蟲工場㉜
「お前、誰に孵化室行けって言われた?」
その言葉に鳴海の背筋が凍り付く!
「折角よ、閉じこめといたのに……余計なことしやがって」
鳴海は、慌てて自分のポケットから小さな銀色の箱を取り出して玉城に差し出した!
「あ、お、じ、自分っ!!」
「あー……多分、あそこでこれ使ってたらお前無事じゃ済まなかったろうな」
玉城は、小さな銀の箱からあのガラス容器を取り出し蛍光灯にかざす。
「ああ! どうしよう、自分、赤又さんになんて事……!」
「んぁ? 別に気にすることねぇよ、あの女も似たようなもんだ」
「え?」
「あの女がヤバイ実験してたのは事実だし、今回はあの野郎がこんな事をしたけど、遅かれ早かれ同じような事考えたろうから」
へらっと、笑った玉城の顔。
こんな状況でも笑顔を見せる事が出きるなんて……と、羨望を覚える反面何かが鳴海の中で引っかかる。
「玉城先輩」
「何だよ?」
鳴海は、いつもと変わらない玉城の顔をじっとみた。
まだ冬なのに日に焼けたような肌。
体格も良く、見上げる程に背も高い。
真昼の太陽の下でも光に透けないくらい真っ黒な短髪。
目つきこそ悪が、目鼻立ちのくっきりとした鳴海とって好ましいタイプの顔。
しかし、口は悪く人を見下しへらへらと笑う。
けれど、人を突き放すような事言って悪ぶって見せても実は良い人。
なんだかんだで、役立たずな自分を此処まで面倒見てくれた。
この人は、生まれて初めて自分が『好意』を抱いた男。
が、それとコレとは関係ない。
「何故です? 随分前からこうなることを知っていたのに、どうして早く止めなかったんですか? 貴方にならソレが出来たはずだ!」
じっと自分を見上げ、違って欲しいと怯える瞳に玉城の目がぬるりと弧を描く。
「答えて下さい!」
_____違うと言って下さい_____
「貴方は、赤又さんの補助から小橋川さんの補助に移った……実験も手伝ってた」
____何か考えがあったんですよね?____
「どうして早く止めなかったんですか? もしかして……」
_____本当は止めるつもりなんて無かったんじゃないですか?_____
「いいね、感がいいのは好きだよ」
玉城は、寄りかかってた壁から離れると伸びをしてバキバキと背骨を鳴らした。
「真面目に答えて!」
「おーおー、ヒスは男にモテねーぞぉ砂辺~」
玉城は、猫のように毛を逆立てる鳴海に手をひらひらとさせ笑顔を絶やさない。
「まぁ、確かに俺はあのファイルを見つけた時点で室長に報告することが出来た。 実験を手伝ってそれらしい指示があった時点でもな……こんなど素人でもやれることはあったよ」
「でも、何もしなかった……! それどころか二人を煽るような真似を?」
「ん? どのことだ? コンテナの全滅の事言ってんならあれは偶然の産物でソレを利用しようとしたのはあの女だぜ? ああ、ソレもお前の所為で台無しだったみたいだけどなぁ」
鳴海は、へらへら笑うこの男の襟を掴み乱暴に壁に押しつけた。
「あうちw いやん、ひどーい♡」
「なんで、こんな事したんですか!?」
「は? 何でってお前、そんなのきまってんじゃん?」
ぬるりと弧をかく瞳が、鳴海を見据えてこう言った。
「その方が面白れぇからだよ」
次の瞬間、鳴海は考えるよりも先に体が反応した。
「かはっつ!?」
自分の体が、凄まじい勢いでコンクリートの床にたたきつけられた衝撃。
完璧に受け身がとれたとは言え、叩きつけられたのは固いコンクリート肺が潰れたんじゃないかと思うくらいの痛みに呼吸がままならない。
「あは、上手い! 上手い! 流石、つい最近まで現役だっただけあるわ~」
ひっくり返った頭上から、へらへらと玉城が見下ろす。
投げられた。
鳴海はやっと理解する。
「は、払い腰……?」
_____なんで? なんで、玉城先輩が柔道の投げ技を?_____
驚く鳴海に、玉城が笑いをこらえる。
「なんだ? お前気づいてなかったの? 俺、お前と同じ柔道部出身だぞ? つか、この前とか、知らないであんな場所で技か掛けてきたの? あそこ床とか鉄板だぞ? 素人なら死ねるぜ? 鬼畜かよ~」
「じゅ、道 ぶっ?」
学校や科だけじゃなく、そこまで同じだったとは……言われれば受け身をとってたなっと鳴海は思い返す。
「そろそろだな……」
叩きつけられた衝撃に悶える鳴海を、楽しそうに見下ろしていた玉城がつぶやく。
ババババババババババババ…………。
ソレは、建物の外から聞こえてくる空気の振動するような音。
「な に ?」
「何って、ヘリだよ? 今日はウリミバエの定期散布の日だからな」
こともなげに玉城は言う。
「え? でも、」
「なんだお前、もしかしてコレで計画を止められたとでも思ってたのか?」
玉城は、鳴海に押しつけられた銀の箱をちらちらさせる。
「だって!」
「よく考えてみろ? あそこ蛹の孵化室だぜ? いるのは孵化を待つ『蛹』だけ『成蟲』はいない、なのに今日散布のヘリが来るっておかしいと思わなかったのか?」
「ぁ」
鳴海は、またも自分の愚かさに気づく。
「散布するウイルスまみれの成蟲は既に用意済みだろうなぁ」
「そっ、そんな……止めて……小橋川さんを止めて下さい!」
懇願する鳴海に、相変わらずへらっと笑う玉城はカクンと首を傾げる。
「は? やだよめんどい」
「え?」
「もう、十分遊んだし俺は帰る。 あとよろしく!」
「はぁ?! ふざけっ、 げほっ! げほっ!」
痛む体を必死に起こした鳴海の頭に大きな手が乗り、ガシガシと撫でて遠ざかる。
「ヘリポートはこの階段上がりきってすぐのドア、さっき渡したカードで開く。 俺を追うかあの野郎を止めるか好きな方を選べ」
「玉城せんぱ____!」
「ま、俺はお前があの野郎を追う方を選ぶのにミルクティー10本賭けるけどな」
くるりと背を向けた玉城の背に、鳴海の伸ばした手は届かなかった。
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