フードファイトセット【ステーキと餃子とジャンボパフェ】

「大食いチャレンジ企画をやろうと思うんだが……」


「時間内に食べられたらタダになるっていうあれ?」

「店によっては賞金も出るそれだ」

「オー、フードファイト!」

「ゲームに勝てばタダになるんだから、大食いがあってもいいんじゃない?」

「なら試食してみてくれ。なにが食いたい?」


「ミートプリーズ!」


「じゃあステーキだな」

「ぬふふ、食べつくしマスよ?」

「出来るかな?」

 アリスは痩せの大食いだ。

 空手をやっているので普段は節制しているが、ストッパーがない場合、黙々といつまでも食い続ける。

 一般的に大食いは肥満児向きだと思われているが、脂肪で圧迫されて胃が広がらないのでデブは大食いに向かない。

「焼き加減は?」

「ウェルダン!」

「ミディアムレア」

「あいよ」


 パパッと片面にだけ塩コショウを振り、一方は表面にだけ火を通し、もう一方はこんがり焼きあげて、ステーキ皿に盛った。


「お待ち」

神戸牛コービー!」

「……山形牛だ」

 神戸ほどの知名度はないが、良質な肉である。

 同じ山形の米沢牛なら、神戸牛とだって正面からやりあえるだろう。

「これで全部……じゃないわよね?」


「ああ。30分でこのステーキを5枚完食にする予定だ」


「……うえ、絶対無理」

 1枚や2枚ではなく5枚と小刻みに分けているのは、挑戦者が失敗した場合に食材のロスを減らすためだ。

 うちはお持ち帰りOKなのだが、挑戦に失敗したものを持ち帰りたがる客は少ないだろう。

 ほとんどの挑戦者は食べ過ぎて見るのも嫌になっているはずだ。

「いただきマス!」

 アリスは肉の塊にもおくせず、ステーキをガツガツと食い始めた。


 こいつも無理だな。


 アリスの食い方で確信する。

 なぜなら普段と同じ感じで食べているからだ。

 ステーキはぶ厚い。

 高価な柔らかい肉でもそれなりに噛みごたえがあり、噛む回数が自然と多くなる。

 満腹中枢は噛めば噛むほど刺激されるものだ。

 おまけにアゴも疲労する。

 おそらく5枚目にもなると口がまともに動かなくなるだろう。

 ステーキの大食いをするのなら、肉はもっと小さく切るべきだ。

 そして味も変えること。


 焼肉屋で5キロを平らげる人間が、ステーキの大食いになると3キロも食べられないことがある。


 それは焼肉のメニューが豊富で、様々な味のバリエーションがあって飽きが来ないからだ。

 だが大食いは基本的に同じものを延々と食べ続ける。

 味に変化がなければ、たとえそれが大好物であろうとも食べ続けることは不可能。

 ステーキの味付けは塩コショウだけ。

 付け合せのにんじんやマッシュポテトで目先を変えるにも限界がある。

 なるべく飽きが来ないようにソースや醤油、ポン酢に七味とあらゆる調味料を使いこなせなければ完食はおぼつかない。


 だからあらかじめ、テーブルから余計な調味料は排除してある。


 異変に気付かない限り、アリスは延々と塩コショウで食べ続けることになるだろう。

 我ながら悪辣だ。

 他に大食いのコツといえば、ライスを注文することだろうか。

 食べる量は増えてしまうが、主食があれば食も進む。

 肉の切り方も徐々に変えた方がいい。

 切り方が違えば食感も変わるし、ソースの馴染み方も変わって味が変わる。

 もし肉の焼き加減を変えてもらえるのなら、素直に変えてもらった方がいい。


 そして制限時間の30分後。


「……参りまシタ」

 アリスが投了した。

「5000円な」

「ふぁっ!?」

「試食してくれとは言ったが、タダにするとは言ってないぞ」

「のー!?」

 これはボロイ商売だ。

 色んな店で大食いをやっている理由がよくわかる。



 それから数日後。

「リベンジ!」

「なんの話だ?」

「ぬふふ、フードファイトのためにブレイクファーストも抜いてきマシたよ?」

 一番やってはいけないことをやってきたな、こいつ。


 活動してない胃は縮んで広がりにくい。


 大食いをやるのならちゃんと飯を食って胃のウォーミングアップをしておくべきだった。

 だが手加減はしない。

「オーダーは?」

餃子チャオズ!」

「あいよ」

 フライパンいっぱいに餃子を並べ、水溶き片栗粉を流してジュワッと蒸し、大量の羽根付き餃子をパリッと焼き上げる。

「これはうちの特製ラー油だ」

「びゅりほ」

 アリスが口笛を吹き、早速タレにラー油を混ぜて餃子に戦いを挑む。

「あうち!?」

「焼きたてだからな」

 熱さは大食いの天敵。

 しかもうちでやっているのは正確には『早食い』。

 量との勝負の前に時間との勝負だ。

 1つ1つ冷ましながら食べていると、後半時間に追われ地獄を見るだろう。

 しかも焼きたてを食べ続けるのなら、定期的に口を冷やす必要がある。

 そうすると大量の水を飲むことになり、腹が膨れてしまう。


「ハラキリ!」


 アリスは食べるのを辞め、箸で餃子を裂き始めた。

 賢明な判断だ。

 中身を空気に触れさせ、同時に一口で食べやすいサイズに調節。

 そしてまだ冷えてない餃子には直接タレをぶっかけ、力技で熱を冷ました。

 だが、

「あうち!?」

 再びアリスが悲鳴を上げた。

「最初の一口で火傷したな? うちのラー油は辛くて傷口に染みるだろ?」

「ぐぬぬ!」

 火傷したのは口の右側なのか、アリスは左側を膨らませながら餃子を食べ始めた。

 口全体を使えないのは痛い。

 だが手を緩めるつもりはない。

「3皿目だ」

「ほわい!?」

 餃子の中身が目に見えて増えている。


「反則じゃないぞ。なぜなら今までの餃子は小さめに包んでたからな。差分をここに持ってきてるだけだ」


「うー」

 途中から量を増やす店はたまにある。

 大食いに慣れている人間ほど食べるペースを計算しており、今までと違う量が出てくるとペースを乱されてしまう。

 それでもアリスは冷静に餃子を小さく裂き、噛む回数を少なく、水は最小限に留めてマイペースで食べ続けた。

 早食いでは箸を止めてはいけない。

 止まっていても血糖値は刻一刻と上がり続けて満腹中枢が刺激され、これまで食べたものも胃で膨らんでしまう。

 そうこうしている内に30分経過、

「……参りまシタ」

 やはり最初の火傷が痛かった。

 あれさえなければ結果は変わっていたかもしれない。

「3000円な」

「うう……」

「さて、天津飯テンシンハンでも作るか……」

 余った餃子チャオズを捨てるのはもったいない。

 いわゆる『店員スタッフが美味しくいただきました』というやつだ。



 それからさらに数日後。

「リリベンジ!」

「またか」

 懲りずにハチマキ姿で大食いに挑戦してきた。

「今日は何にするんだ?」


超無謀ちょーむぼーパフェ!」


 特製ジャンボパフェのことだ。

「あ、それなら私も食べたい」

「余ればな」

「ぶー」

 どでかいガラスの器にこんもりとパフェを盛る。

「いただきマス!」

 アリスが猛然と食べ始める。


 キーン


「ぎにゃー!?」

 苦悶の声を上げながら頭を抱える。

 冷たいものを食べた時に起こるアイスクリーム頭痛だ。

「ほ、ホットコーヒーをプリーズ」

「アフォガードか。パフェが甘いから苦いのがいいな」

 アリスがコーヒーをパフェにかける。

 これでいくらか楽になるだろうが、いかんせんパフェの量が多すぎる。

 いつかは頭痛に立ち向かわなければならないし、コーヒーの分だけ量も増えてしまう。

「ドレッシングをプリーズ」

「ドレッシング?」

 ドレッシングパフェとは斬新な。


 そういえば大食いには酢がいいという話を耳にしたことがある。


 食欲が増して胃の働きもよくなるという。

「ほれ」

「さんくす」

 梅ドレッシングを渡す。

 スイーツも他のメニューと同じく、味に飽きが来る。

 コーヒーやソース類をかけるのも悪くない。

 だがパフェには難敵がいる。

「う……」

 アリスが口を押える。

 生クリームによる胸焼けだろう。

 これは食べ方によってある程度緩和できる。

 問題はもう一人の難敵、


 ガクガクブルブル


「……なんか真っ青で震えてるんだけど」

「アイスで体の内側から冷やされてるんだよ。しかも珍しくクーラーが働いてるからな」

「このためにわざわざ空調利かしてたのね」

 大食いの世界は厳しいのである。

 アリスが上着を羽織った。

「ほ、ホットコーヒーをプリーズ」

 こうしてまた量が増え、次第にスプーンを動かす手が勢いを失っていき、

「……参りまシタ」

 アリスの負け癖に拍車がかかる。

「うう……、無念デス」

 テーブルに突っ伏した。

「大食いを成功したいんならもう少し勉強することだな」

 食は人間の体に直結している。

 何も知らずに挑戦することほど無謀なことはない。

 後で胃薬を差し入れしてやろう(たぶん今は胃薬と水さえ胃に入らない)。

「余ったの食べていい?」

「好きにしろ」


 キーン


「あああ!?」

 瑞穂がアイスクリーム頭痛でもだえ苦しむ。

「……一気に食うからだ」

「だ、だってこんなに食べる機会ないんだもん」

 たしかにうちでケーキバイキング企画をしたことはあるが、溶けるのでアイスは使わなかった。

 これだけの量を食べるなんてめったにないだろう。


 ガクガクブルブル


「さ、さむい」

「……学習能力ないのか、お前は」

 やむなくコーヒーを渡す。

「うー、まださむい」

「じゃあ俺が温めてやろう」

「ふああっ!?」

 まあ、アイスで体の内側から冷やされているわけだから、外から抱きしめた所で効果はないのだが。


 色んな意味で俺の懐は温かかった。

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