ゲームブックセット【干し柿と牛乳】
「ゲームブックをしましょう!」
「げーむぶっく?」
「ゲーム感覚で遊べる本です。TRPGのチュートリアルとして使われることもありますね。ホームズのゲームブックがボードゲーム大賞を受賞したこともあるんですよ?」
「へえ。コストもかからなそうでいいですね」
「ではこれを」
分厚い本を渡される。
やりがいがありそうだ。
「ゲームブックにはいくつか選択肢がありまして……」
『20 龍が現れた』
戦う →26へ行け
逃げる →32へ行け
『21 十字路だ』
北に進む →55へ行け
東に進む →72へ行け
西に進む →80へ行け
南に進む →95へ行け
「こんな風に選択肢で指定された番号へ進み、ストーリーが分岐します」
デジタルゲームでいう『サウンドノベル』や『ビジュアルノベル』の小説版だ。
いや、逆なのか?
本をページ順に読まないというのも奇妙な感覚だ。
「それとサイコロによる戦闘もあります」
「サイコロ?」
「自分の分と敵の分、サイコロを2つ振って、出目の大きい方が相手に2ダメージを与えられます」
「犬に噛まれてもドラゴンに焼かれてもダメージは2で固定なんですか?」
「相手の弱点を攻撃したり、ゾロ目で2倍になるという場合もありますが。基本的にダメージは一律2です」
「……リアリティないな」
「初期のゲームブックはだいたいこんな感じですよ?」
「それにサイコロを振ったり、ダメージを与えたりっていうことは、HPの管理もしないといけませんよね?」
「はい。なのでゲームブックに書き込むのが基本です」
「え、本にですか?」
「ゲーマーは別紙を用意しますけど」
「ですよね」
さすがに本に書き込むのは抵抗がある。
「ただこのゲームブックは工夫されているので、実はペンもサイコロもいりません!」
「え、じゃあどうやってプレイするんですか?」
「ページの上の方を見てください。どのページにもサイコロの絵が描いてありますよね?」
「あー。つまりページをパラパラして、止まったページに書かれてるサイコロで戦闘をすると」
「そういうことです」
「でもHPの管理はどうするんですか?」
「しおりにHPが書いてありますから。現在のHPが本の上から飛び出るようにしおりを挟んでください」
「なるほど」
しおりには定規のように数値が書かれており、これでHPを管理するらしい。
━━
|10|
| 9|
| 8|
| 7|
━━━━━
本 |
|
|
よくできている。
「敵のHPは?」
「敵のHPは少ないので、何回ダメージを与えたか自分で数えるのが基本ですが……。敵のHPを頭の中で計算するのが嫌ならドッグイヤーです」
「ドッグイヤー?」
「本の角を折ります」
「角を折る!?」
「特定のページにはオリセンがありますよね? 敵の現在のHPが書かれているページの角を折ります。この『角を折る』という仕様は他にも使われていて、アイテムの管理はすべてこれで行われています」
「変わったシステムだな」
本をパラパラめくってみると、ページの上の方に敵のHPやアイテムの絵が描かれている(サイコロはこの上に書かれている)。
「もちろん本を折るのが嫌なら自分で別紙に書いても構いませんよ?」
「……もう折られてるじゃないですか」
すでに先生がプレイ済みなので、どのページにも折り目がついている。
遠慮する意味がない。
さっそくプレイ。
「……とその前に、まずは一服しましょう。なにがいいですか?」
「日本を舞台にした作品なので日本のものがいいですね」
「なら干し柿にしましょう」
干し柿は自家製だ。
半生のような状態で中身はトロトロ。
渋柿ではあるが糖度は高い。
個人的にはもう少し干して固くなったものが好みだが、トロトロの方が人気なのでやむなく半熟を多く作っている。
「干されて甘さがぎゅっと凝縮されている感じがします」
「和菓子は干し柿の甘さが基準にされてますから」
干し柿よりも甘い和菓子はない。
つまり干し柿は最も甘い和菓子の1つなのだ。
柿は牛乳とも相性がいい。
柿に牛乳を加えれば、ゼラチン抜きでもプリンができる。
柿をくりぬいてそのまま器にするのがオススメだ。
簡単な上に風流であり、クリーミーで美味い。
ちなみにゼラチン抜きのプリンはバナナでもできる。
これもオススメだ。
「さて……」
ゲームブックをプレイする。
時は将軍・足利義満の時代。
源平合戦で壇ノ浦に沈んだ神器・草薙の剣が発見されるものの、剣は海底に突き刺さっており、誰にも抜くことが出来なかった。
世界一有名な聖剣伝説、アーサー王物語の『台座に刺さった剣』のオマージュらしい。
剣を抜いたことでアーサーはイングランドの王になったものの、実際に戦いで愛用したのは台座に刺さった剣ではなく『湖の妖精ヴィヴィアン』から貰った『エクスカリバー』だ。
映画の影響からか、現在では台座に刺さった剣とエクスカリバーが同一視されている場合が多い。
台座に真っ直ぐ刺さっている印象があるものの、岩に食い込んでいたという説もあるらしい。
13世紀の写本の挿絵では刀身の中ほどが台座に食い込んでいる。
たとえるなら素人が剣で薪(まき)を割ろうとして抜けなくなったような状態だ。
ファンタジー世界の住人なら台座ごと持ち上げて撲殺できそうな気がする。
……ロマンの欠片(かけら)もないが。
とにかく主人公の陰陽師『安倍有世(あべのありよ)』は剣を抜くために壇ノ浦へ向かう。
壇ノ浦には各地から腕自慢が集まっており、ずらっと長い列をなしていた。
混乱を防ぐために幕府の人間が管理しているらしい。
いかにも日本人的な光景だ。
安倍有世も列に並び、数十分後。
ようやく有世の番が来て、小舟に乗って沖へ行き、ざぶんと海に潜る。
→14へ行け
……死んだ。
安易に行動しすぎたのかもしれない。
草薙の剣は長い間発見されなかった。
つまりかなり深い場所に刺さっているということ。
素潜りで息が続くわけもない。
これではただの入水自殺だ。
というわけで列に並ぶのは後回しにし、水中でも呼吸できるお札を用意してページの角を折る。
「これでよし」
海へダイブする。
→14へ行け
「げ」
深く潜ると光が届かないので周囲の状況がわからなくなり、サメに食われて死んだ。
今度こそはと灯りを用意して挑むものの、
→14へ行け
「ぐ……」
今度は海水に体温を奪われて死亡、
→14へ行け
水圧に体が耐え切れなくなる。
ならば防寒と耐圧だ。
水中呼吸、灯り、防寒、耐圧の準備にそこそこの時間がかかったものの、さいわい草薙の剣を抜いた者はいなかった。
今度こそ大丈夫だろうと神剣のもとへ向かう。
対策はばっちりなので恐れるものはない。
深く潜るほど暗くなっていったが、それも呪術の光に照らされて視界は明るかった。
やがて草薙の剣も視界に入る。
安倍有世は震えを押さえて剣の柄を握り、一気に引き抜く。
まるで鞘から抜くように、ほとんど抵抗らしい抵抗もなく、あっけなく剣が抜けた。
どうやら無事に剣に選ばれたらしい。
ホッとして浮上する。
すると、
→14へ行け
「はあ!?」
海面に顔を出した瞬間、浜辺にいた陰陽師たちから一斉射撃されて即死した。
「草薙の剣を望む人たちにとって、誰が剣に選ばれるかなんて興味がないということですね」
「……最終的に剣を手に入れられればそれでいいってことか」
自分で剣を抜く必要などない。
むしろ自分で抜いてしまうと、一人で浜にいる全員の相手をしないといけない。
これまでいかに剣を抜くかで頭を悩ませていたが、実はこの『剣を抜く』という行為こそ、このゲームブック最大の死亡フラグだったのだ。
おそろしい罠である。
一応、海で戦うことを想定して水中呼吸、灯り、防寒、耐圧の準備をしてページの角を折り、列には並ばずに静観する。
しばらくすると剣を抜くことに成功した陰陽師が現れた。
当然、一斉射撃で殺される。
そこから争奪戦が始まった。
ページをパラパラしてサイコロを振り、しおりでHP管理。
残りHP6ほどでなんとか剣を奪うことに成功するものの、
『おのれ源氏……。憎らしや……怨めしや……』
→14へ行け
「今度は平家の怨霊か!」
どうやら草薙の剣に憑いていたらしい。
とり憑かれて死んでしまう。
「……なんでこのタイミングなんだ? さっき抜いた時は大丈夫だったのに」
「言霊ですね。これまで怨念が鎮(しず)んでいたのは、剣が沈んでいたからです」
「なるほど。それを浮上させたから平家の怨霊が活発化した、と」
「はい」
今度は怨霊対策が必要になった。
怨霊対策を求めて壇ノ浦の周囲を散策していると、
『何という巧(うま)い琵琶師だろう!』
「お、芳一(ほういち)だ」
小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の怪談『耳なし芳一』の主人公・芳一に遭遇する。
琵琶法師といえば平家物語。
しかも耳なし芳一の舞台は下関の赤間神宮。
壇ノ浦のすぐ近くである。
平家の怨霊に悩まされていた芳一は、怨霊対策として『般若心経(はんにゃしんぎょう)』の経文を全身に書こうとしていた。
丁度いいので一緒に経文を書いてもらう。
『耳も忘れずにな』
怪談では耳に経文を書き忘れて芳一は耳を取られる。
耳を取られたら確実に14へ行くことになるので、忘れずに耳にも般若心経を書いた。
これで対策は万全。
ページの角を折り、壇ノ浦に戻って争奪戦。
激闘の末なんとか草薙の剣を確保する。
般若心経で平家の怨霊も退散した。
しかし、
『動くな』
「げ」
安倍家と対立する陰陽師の一族・賀茂在弘(かものありひろ)が現れ、有世の息子・泰嗣(やすつぐ)を人質にとる。
『息子の命が惜しければ草薙の剣をわたせ』
わかりやすい悪役だ。
息子を見殺しにすれば、草薙の剣を足利義満に献上してもバッドエンドになるだろう。
やむなく剣を渡す。
剣を置く →256へ行け
在弘の前に投げる →346へ行け
在弘を殺すつもりで投げつける →573へ行け
「……なんだこれ?」
ある意味では全部同じ選択肢だ。
だが渡し方によって展開が変わるらしい。
殺すつもりで投げると息子を盾にされる気がする。
投げるか、その場に置くべきだろう。
どっちでも大差がないような気がしたが、
「……ん、待てよ?」
投げて渡す方がいいことに気付いた。
多分これなら在弘に剣を奪われない。
在弘の前に投げる →346へ行け
草薙の剣を投げる。
すると、
サクッ
草薙の剣が空中で一回転し、サクッと浜辺に突き刺さった。
予想通りだ。
『ふはは、死ねい!」
在弘が高笑いを上げながら剣の柄に手をかける。
だが、
『ぬ、抜けぬ!?』
それも当然。
これは選ばれた人間にしか抜けない日本の聖剣だ。
在弘に抜けるわけがない。
剣のない在弘など恐れるに足らず。
有世と泰嗣は無事に在弘を倒し、草薙の剣を足利義満に献上した。
安倍有世は陰陽師史上初の公家になったという。
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