまう。

 斜めに動けて、横や後ろに飛べるのは嬉しいが、予想よりも使いづらい。


「軍師成り!」


「ああ!?」

 巧みに駒を進められて軍師を作る。

 さらに、

「3枚換えだ!」

「ええ!?」

 水牛を突っ込ませて火鬼に成り、駒を3枚奪う。

 瑞穂は即座に火鬼を奪い返した。

 火鬼を取られるのは痛いが、こちらには軍師がいるので瑞穂の水牛は火鬼に成れない。

 だから思い切って水牛で前線に突っ込み、火鬼に成って相手の駒3枚と交換したのだ。


火鬼1枚 < 弱い駒3枚


 数こそ正義。

 『旅の恥はかき捨て』ならぬ『火鬼捨ては軍師の誉れ』と呼ぶべきか。

 だが瑞穂の水牛は2枚。

 こちらの軍師がやられたら、最悪火鬼を2枚作られてしまう。

 そうなったら数的優位もクソもない。

「モー!」

 いつでも火鬼に成れるように水牛を盤上に打ち、さりげなく記室も前に進めてくる。

 俺は水牛を持っていないので、瑞穂の記室が成ってもあまり意味がないように感じるものの、これは軍師(コウメイ)の罠だ。


「『記室成り前衝成り詰め』狙いだな」


「な、なんのことかしら……」

 わかりやすく目が泳いだ。

 2枚の水牛で俺の軍師を狙っていると見せかけて、自分の記室を軍師にすれば、盤上の目立たない場所にいる前衝が天網に成る。

 うまくやれば軍師と天網の二重王手になる。



王・・・

・・・・

記・・・

・・・前



記室で王手をかけつつ、軍師に成る




王・・・

・○・・

軍・○・

・・・天


軍師に成れば前衝が天網に成る(斜め前に走れるようになる)ので、二重王手になる



 死角からの即詰みを狙ったのだろう。

 狙いは悪くない。

「没収だ」

「ぶー!」

 無情に瑞穂の前衝を取り、

「これで詰み」

「は?」


 瑞穂から奪った前衝を盤上に打つと同時に、前衝が天網に成って玉が詰む。


 『前衝を盤に打って、次の一手で成った』のではない。

 『打つと同時に成った』のだ。




王・・

・・・

・・前


持ち駒の前衝を盤上に打つ

前衝が天網に成るには『次の一手で前衝を動かす』必要がある




王・・

・・・

・・天


なぜか前衝がその場で天網に成って王手




「なにこれ、反則でしょ?」

「反則じゃない。最初に確認しただろ、『軍師がいる場合は火鬼に成れない』方がいいって」

「あ!? 軍師の能力は『成った瞬間に発動する』んじゃなくて『軍師が盤上にいる間ずっと発動してる』ってこと!?」


「そういうことだ。前衝・後衝の成りも水牛と一緒で……。軍師が盤上に存在する限り、持ち駒として打てば自動的に成るんだよ!」



王・・・・

・・・・・

・・前・軍 


軍師がいる状態で、持ち駒の前衝を盤上に打つ




王・・・・

・・・・・

・・天・軍


軍師がいるので、前衝はその場で天網に成って王手をかけられる



『記室成り前衝打ち成り詰め』

 前衝を打つと同時に天網に成って王手をかける。


 火鬼捨てもこの手を打つためのカムフラージュだったのだ。

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