不思議職安

不思議職安


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 仕事が無くなってもまた日は昇る。

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 ハローワークの裏手にあって、こじんまりとした古びた外観から築年数は表通りにあるハローワークよりも更に古い建物。


 更には、セロハンテープの古びた残骸が窓ガラスに張り付き薄暗い建物内をより外からは見えにくくしていてなんだか薄気味悪い外観だが、予測に反し内は意外と綺麗だ。


 部屋の中は、外観とはちがい薄暗く古びてはいるが掃除の行き届きゴミ一つ落ちていない。


 内装も求人検索端末が2機、受付が一つ職業相談案内カウンターが一つ待合ベンチが一つの小さなフロアだが一切の無駄が無い。


 そして、あの咽返るような香水の匂い。



 「そう……連絡はきているわ残念だったわねぇ~」



 本日はポマードでがっちりと固めた紫の髪と黒のスーツに赤ぶち眼鏡の向こうから糸眉に皺を寄せた金城町子は、受付の向こうでうなだれる気の毒な若者をちらりと見てまたパソコンへと視線を戻した。



 「今回は職場側の都合とはいえ、まだ一ヶ月も努めていなかったから失業保険の対象にならないかもしれないわ~」



 ソレを聞いた鳴海は更に落ち込んだ。


 あの後、県警本部でのバイオテロ未遂も加わった今回の事件は同時にあの施設の管理体制のずさんさを世に知らしめる結果となった。


 こうなると、近隣住民からバイオテロ驚異への抗議が県に集中しやむなくあの施設の移転が決定した。


 ただし、場所は県内ではあるが200km沖合にある小さな無人島。


 とてもじゃないが鳴海は通えないし、それ以前にこんな事件を引き起こした施設に学歴もなく未経験な補助員を置いてはおけないと言うことで鳴海の雇用契約が解除されてしまったのだ。


 本来なら、このような処置は職場側都合で失業保険の待機期間を待たずに保険適用となるのだがいかんせ金城町子の言うとおり鳴海の勤務日数は規定の遥か下。


 支給は難しいだろう。



 「はぁ~……」


 「気を落としても仕事は降ってはこないわ、検索していく?」


 金城町子の問いに、鳴海は既に打ち出した求人票を提出する。



 「あら? 早いのね?」


 「はい、落ち込んでる暇なんてないですから」


 そう、鳴海には養わなければならない弟妹がいる。


 それはたとえ、世界がバイオテロで滅んでも変わらない現実だ。


 顔をあげた鳴海の表情を見た金城町子は、受け取った求人票を片手に電話し面接を取り付けた。


 「……面接日は明日、大丈夫かしら?」


 「はい、よろしくお願いします……あ、それと」


 「なにかしら?」


 「人を捜しているんですが……もしかしたら今頃、自分と同じく失業しているはずで此方を利用してないかって思いまして……」


 「あら? 前の職場のお知り合い?」


 「ええ、まぁ……」

 

 「ごめんなさいね、もし知っていたとしても個人情報を教えることは出来ないのよ。 力になれなくて本当にごめんなさいね」



 「やっぱりそうですか……」


 わかっていた事だ、玉城を見つけるのは一筋縄では行かないだろう。


 鳴海は発行された紹介状を受け取り、職安を後にしようと席を立つ。



 「砂辺さん」


 不意に金城町子に呼びとめられ、少し驚いたように鳴海は振り向く。

 

 「貴女、少し変わったわ……この前此処に来たときはちょっと心配なくらい子供っぽかったのに急に大人っぽくなって」


 「え? あ、ありがとうございます……?」


 鳴海は生まれて初めての言葉に、どう対応してよいか分からずおろろとしていまう。


 「大丈夫、世間は狭いわ、だからきっと貴女の探し人もすぐ見つかるとおもうの……面接、がんばってね」


 「はい!」


 ぎいぃいいいぃいっと、立て付け悪いドアが閉まり薄暗い職安はしんと静まりかえった。



 「若い子が来ると活気が出て良いわねぇ~そう思わない?」



 赤ぶち眼鏡の視線が、柱の陰に声をかける。



 「もうすぐ閉館よ、紹介して欲しいならこっちいらっしゃい!」


 金城町子のっぴしゃりとした声に、柱の陰に潜んでいた者はしぶしぶ這い出て窓口の椅子にドカッと不機嫌そうに座った。


 185cm位はありそうな長身に、身に着けている作業着の上からでもわかるくらいがっちりとした筋骨隆々の体格がげんなりとして肘をつく。


 

 「つか、なにしてくれてんだババァ……」


 「あら、なんの話? 最近物忘れが激しくてねぇ~」

 

 ギロリと睨む殺気立った目を軽くあしらう金城町子は、カタカタとパソコンのキーを打つ。


 「なぁ、あいつ何処受けんの?」


 「利用者の個人情報ですのでお答え出来ませんわよ玉城さん」



 玉城は壮大にため息をつき、がしがしと頭を掻く。



 「ええ~けーちぃ~! 頼むよ、長い付き合いじゃん! 俺あいつと職場とか被りたくねーんだよぉ~」


 「あら? あの子、一途で可愛いじゃない? それに、あの年で家族を養ってるしっかりものよ? 貴方、あーいう彼女の一人でもいればこんなふらふらした生活から脱せるんじゃなくって?」


 ふふん♪ っと、鼻を鳴らす金城町子に玉城はいやそうに眉を寄せる。


 「おげぇええ! 見方によりゃ可愛くみえなくもないけど、あんなの『弟』みたいなもんだぞ? 女としてはノーカウントだね!」


 金城町子の願として取り合わない態度に諦めた玉城は、仕方なく求人票を差し出す。



 「どれ、どれ……あら観光客向けのアクセサリー製造? また全然違うジャンルね……」


 「ああ、思い切ってな~こう見えて俺かなり器用なんだぜ? 蟲の解剖とか素早く綺麗にできるし! 結構いけると思うんだよね~」


 「全く、『コレで決める』『マジで大丈夫そうだ』『コレが天職だ』……何度聞いた言葉かしらねぇ?」


 嫌味っぽく言う金城町子に、玉城は『へいへい~』と手慣れた空返事を捨て受け流す。


 「はーやーくー~紹介状プリーズだよぉ~」


 「……そ、じゃあ紹介状をだすわね」


 金城町子は、淡々と作業をし紹介状を印字して玉城に渡す。



 「全く、貴方ときたら一体いつになったら仕事が決まるのかしら?」


 「俺だって、今回ばかりはコレできめてぇよ!」



 紹介状を持った玉城が、職安の戸に手を掛けたとき背後から金城町子が呼び止めた。



 「ああ、そう言えば貴方、お米に文字は書けるのかしら?」


 「は?」

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砂辺鳴海は蟲工場で思考する 粟国翼 @enpitsudou

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