艦隊将棋セット【焼き鳥とほうじ茶】
「さすが『チンタオ模型』、デフォルメながらいい出来だ」
日本を代表する模型メーカーなだけあって素晴らしい仕事をする。
開封したミニチュア模型を横一列に並べ、店頭に飾った。
「第二次大戦(WW2)の戦艦(バトルシップ)?」
意外にもアリスが食いついた。
「ああ、重巡洋艦と空母もあるぞ」
「じー」
アリスがそーっと空母に搭載されている航空機のミニチュアに触る。
一円玉よりもずっと小さいから扱いが慎重だ。
「ゼロライター?」
「零戦(ゼロファイター)だ。二度と間違えるな」
「そーりー」
零戦は第二次大戦末期にもなると、その装甲の薄さから簡単に機体を撃ち抜かれて炎上していたことから『ゼロライター』と皮肉られていた。
アリスが掌の上でちょんちょんと航空機をいじくり回すと、やがて空母に航空機を戻し、
「レッツプレイ」
「は?」
模型を将棋盤に乗せた。
「指すってお前。ルールは?」
「ほぼショーギと同じデス」
アリスが模型の横に将棋の駒を置く。
軍艦の動きは横に置かれた駒に対応しているらしい。
特に重要そうなのが三つ。
戦艦=玉
空母=金
航空機=飛車と角
「……航空機が飛車と角って。航空機は空母の上に載ってるぞ?」
空母こと『航空母艦』は航空機の離着陸ができる軍艦だ。
『泳ぐ飛行場』といえばわかりやすい。
聯合艦隊の主戦場は太平洋だから陸地が少なく、島から島へ移動するだけで航空機は燃料を消費するので、長時間のフライトができない。
だから海上を移動して、多数の航空機が離着陸できる空母が作られた。
飛行場そのものを移動させてしまえば、新しく飛行場を作る手間もなくなり、敵地への移動距離も短くなって、帰投して燃料補給することもできる。
今では当たり前だが、船を飛行場にしようと最初に考えた奴は阿房(あほ)だな。
「将棋でいうなら駒の上に駒を積んでる状態か」
金が3枚の飛車・角を背負って運ぶ。
画期的だ。
「航空機を搭載してる状態で空母が取られたらどうなる?」
「いっしょに沈没(デストロイ)」
「だろうな」
「このボードは海デス。空母(エアクラフト・キャリア)がないと航空機(エアクラフト)はねんりょーほきゅーできまセン。だからエアクラフトは離陸(リフトオフ)してても、くーぼを取られたら墜落(フォーリン・ダウン)しマス」
「このミニチュアだと空母には3機積めるんだが。空母が取られた瞬間に3機とも盤上から消えるのか? 空母の上にいなくても?」
「イエス」
「持ち駒制度は?」
「ありまセン」
チェスや古将棋と同じ取り捨てで、相手の駒は奪えないらしい。
「……色んな意味で斬新だな。軍人将棋ならぬ軍隊将棋。いや、艦隊将棋か?」
残りの模型を将棋盤に並べる。
「手番はこれで決めよう」
玉の駒を盤上に置く。
「この上に1枚ずつ駒を積んでいって、崩した方が後手だ」
いわゆる積み将棋だが……。
それよりももっとふさわしい名前がある。
「名付けて『扶桑(ふそう)将棋』だ!」
「ふそー!」
またアリスが目をキラキラさせて食いついた。
それもそのはず。
扶桑は一般の知名度こそ低いが、海外では大和に次ぐ知名度と人気のある戦艦だからだ。
軍艦をシルエットにした時、甲板に高くそびえる建造物がいくつかある。
艦橋(かんきょう)・煙突・マストだ。
扶桑の人気を支えてるのは艦橋。
艦橋の下部には司令部が置かれてるから『司令塔』といった方がわかりやすい。
扶桑の艦橋は非常に高く不安定で『必要なものを積んでいったらこうなった』という独特のフォルムをしている。
俗にいう仏塔(パゴダ)マストだ。
「じゃあ積むぞ」
「OK」
交互に駒を積んでいく。
高く積まれたアンバランスな駒の塔は、まさに扶桑そのもの。
「ずらすぞ?」
「のー!?」
わざと駒をずらして置き、扶桑のように不安定にする。
アリスが何とかバランスを取ろうとするものの、俺は右に左に駒をずらし、パゴダマストもびっくりのフォルムにしていく。
「そー」
どんがらがっしゃん
……バベル崩壊。
「俺が先手だな」
「うう……」
「さて、早速航空機を飛ばそうか。……っていうか、爆撃機と攻撃機は軍艦を取れるとして。戦闘機はどういう扱いなんだ?」
爆撃機は爆弾、攻撃機は魚雷を搭載しているが、戦闘機は空中戦専用の機体(爆撃機や攻撃機の護衛をしたり、艦隊の頭上を敵の航空機から守る)なので、船を攻撃するような武器は搭載されていない。
「ゼロファイターはエアクラフトしかアタックできまセン。でもエアクラフトをアタックできるのもゼロファイターだけデス」
「航空機の駒を取れるのは零戦だけか。そいつはいい」
積極的に爆撃機や攻撃機を飛ばした。
アリスは攻撃されてなるものかと零戦を出す。
かかった。
すかさずアリスの零戦を撃ち落とす。
「ぬ!?」
「これで制空権は俺のものだな」
零戦はお互いに2機ずつしか持ってない。そして航空機を撃墜できるのは零戦だけ。
敵機の襲来に焦って零戦を出してしまうと、その零戦を敵に取られる。
先に零戦を取られてしまうと空中戦で2対1になってしまい、数を活かして攻められるとお手上げだ。
アリスはもう俺の機体を阻止する方法がない。
爆撃機と攻撃機が縦横無尽に戦場を飛び回り、アリスの艦隊はあえなく全滅した。
「……ルールチェンジしまショー」
「ん?」
「バトルシップは砲(キャノン)を使えマス」
「古将棋の砲か?」
「イエス」
● ●
砲
● ●
斜めに一マスしか動けない駒だが、この駒は行動した後に敵を『射る』ことができる。
● ● ●
● ● ●
● ● ●
● ● ●
●●●
●●●●●砲●●●●●
●●●
● ● ●
● ● ●
● ● ●
● ● ●
砲の射程範囲。
縦・横・斜め八方向、五マス以内にいる駒を『その場から動かずに撃ち殺す』ことができる。
しかもこの射撃は『自分と狙う相手の間に他の駒がいてもそれを飛び越えられる』。
例 砲─金→王 砲はその場から動かずに、金を越えて王を取れる
「戦艦の射程距離は?」
「無限大(インフィニティ)」
「は?」
「ボード全体に届きマス」
「強すぎだろ!」
「だからこうしマス」
アリスが敵陣に向かって爆撃機を飛ばした。
「こーやってエアクラフトを飛ばせば、エアクラフトが移動した段(ランク)までキャノンが届きマス」
○←戦艦
│
│
│
↓
□←味方の航空機 この段まで砲撃可能
×←敵 航空機がいないので届かない
「いわゆる観測機か」
「いぐざぐとりー」
無限大ではないが、戦艦の主砲は水平線の向こうにまで届く。
ただ水平線の向こうを目視することはできないので、やみくもに撃っても当たらない。
だから航空機で敵を観測し、主砲を撃って弾着を観測、敵と着弾ポイントの誤差を修正して命中率を上げていく。
それを盤上で再現したルールだ。
「ただエアクラフトを飛ばしても……」
敵陣の零戦を動かして、敵陣を観測していた爆撃機を取る。
「次の一手で取られたらキャノンは使えまセン」
「観測しないと撃てないのか?」
「自陣なら撃てマス。それともう一つ。さっきのふそーで思いつきマシた」
「なんだ?」
「エアクラフトの下に駒(ピース)を積みマショー」
航空機の下に3枚の駒を積んだ。
「これは燃料(オイル)デス。手番(ターン)が来るごとに1枚減らしマス。なくなったらフォーリン・ダウン」
燃料がなくなったら航空機は墜落するらしい。
「空母(キャリア)に戻ればエネルギーチャージ!」
「つまりさっきみたいに空母を撃墜されても、離陸している航空機は死なないと?」
「イエス」
無駄に航空機を飛ばすと燃料切れで墜落。
だからといって空母の上に置いたままだと空母を撃沈された時に一緒に沈んでしまう。
扱いが難しそうだ。
「へえ。とっさに思いついたにしてはよくできてるな」
「ふふん」
「ただミニチュアがマスからはみ出してるんだよな。数が多くなると指しにくい。駒に軍艦の名前を彫ろう。駒の種類と将棋盤を工夫すれば軍人将棋にもなるはずだ」
無地の駒に漢字を書いていく。
戦艦や空母では味気ないので、大和や赤城、零戦など、固有名詞を刻んだ。
王将である旗艦(きかん)は大和と武蔵。
日本軍同士で争うのも妙だが、米軍の名前だとカタカナになるので仕方ない。
「ではもっとルールを考えまショー」
「どんな?」
「エアクラフトはプレイヤーが自由にセレクト。エアクラフトの駒は空母(キャリア)の下に積みマス。これでなにを積んでるのかわかりまセン」
航空機の名前が書かれた駒を空母の下に積んだ。
「序盤は相手が零戦と爆撃機のどっちを積んでるのかわからないってことか」
うかつに動かすと機種がバレる。
いかに機種を伏せつつ、相手の機種を予測するか。
それで勝負がわかれる。
機種を選択するのは対局前なので、場合によっては対局前に勝負が決まるかもしれない。
「じゃあ、このルールで一局指してみよう。今日は焼き鳥を賭けるか」
「マリアナ!」
マリアナ沖海戦で日本の航空機は鳥のように落とされた。
俗にいう『マリアナの七面鳥撃ち』である。
ちなみに日本の空母・加賀は排熱に問題があったため居住性が悪く『焼き鳥製造機』と揶揄されていたらしい。
喫茶店でもチキンライスを作ったり、鶏ガラを取ったりするから鶏は常備している。
魚を焼くための七輪や備長炭(びんちょうタン)もある。
焼き鳥を作るのに不足はない。
メニューはネギま・軟骨・皮・砂肝・手羽先・レバー・つくねの七種類、全部塩だ。
人気漫画『ロンリーなグルメ』のドラマ版、記念すべき第1話で出てきたものだ。
それを意識して備長炭でじっくり焼いていく。
焼き鳥の基本はネギま。
ネギと鶏肉では火の通る時間が違う。
実は鶏の方がネギより早い。
だから鶏に合わせるとネギが固く、ネギにじっくり火を通していると鶏が焦げる。
同時に火を通すコツは素材の切り方だ。
ネギの太さに応じて鶏の大小が決まる。
火加減も重要だ。
そのまま炭火で焼くと焦げてしまう。
団扇で網と炭火の間を扇ぎ、適温を保たねばならない。
七輪ではどうしても調整に手こずってしまう。
鶏から極上の脂が滴り落ち、炭が煙を上げた。
いい感じだ。
「イエス、スモーキング!」
タバコの煙は害悪だが、脂の煙で燻(いぶ)されたスモーキーな鶏肉は大歓迎だ。
じっくり中まで火の通った甘くてトロトロのネギ。
カモではないものの、カモネギという言葉の意味がよくわかる。
鶏肉とネギの相性は犯罪的だ。
ロンリーなグルメのゴローちゃんのように、つくねを生ピーマンではさんでもうまい。
つくねにピーマンのほろ苦さと一味(七味でもいい)のピリッとした刺激が加われば最高だ。
「じゃあ扶桑将棋といこう」
焼き鳥を抓みながら駒を積んでいく。
どんがらがっしゃん!
「うぃなー!」
「ちっ」
積み将棋の結果、先手はアリスになった。
「ぶーん」
序盤からガンガン航空機を飛ばしてくる。
おそらく俺の航空部隊は爆撃機中心で『絨毯(じゅうたん)爆撃だ!』という展開を予想したのだろう。
爆撃機中心なら零戦は少ないから、撃ち落とされる危険は低いという判断だ。
読みは悪くない。
だが逆だ。
「くく、かかったな! 俺の航空機は全部零戦だ!」
「ふぁっ!?」
「ははは、マリアナの復讐(ヴェンジェンス)だ!」
零戦でアリスの航空機を次々と撃ち落としていく。
「あ、アリスのエアクラフトをジェノサイドしても、ゼロファイターは軍艦(ウォーシップ)をアタックできまセンよ!?」
「そこで『アウトレンジ戦法』だ!」
「のー!?」
俺は制空権を手中に収め、零戦で敵陣を観測。
そして大和型戦艦・武蔵の主砲でアリスの駒を撃ちまくった。
相手は弾着観測ができないので一方的に撃ちまくれる。
もはやアリスになす術はない。
「マイリマシタ」
「もう少しゲームのバランスを取っておくべきだったな」
「……ヘビークルーザーもエアクラフトをゲットできるようにしまショー」
重巡洋艦が対空攻撃可能になった。
それでもバランスが悪そうだから、いずれ他の駒も対空攻撃できるようになるんだろうな。
やはりこうやって試行錯誤してルールを固めていくのが作り手として一番面白い。
俺たちはそれからもどんどんルールを追加していった。
「燃料がなくなっても海に着水できる水上機はどうだ? 空母が水上機のいるマスに進めば回収できるが、相手に取られると持ち駒にされる」
「潜水艦(サブマリン)はオイルではなく酸素(オキシジェン)にしまショー。攻撃されてもオキシジェンで海にダイブして、アタックを避わせマス」
「伊勢型戦艦の『伊勢』と『日向』は航空戦艦だから、一機だけ航空機を搭載できることにしよう」
と、こんな感じでどんどん駒が増えていき、
「これが爆撃機で、あれが攻撃機で、それが水上機で、……どれが戦闘機だ?」
駒とルールが多くなりすぎて混乱する。
将棋はルールにない動きを指したら即座に反則負けだ。
気づくと暗記力勝負になっていた。
「……アメリカはすげえな」
「ほわい?」
「この数倍規模の艦隊を維持してたんだぞ?」
「では『べーぐんチェス』を作りま……」
「やめろ」
ルールを覚えるだけで死ぬ。
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