マッドサイエンティスト③

 「バイオテロの被疑者が刑事課の取調中に何か薬品の様な物を撒きました! 本人は拘束されたままですが、体調不良の者が続発しています! 早く我々も避難を!」


 「何だって!?」

 

 信じられないと、表情を険しくする死神とそれを聞いた鳴海の背中に冷や汗が浮かぶ。


 「こ、ここに小橋川さんもいるんですか?」


 鳴海の問いに園田が『そうです』と答え、赤又係長に避難経路の説明を始めた。


 『薬品がまかれた』


 その言葉から連想されるのは、最悪の結末。

 

 鳴海が思うに、小橋川が持っていたのならその薬品と言うのは何らかのウイルスに違いなく、もしかしたらウリミバエに仕込まれていた人類を破滅に追いやるレベルの危険極まりない代物である可能性が高い。


 だとすれば、早く逃げなくては!


 こんな悠長にしている暇はない!


 「OK! さ、行こう砂辺さん! とりあえず署から____」


 ようやく赤又係長が、鳴海を連れて少年課をでようとした時だった!




 ガララララララララララ……ガシャン!



 少年課の窓という窓に、防火防火シャッターと思われる物が下り次々とふさいでいく!



 「え?」


 「園田!」


 「はい! 他も見てきます!」


 赤又係長の指示で園田が駆ける。


 「でぁ、だ、大丈夫だよ、砂辺さん! さ、移動しよっか!」



 警察官として、一般市民である鳴海に不安を与えないようにと振る舞おうとする死神の顔はひきつっている。

 

 ああ、この人嘘をつくのが苦手なんだなぁと鳴海は思った。


 「赤又係長! ダメです、このフロアの窓及び非常階段等の出口は防火シャッターが下りてます!」


 駆け込んだ園田が、焦った様子で声を荒げる。


 「外にでられないのか?」

 

 「このフロアからは無理です! 幸い階段での移動はできそうなのでオレはほかのフロアに人がいないか見てきます! 赤又係長は砂辺さんと一階へ降りてください!」


 「分かった、私は砂辺さんと取りあえず1階まで下りて出られそうなら外へ行く。 警電で連絡するから」


 「了解!」


 園田がまた疾風のごとく駆けていく背中を見送った赤又係長は、やっと鳴海に向き直る。


 「じゃ、取りあえず1階までれつらごーだよ!」 


 鳴海と赤又係長が、階段を下り1階にたどり着くとそこには、逃げ遅れたと思われる警察職員田達がかなりの人数集まっていた。


 が、みんなあまり顔色は良くない。

 

 中には柱や地面に座り込んでいる者までいる。


 「一体なにが……」


 あまりの状況に鳴海は呆然と辺りを見回していると、ふと人波の中に見覚えのある人物と目があった。


 「OH~なるちゃ~ん! Mrs赤又~無事でしたかよ~!!」


 チェックのシャツにGパンに髭を蓄えたイエティが、こちらに向かって全力ダッシュし鳴海と赤又係長にハグをしてきた!


 「うひょお!? なにこのフレンドリーな外国の人おお!??」


 「し、室長! 落ち着いて! この人は赤又さんじゃないっす!」


 鳴海はクリプトン室長に何とか事情を説明し、その毛むくじゃらの腕から解放される。


 「ow……すみませんですますた……」


 「いーえー~外国人には東洋人の顔が同じに見えるって前にきたFBIの人も言ってましたから~」


 いや、この場合他人のそら似を越えているっと鳴海は心の中でつぶやくが今はそれどころでは無い。


 「室長、この状況って……」


 「はい、クリプトンさんおもふにコレは故意に撒かれた薬品か何かの症状ですます……いま体調不良をおこしてやがるのは刑事課のみなさんですね~」


 クリプトン室長の言う『薬品』は、恐らく小橋川の所持する『ウイルス』を示している。


 鳴海は、その丸眼鏡向こうのグレーの瞳がいつもより険しいのを見逃さなかった。


 「室長、みなさん此処から動けないって事は此処からも外に出られないってことですか?」


 「はい、見やがりなさい。 ボーカシャッターが我らの道を塞ぎやがりますですよ!」


 そう言われ見回すと、大きな正面玄関を含む窓すべてに防火シャッターが下りている。


 出られない。


 呆然とする鳴海の肩にをぽんと赤又係長がたたく。


 「あ、ごめんね砂辺さん! 私ちょっと課長が呼んでるみたいだから行くね、君はここで救助が来るまで皆といて」


 赤又係長はそれだけ言い残すと、いま下りてきた階段を駆け上がって行った。


 ___参ったな……___


 それが正直な気持ち。


 実験施設から無事生還できたと思ったらまたコレだ。


 取りあえず鳴海は、頭の中で混乱する情報を整理する。



 警察つき~の→聴取とり~の→サイレンなり~の→多分、ウイルス撒かれたっぽい←いまココ。



 __だめだ、いまいち状況が把握できない!_



 「なるちゃん、なるちゃん」


 考えこむ鳴海に、クリプトン室長がしゃがむように手招きする。


 「こっち、こっち、ないしょ話~ないしょのヒミツ~」


 「はぁ……」


 クリプトン室長は、鳴海をフロアの隅に招きこそこそと話し始めた。


 「実はじつわですますよ、いまの状況をMrs赤又がめちゃ調べてマスです!」


 「赤又さんもここに!?」


 考えて見ればそうだ、鳴海、クリプトン室長、小橋川がここにいると言う事は赤又がここにるのもうなづける。


 「はい、なるちゃんも気が付いてるとおもうますが、コレは何らかの病原体がウイルスですます……放置はだめですね、外に拡散の危険ありますですよ」


 「それで、赤又さんは……一人で? 警察の人には?」


 「はい、彼らの化学班はあっちに掛かりきりでこっちにはお留守でした……だから我々のはなし理解してもらえませんでしたの……だから、なるちゃん」


 クリプトン室長は、丸メガネの向こうから真剣な目で鳴海をみる。


 「Mrs赤又と合流して、手伝ってあげてくださいましなのですよ!」


 「は? 自分がですか!?」


 「はい、クリプトンさんみんなよりすごく目立ちます……さっきもMrs赤又のとこ行こうとしましたが、即バレしましたね警察の人ダメいわれましたね……」


 「でも! 自分じゃ____」


 「ダイジョブよ、なるちゃんなら小さいさんだしこっそり行けばバレません、これまでちゃんとお仕事してきました! これはMrs赤又も認めていますでござるよ! さ、いくです!」


 そして鳴海は、クリプトン室長がほかの警察官を引き付けている間に赤又係長が上った階段を駆け上がった。


 不思議だ。


 階段を駆け上がりながら鳴海は思う。


 つい最近まで、履歴書一つまともにかけず仕事すらまともにできなかった自分がこんな風に行動できるなんて予想できただろうか?


 バイオだウイルスだなんて、未だによく分からないし正直恐い……けれどきっとあの人なら玉城なら同じことをする。


 その思いが鳴海を突き動かしていた。


 「はぁ、はぁ……小橋川さんは刑事課にいた……刑事課……確か3階!」

 

 階段の踊り場を一切無駄のない動きでターンした鳴海の視線が捉える。



 「あ」


 「あ」



 3階へ入るドアの傍に息を潜める死神一人。


 「赤又さん? 本物ですか?」


 「何を言ってるんだ君は? 頭でも打ったのか?」


 白衣に憮然とした顔色の悪い顔に無造作に鼻に詰められたティッシュがふんと鼻を鳴らす。

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