推理ゲームセット【薯蕷饅頭と濃茶】
「庭に茶室を建ててみた」
「オー、ティールーム!」
「……よく茶室を作る余裕がありましたね?」
「親父が知り合いの大工に頼んで格安でやってもらったそうです。まあ、勉強してもらえなくても、安いものなら100万ぐらいで組み建てられるんですけど……」
「そんなに安いんだ」
「茶室はもともと小さくて質素なものだからな。入ってみればわかる」
屈んで茶室の戸をくぐる。
「せまっ!」
「四畳半だからな」
四人で座り、さらにお茶を点てるとなるとぎゅうぎゅうになる。
「掛け軸みたいな飾りもないし、質素すぎない?」
「茶室建てるのに精いっぱいでそこまで予算が回らなかったんだよ」
「では『黄金の茶室』にするというのはどうでしょう?」
「ゴールド!?」
「秀吉ですか」
「はい」
黄金の茶室は秀吉が作らせたことで有名だ。
大坂城では復元された黄金の茶室が展示されている。
記録では御所や北野天満宮で行われた茶会でも披露されたらしい。
成金趣味の極致だが、金が高いからそう思えるだけで、宗教的に見ると別の解釈もできる。
なぜなら仏教では光の象徴として金箔が使われているからだ。
神聖な『光の茶室』と解釈できないこともない。
「でもそんな予算は……」
「黄金といっても折り紙ですよ?」
「あー、折り紙か」
金の折り紙なら値段も手ごろ。
実際に折り紙で黄金の茶室を造った人もいるらしい。
上手く加工できればちょっとした見ものになるだろう。
「掛け軸は茶道部のものを借りればいいんじゃない?」
「……勝手に借りたら怒られるだろ」
「廃部になって誰も使う人いないじゃない。放っておいても朽ち果てるだけしょ」
「たしかに手入れをする手間を考えたら、むしろここで使わせてもらった方がお互いのためになりますね」
「問題はなさそうだな」
「決まりデスね!」
というわけで翌日。
先生が荷物運搬用に軽トラックを出した。
軽トラは田舎の必需品なので、女性でも免許はオートマではなくマニュアルを取ることが多い(オートマは荷物を運搬するにはパワー不足で、田舎で走ってるのもほとんどマニュアルだ)。
「茶道部は私たちがあさっておくから、あんたは主菓子(おもがし)買ってきて」
「いや、そういうわけには……」
「いいから!」
「お、おう」
何で今日に限ってやる気に満ち満ちているのか。
仕方ないので主菓子を買いに行く。
主菓子は濃茶を飲む時に食べる菓子だ(薄茶の時はだいたい干菓子を食べる)。
練り切りやきんとん、薯蕷(じょうよ)饅頭などがある。
とりあえず薯蕷饅頭を買いこみ、一足早くカフェに戻った。
すると、
「ん?」
既に軽トラックがうちに停まっていた。
「ずいぶん早かったな」
「昨日の夜から昼休みまでに、仕込みは終わらせてたもの」
「仕込み?」
「開けてみてください」
「はあ……」
先生に促されたので、首を傾げつつ茶室の戸を開けようとするのだが、
「ん、開かんぞ」
「は、まさかこれは密室殺人!?」
わざとらしい。
「……今回は密室殺人の推理ゲームか」
「そういうこと」
「すると中にいるのはアリスだな。おい、開けろ」
「死んでいるのでオープンできまセン」
「密室なんだぞ。お前が開けないと中に入れんだろうが」
「ぬ、それは盲点でシタ」
アリスが戸を開ける。
「おおっ!?」
金ぴかだ。
茶室が金色に光り輝いている。
壁に直接折り紙を貼っているのではなく、折り紙を貼った壁紙を貼っていた。
仕込みとはこれだったのか。
「ではアリスは死体に戻りマス」
戸を開けたアリスがうつぶせで畳に寝転がった。
ここからが本番だ。
「さて……」
薯蕷饅頭を食いながら茶室を見回す。
薯蕷饅頭は『上用』と書かれることもあって、他の饅頭とは一味違う。
皮にはヤマトイモが使われており、じっくり蒸された生地はふっくら仕上がっていた。
さっぱりした上品な風味に、ひかえすぎない甘さが後を引く。
主菓子の味をひかえてしまうと、食べ終わった後に飲む濃茶の味が引き立たない。
それゆえの濃厚さである。
この濃厚な味の後に濃茶の苦味をたしなむのが堪らないのだ。
「機械トリックで密室を作ったわけじゃないのか?」
一見してワイヤー・針金・氷などの形跡はない。
機械的な仕掛けで茶室の外から内の鍵をかけたのだとしたら、俺の知らない方法だろう。
「……死因は?」
「お茶に毒が入ってたの。密室での事件だから、警察の見立てでは自殺だけど」
「まあ、そうでないと密室にする意味ないからな」
密室を作る理由。
人を殺すだけなら密室を作る必然性はないため、それはいつの時代でも推理作家を悩ませる。
基本は他殺を自殺に見せかけるためだ。
「死亡推定時刻は?」
「3時半ですね」
「アリバイは?」
「私も先生も学校で目撃されてる」
「俺は?」
「あんたも学校よ」
「アリバイは鉄壁と……。現時点では自殺か、茶か器に毒が仕込まれたか、なにかの拍子にお茶に毒が入った事故としか考えられないな。いや、加害者をかばっている可能性があるのか?」
「かばってるって?」
「外で毒を盛られたんだが、加害者が逮捕されないように密室を作って自殺したように見せかけてるってことだ。ただその場合、アリスが同じ毒を持っていたとは思えない」
「そうね」
死因は毒だから『早業(はやわざ)殺人』でもないだろう。
早業殺人とは、密室のドアを破って中に入った時、まだ被害者は生きていて、最初に部屋に入った人間が素早く被害者を殺すトリックだ。
つまり『まだ生きている人間を既に死んでいたと錯覚させる』のである。
逆に『死んでいる人間の声をボイスレコーダーで再生し、まだ生きていると錯覚させる』タイプのトリックもある。
『密室の中に潜んでいた』というパターンもないだろう。
瑞穂と先生は茶室の前に立っていた。
俺が戸を開けて死体を発見し、動揺している隙に外へ出るというトリックは成立しない。
可能性があるとしたら抜け穴タイプのトリックだろうか?
人間には出入り不可能でも蛇やガス、電気、弾丸、槍などを室内へ入れることは可能なことを利用し、外から内にいる人間を殺害するトリックだ。
この場合は毒。
天井に穴でも開けて、上から毒を落したのか。
さっき予想したとおり、あらかじめ茶や器に毒を仕込んでおいたのか。
……ネタの面白さで判断するのもアレだが、こんなしょうもないトリックではないだろう。
すると残った可能性は、
「別の場所で毒殺して、ここに運び込んだ?」
死亡推定時刻とアリバイを考えるとそれが自然だ。
しかし、
「……でも畳に茶の跡があるんだよな」
「そうですね。こぼれているお茶や毒の成分は完全に一致してますし、毒を盛られたアリスさんが嘔吐し、畳をかきむしった跡もあります。間違いなくここで死んでいますね」
「うーん、わからん。別のところからアプローチするしかないか」
濃茶を練りながら考えをまとめていく。
「……そういえばアリスの足取りは?」
「なぜか死亡推定時刻である3時半前後に学校で目撃されてるわね」
「は? じゃあアリスが学校からカフェへ向かうのを目撃した奴はいるのか?」
「いません」
「……やっぱり別の場所で殺されてるな」
問題は現場の状況だ。
時間からして殺害されたのは学校で間違いない。
なのに現場を調べると、ここで殺されたのは確実だという。
この矛盾を解決する方法があるとすれば……
「畳ごと運んだな」
「……その心は?」
「殺害現場はおそらく学校の茶道部。そして軽トラで畳ごとアリスをここへ運び、茶室の畳と入れ替えたんだ。これで犯行現場をごまかせる。犯人は先生で間違いない。ただ畳も遺体も重いから、誰にも目撃されずに一人で運ぶのは難しい。だから先生とお前の共犯だ」
先生と俺の共犯という可能性もあるが、犯人は探偵というパターンを二度続けるとは考えにくい。
「筋は通ってるわね」
「ですが最大の問題点が残っていますよ? どうやって密室を作ったんでしょうか?」
「……それなんだよな」
今回のメインはあくまで密室トリック。
それがまったく分からないのでは、いくら犯人を突き止めても勝った気にならない。
濃茶を飲みながら細かく茶室をチェックしてみたが、外から鍵を掛けた形跡は皆無。
気になる点があるとすれば『なんでわざわざ黄金の茶室にしたのか』だ。
単に密室殺人の推理ゲームをするだけなら、折り紙を貼りつける必要はない。
完全な無駄手間だ。
つまりわざわざ黄金の茶室にしたからには、なにがしかの意味がある。
……黄金の茶室。
秀吉が作らせたことで有名。
大坂城では復元された黄金の茶室が展示されている。
記録では御所や北野天満宮で行われた茶会でも披露されたという。
「ん?」
茶会で披露された?
茶器ではなく『茶室が』披露された。
ということは、
「そうか、黄金の茶室は持ち運びのできる組み立て式! 茶室を一旦分解して、アリスと畳を運びこんでから、密室になるように細工して組み立て直したのか!」
「正解。『野外で人を殺して、死体の上に大急ぎで小屋を建てて密室を作る』っていうトリックがあるんだけど、茶室ならそのトリックを使えるから応用してみたの」
「……一から密室を組み立てる。究極の力技だな」
うちの茶室が黄金の茶室と同じく、組み立て式で安価に建てられたものだからこそできたトリックだ。
まさか茶室での初めてのお茶会がこんな形になるとは……。
「薄茶まだー?」
「わかったわかった」
すっきり謎を解いたところで口直しの干菓子と薄茶をいただき、片づけをしてからお開きにする。
「ではまた明日」
「しーゆーれいたーありげーたー」
「おう」
「じゃあ私も……」
「お前はちょっと残れ」
「え、まだなんかあるの?」
「ああ」
茶室に内側から鍵を掛ける。
「……なんで鍵かけるの?」
「密室を作るためだ」
「ふああっ!?」
密室を作る理由に困るのは、いつの時代も推理作家だけだ。
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