ブラックジャックセット【煎餅と番茶】

「ブラックジャックをしましょう」


 先生が2枚ずつ、カードを表にして配った。

 ただ先生のカードだけは例外で、表になっているのは1枚だけである。

「カードの合計が21に近いほど強いんですよね?」


「はい。22以上になるとバースト、その時点で負けになります。ディーラーのカードより数字が上か、ディーラーがバーストすればプレイヤーの勝ちです」


「ディーラーが表にしてるカードを目安にするわけね」

「そうですね。伏せられているカードを予測しながらプレイしてください。なお絵札、すなわちジャック、クイーン、キングはすべて10と数えます。Aは1と11、好きな数字を選べます。最初にカードが配られた時、Aと10で21になれば『ブラックジャック』で賭け金が倍になって返ってきます」

「へー」

「昔はスペードとクラブのジャックがブラックジャックだったんデスよ?」

「あー。トランプはハートとダイヤが赤で、スペードとクラブは黒だったな。黒のジャックだからブラックジャックなのか」

「イエス!」

 それがいつしか『Aと10に相当するカードなら全てブラックジャック』というルールに拡大され、ゲームの名前の由来がわからなくなったのだろう。


「ちなみにディーラーはある一定の決まりに従ってプレイします。ディーラーは17以上になるまでヒットしないといけません」


「ヒット?」

「カードを引くことです」

「16までなら絶対に引かないといけないって、プレイヤーが有利じゃない?」

「そうですね、ギリギリのゲーム設定です。だからブラックジャックはカジノで一番稼ぎやすいゲームなんですよ? 最善手を打てればの話ですが」

 つまり簡単には最善手を打てないということか。

「さて……」

 本当に最善手を打つのが難しいのか、実践する時間だ。

 俺のカードはAと6。

 Aは1としても11としても使える一番重要なカード。


 Aと6なら7か17だ。


 これがAなしの17なら迷わず勝負しにいくのだが、Aありならヒットした方がいいような気がする。

 絵札が全部10になるので、10に相当するカードは52枚中16枚。

 10~13を引けばAを1にして現状維持の17になる。

 A・2・3・4を引けばAを11にして18~21にできる。

 5~9を引いたらAは1としか使えないので12~16になり、もう1枚引くことになるだろう。


 まとめると50%以上の確率で17~21になり、ディーラーがバーストする可能性もあって、なおかつこちらは絶対にバーストしない。


 運が悪くても12~16になるだけ。

「ヒット!」

 ここはヒットしておきたい。

 次はアリスの番だ。


「スタンド」


「なにそれ」

「もうカードはいりまセン」

「なに!?」

 正気を疑う。

 アリスは8と4で12。

 10に相当するカードは多いので、12ではバーストする確率は高いかもしれないが、しかしディーラーとの対決では絶対に勝てない。

 ディーラーのバースト頼みだ。

「いくらなんでも弱気すぎだろ」

「でも先生ディーラーは6デスよ?」

「?」


「ディーラーは2~6の時、バーストしやすくなりマス。逆に7いじょーになると17~21になるパーセンテージが高くなるのデス」


「……なるほど」

 考えてみればそれほど難しい話ではなかった。

 ディーラーの見せているカードが6以下(2~6)の時、17以上になるにはAしかない。

 Aは数が少ないので確率的に無視していいだろう。

 ディーラーは17以上になるまでヒットし続けるのだから、もう一枚引かねばならず、バーストする確率が高いのだ。


 つまりプレイヤーは12~16の時、ディーラーが6以下ならスタンド、7以上ならヒットしなければならない。


 ディーラーが7以上なら17~21の可能性が高まり、プレイヤーはもう1枚引かないと勝てなくなる。

「私はヒットね」

 瑞穂は9。

 11以下の時はバーストする危険がないので、ディーラーの数字に関係なくヒットできる。

基本戦略ベーシックストラテジーに忠実ですね。まあ、今回は何も賭けていないので負けても痛くありませんが」

「ちっ」

 ヒットで17以上になったものの、無駄な勝利に終わってしまった。

「おやつはチップになるものがいいな」

 カウンターを物色すると一口サイズの薄焼き煎餅がいくつか出てきた。


 胡麻やぬれせん、抹茶、ピーナッツ、焼き海苔、味噌、ザラメetc.


「煎餅なら番茶だな」

 煎餅を山と積み、熱々の番茶を片手に準備は完了。

「では賭けてください」

 俺たちが煎餅チップを置くと、新たにカードが配られる。

「カードが配られたらダブルダウン、スプリット、サレンダーを選択できます」

「……横文字ばっか」


「ダブルダウンはこの後カードを1枚しか引かないことを条件に、賭け金を2倍にすることです。サレンダーはポーカーでいうフォールドですね。賭け金の半分を支払って勝負を降りることができますよ?」


「スプリットは?」

「手札がペアの時、2つに分けて賭けることができます。桃園さんがちょうど5のペアですね。スプリットできますよ?」

「こう?」

 瑞穂が5を2つに分け、分けた方に新たなチップを置いた。

 するとそれぞれの5にカードが1枚ずつ配られる。


「ちなみにブラックジャックでは、4と5のペアは絶対にスプリットしてはいけない数字と言われています」


「先に言いなさいよ!」

「スプリットできますと言っただけで、スプリットしてくださいとは言っていませんよ?」

「うう……」

 さすが先生、やることが大人気ない。

「でも諦めないわよ。少なくともこの打ち方なら、長期的に見てプラマイゼロのはずなんだから!」

「プラマイゼロ?」

 嫌な予感がする。

 不審に感じて瑞穂の打ち筋を注目していると、案の定ディーラーと同じ打ち方をしていた。


「これなら運がよければ勝てるし、負けても長期的にはプラマイゼロでしょ?」


「馬鹿だろ、お前」

「な、なんでよ!?」

「そんな方法が通用するんならブラックジャックがカジノで遊ばれてるはずがない」


「そうですね。ブラックジャックでは同じ数字にならない限り引き分けになりません。プレイヤーとディーラーの双方がバーストしたとしても、引き分けではなくディーラーの勝ちになりますから」


「あ」

「つまり同じプレイをしている限り、長期的に見るとプレイヤーが損をするってことだな」

「……チップ貸して?」

「少しだけだぞ」

 チップを分けてゲームを続行。

 だいたい基本戦略がわかってきた。


 8とAのペアはスプリットした方がいい。


 8のペアは16なので、17に及ばない上にバーストしやすい。

 だがスプリットで二つに分ければ、上手くいけば18が2つできる。

 Aは解説するまでもないだろう。

 4と5のペアはスプリットしてはいけない。


 4のペアは8だから18に、5のペアは10だから20になりやすい。


 逆にスプリットしてしまうと14・15でバーストする確率が高くなる。

 ダブルダウンしたいのなら手札が10か11の時、それもディーラーの手札が自分の手札より小さい時だ。

 基本戦略を把握できれば秘策も活きる。

 ブラックジャックといえば『カードカウンティング』だ。

 カードカウンティングとは文字通りカードを数えること。


 ブラックジャックは1つのデッキからカードを配り続けるので、ゲームが進んでデッキの残りが少なくなるほど次のカードを予測できるようになる。


 ただ現代のデッキはほとんど複数のトランプで構成されている。

 先生も2デッキでゲームを進めていた。

 つまり通常のトランプ52枚の1デッキでブラックジャックをプレイできるカジノはまずない。

 ほとんどのカジノは2つ以上のトランプでデッキを組んでおり、数が多くなるほどカウンティングは難しくなる。

 計算し続けるのも難しいので、初級者向きのテクニックではない。

 だがギャンブラーなら一度はやってみたい技だろう。


 だいたいローカード、いわゆる2から7までのカードが少なくなるとプレイヤー有利になる。


 8と9はほとんど確率に影響しない。

 逆にハイカード、10とAが少なくなるほど不利になる。

 問題は数えるカードが多いこと。

 範囲を区切って数えるべきだろう。


 特に重要なのは5だったはず。


 5が一番ゲームに与える影響が大きいらしい。

 とりあえず5や10、Aを中心に数えてみよう。

「ダブルダウン」

「……先生の負けですね」

「よし」

 見様見真似だが、奇跡的に計算間違いなどがなく、カウンティングは上手くいっているようだ。


「ではディーラーを交代しましょう」


「え!?」

「ここはカジノではありませんので。先生がディーラーをずっとやっているのは不公平です」

「そーいえばそーデスね」

 ……やられた。

 順番からすると次のディーラーは俺だ。

 カウンティングが通用するこの数字が偏ったデッキでディーラーを受けなければならない。

 先生がぶっ続けでディーラーをしていた以上、しばらく俺がディーラーをすることになるだろう。

 なによりタチが悪いのは、ディーラーはパターン通りの行動しかできないことだ。

 16以下は強制的にヒットし、ダブルダウン、スプリット、サレンダーは封じられ、駆け引きができない。


「ちなみにカジノには『バックライン』という賭け方がありまして……」


「どういうの?」

「自分の手にではなく、人の手に賭けることですね」

「自分はゲームに参加せずに、先生とかアリスの手札に賭けるってこと?」

「はい。ただ人のゲームに乗っているわけなので、外からプレイヤーに指図することはできません」

「ふーん。じゃあ先生に賭けるわ」

「アリスもベットしマス」

「ちょっと待て!?」

 先生のチップの後ろに、続々と瑞穂とアリスのチップが積まれた。


「ではゲームを再開しましょう」


 破産は免れそうもない。

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