マッドサイエンティスト④

 間違いないこっちは本物だ。


 「よかった_____って、あの、もしかして、そこに?」


 鳴海がちらりと覗くと、刑事課と書かれたプレートの真下に警官が二人たって辺りを警戒している。


 「ああ、あそこに小橋川がいるんだが警察官が邪魔で近寄れない!」


 「え? ちゃんと事情を言えばいいじゃないですか?」


 「言ったさ! この状況を打開するためには小橋川にこのウイルスのワクチンを貰うかそれが無理なら対処法か型を聞く必要があるとね! ……だが結果は、すぐに1階に連れ戻されたよ『科捜研が戻るまで現状維持』だとね! 全く素人が! コレは時間との戦いだと言うのに!」



 忌々しいと赤又は唇を噛む。


 「まずは、ここをどう突破するかなんだが……砂辺、君ちょっと行って奴らを排除してくれないか?」


 さも当然と赤又は鳴海に命令する。


 「はぁ!? むりっすよ!」


 「何を言う、君は強いじゃないか? 私なんて一瞬あの世が見えたぞ?」


 赤又は、真っ赤に染まる鼻のティッシュを指さす。


 それはもしかしなくても、あの蛹の羽化室で鳴海が赤又をラックに叩きつけたときのものだ。


 「……さっきはホントすんませんでした、でも、警察官相手に……つか1人以上は無理です!」


 鳴海はちらりと刑事課前に立ちふさがる警察官を見る。


 数は2人と少ないが、やはり強そうだ。



 ___無理だ……一気に二人なんて___



 鳴海が諦めかけたその時だった!



 カランカランカラン……タタッタタタ……。


 廊下のはるか向こうから缶の転がる音と、誰かが走り去るような音。



 「誰だ!! まて!」


  

 警察官の一人がそれを追って持ち場を離れる!



 「今だ! やれ、砂辺!」


 「へ? みぎゃ?!」


 げしっ!


 ドアの影から蹴り出される鳴海。



 「だ、誰だ____ん? 砂辺さん?」



 鳴海の眼前に立ちふさがるは先程あった警察官:園田。


 話せば分かりそうなものだが、冷静さを欠いた今の鳴海はそこまで思いつかない!


 

 「園田さんごめん! 受け身取って」


 「え"!?」


 宙を舞う制服。


 園田はそのまま激しく廊下に叩きつけられたが、なんとか受け身をとったらしく身動きが取れないまでも息がある。



 「げほっ! げほっ! な ん ?」


 「ごめんなさい!」


 「砂辺、何をぼーっとしている! こうしている間にも、奴の撒いたウイルスが署外にも拡散する! 急ぐんだ!!」



 と、ここまでが丁度1分前の事だ。


 駆け込んだ鳴海と赤又は、此処からは慎重に身構えながら取調室を覗く。


 「小橋川……」


 小橋川は、取調室の固定されたデスクに手錠で繋がれ椅子に腰かけていた。


 「やぁ、楓……それに砂辺さんも……今日は、なんの用なのかな?」


 ひび割れた眼鏡の向こうの瞳は、こちらを見ているはずなのに何も映っていないみたなまるで夢でも見ているみたいにぼーっとしたその状態に、赤又は警戒をといてそっとその肩に手を置く。


 「小橋が_____治……このウイルスのワクチンをくれないか?」


 まるで10年来の友のように、いや、友人に語り掛けるように赤又は優しく頼む。


 「わくちん? どうして?」


 「頼む……このままじゃ、みんな困る……もちろん私も」


 「そっかぁ……でも、これにワクチンはないよ? 楓も知ってるだろ?」


 「何だと!」


 流石の赤又もこの回答には、顔を強張らせる。

 

 「なんて馬鹿な事を……どうして! 治……!」


 赤又は小橋川から離れ、そのまま取調室の壁に寄りかかりながらズルズルと床に座り込んだ。



 「あ、赤又さん?」


 「無駄だ……ワクチンがない! これでお終いだっ……!」


 「そんな!」


 赤又は膝を抱え、動かなくなる。


 「あ、諦めないで下さい! あの何か、何か方法ありませんか!? なにか!」


 方法なんてない。


 あったとしても、なんの学歴もない只の体育馬鹿の自分に何が出来る訳がないっと、鳴海も半ばあきらめそうになった時ふいと先程のクリプトン室長の言葉が頭をよぎる。


 「赤又さん、ウイルスってワクチンじゃないと治りませんか? ほかに対処法はありませんか?」


 鳴海の問いに顔を伏せたままの赤又が首を振る。

 

 「砂辺、確かに人はウイルスに感染してもその強弱はあるが免疫によって治ることもある。 だかコレは造られた新しいウイルスだ型も分からない対処しようか……まて!」

  

 赤又は顔を上げ、這うように小橋川の元へ行く。


 「治、このウイルス私も知っていると言ったな? もしかしてあれか? 私達の?」


 「~♪~~♪」


 頭を振りながら何やら鼻歌を歌う小橋川を赤又はそっと抱きしめてから顔をあげた。


 「原因が分かった、警察官に声をかけてくれ」


 「赤又さん……?」


 「ありったけの次亜塩素酸ナトリウム……ハ●ターがいるんだ」




 そこらの対応は早かった。


 赤又の指示に従い、集められたハ●ターを県警の屋上にヘリで運び貯水タンクに入れてスプリンクラーを動かす事で署内の浄化を行い症状の出ているものは病院へ。


 検査の結果。


 結局このウイルス事態は、感染力が強く症状も強いが人類を滅ぼすものでも何でもなく発熱と腹痛を起こすくらいの単純なもので2・3日で死滅してしまうものだったそうだ。


 ただ、人工的に造られただけにいつ何が原因で突然変異を起こすか分からないと言う危険ははらんでいたのだからとんでもない話ではある。


 「でも、小橋川さんはなんでそんな確実性の無いものを撒いた……ていうか所持していたんだろう?」


 首をかしげる鳴海に去り際、赤又がこっそりと耳打ちする。


 「アレは、私達の卒業制作でデザインしてた病原体だ」


 と。


 「それって、赤又さんと小橋川さんって___」


 「男では互いに苦労しそうだな」


 それだけ言い残して赤又は聴取の為、赤又係長に連れられる。


 その手には手錠をかけられて。


 

 「赤又さん……」


 「仕方ないですよ、あのウイルス造ったんですから……でも、事件自体には関与してないしすぐに出て来れると思います」


 鳴海のすぐ横で園田がそう言った。

 

 「あ、あの……さっきは、ほんと……自分も処罰があるなら……」


 すまなそうに頭を下げる鳴海に、園田はぶんぶんと首を振る。


 「いいですよ、黙ってます。 結果オーライですしアレはオレの精進不足……それに女の子にぶん投げられたってバレたくないから」


 園田に鳴海は深々と『礼』をする。


 

 「ああ、そんないいですって! ……それよりも」


 そう言った園田は少し首を傾げる。


 「どうしたんですか?」


 「あの、砂辺さん玉城圭って人とは知り合いなんですよね?」


 

 園田の口から玉城の名を聞き鳴海の胸が跳ねる。


 「はい、それが何か……?」


 「ええ、さっきオレが動けなくなってるの介抱してもらって、それから動けない警官に代わってハ●ター積んだヘリの誘導とかしてくれたみたいでお礼が言いたかったんですがさっきから姿がみえなくて」



 ソレを聞いた鳴海は弾かれたように駆け出す!



 ___もしかしたら!___



 鳴海は階段を駆け上がり3階の刑事課のあるフロアへ向かいその廊下を見回す______あった!



 その廊下の端に転がるミルクティーの缶。


 間違いない、ソレは玉城がよく飲んでいたものだ。



 「……玉城先輩」


 鳴海はミルクティーの缶を握りしめる。


 恐らく、今から追っても玉城を捕まえることなんて出来ないだろう。 


 ______けれど、またいつか……いや、必ず見つけて今度こそは______



 鳴海は、立ち上がり窓の外の夕日を見上げた。

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