蟲工場㉛


 「うらあああ!!」


 ガシャアアアン!


 引いた襟に持っていかれるように、赤又の体がラックに叩きつけられ激しい音をたてる!



 「かはっ!?」



 更に鳴海は、襟を引き更に叩きつけようとしたがラックから飛び出したおが屑と蛹にまみれになりながらガクンと力を無くしうな垂れる赤又に手を止めた。


 気絶した。


 死んではいない。


 やはり、体を鍛えぬいてきた鳴海と違って華奢な研究一筋の体は脆い。



 「ごめんなさい……」



 鳴海が、力の抜けゴム人形のようになった赤又をそっと地面に置いた時だった。

 


 ガチン!


 漆黒の闇に再び薄暗い光が差し、辺りを照らす!


 「はっ、ひっでぇ事すんなぁ~容赦なしかよ!」


 顔を上げるとそこには『あーあー知らないんだぁ~』っと、言わんばかりにオーバーに首を振る玉城の姿。



 「玉城先輩!」


 「なに? 怒ってんの?」



 鋭い眼光で睨みつけてくる年の離れた後輩をヘラヘラと眺めていた玉城の表情からその『笑顔』が消える。



 「つか、俺、此処からでて警察行けって言ったよな? なんでまだ居んだよ?」


 地を這うような低い声。


 それに、まるで射殺されそうな殺気立った眼光を向ける玉城に鳴海の背筋がざわつく。



 「玉城先輩こそ、なに企んでんすか?」

 

 「……」


 「自分、あんまり頭良くないけど分かります……赤又さんと小橋川さん……二人に共通しているのは玉城先輩あなただ」


 「……」


 「目的は何です? 教えてください!」



  問いを問いで返された玉城は、鋭い眼光のまま口元をニッと釣り上げた。



 「いいぜ、ついて来いよ」


 「じ、自分は________え?」



 くるりと背を向け、蛹の羽化室から出ようとする玉城が振り向き眉を下げてみせる。


 「なに? 来ないの?」


 鳴海は床に倒れる赤又と玉城を交互に見たが、さっさと歩き去っていくその背中を追いドアを飛び出した。

 



 「まって、下さい! 玉城先輩、あの、どこに行くんすか?」


 

 薄暗い廊下を速足に進む大きな玉城の背中に追いすがろうと、鳴海は大股でソレを追う。



 「あ~ここだっけかな~」


 玉城は不意に足を止め、廊下の壁に手をついた。

 

 「何してんすか?」



 訝しがる鳴海をよそに、壁をぺたぺたと触っていた玉城はなにか見つけたらしく『あった、あった』と言いってその一部分を爪で引っかくような仕草を見せた。



 ポコッ。



 玉城の触っていた場所が、丁度A4サイズのノート程の大きさの長方形の形に開く。


 そこには、電卓程の大きさのテンキーとその小さな画面そして恐らくカードを読みとらせる為のリーダーが見える。



 「あの……?」


 「ああ、コレはメンテ用の通路につながるドアね」

 


 そう言うと、玉城は勝手知ったるようにテンキーにコードを入れて自分の胸ポケットから取り出したセキュリティーカードを読みとらせた。



 カシュッ、ウイィーン。



 すると、今まで何の変哲も無い壁に見えた部分が丁度ドアの大きさ程せり上がってスライドする。  



 「ココからなら、屋上のへリポートまで階段上って一直線だ」



 玉城は、鳴海に手にしていたセキュリティーカードを押しつけた。



 「は? ちょ、玉城先輩?」



 意図が全く読めない鳴海は、ただ呆然と玉城の顔を見上げる。


 「今から、お前が知りたがっていた事を教えてやるよ」


 薄暗い蛍光灯に照らされた顔が、またいつものようにへらっと笑う。


 「と言ってもまぁ、事の始まりは3か月前……俺がここに採用されたくらいからの話でしかないんだけどな」


 

 玉城は、やれやれと首をぐきっと鳴らして壁に寄りかかった。


 

 「俺が入った3か月前。 そのころはまだ特殊病蟲班とミバエ班はまだ一つの研究室でな、新しく始まる『芋』の害蟲の事業を立ち上げるための人手として採用されそこで俺は赤又博士の補助として配属されたんだ」 



 ソレは知っている。


 ここまでは、クリプトン室長から聞いた通りだと鳴海はつばを飲む。



 「それから1か月、俺は赤又博士のもとで基本的な知識と実験器具の取り扱いなんかを教わってた……そんな時だったよあのデータを見つけたのは」


 「データ?」


 「そう、その日俺は赤又博士に頼まれた遺伝子コードをExcelで表にするっつー単純な入力作業をしてたんだけどさその時、仕上がったExcelを共有で……って、そうだな分かりやすく言えば研究室のみんなで見られるようにサーバーに落とすって感じなんだけとよ」


 「は、はぁ……」


 データだExcelだのパソコンのスイッチもろくに入れた事無い鳴海には、玉城が言いたいことがいまいち伝わらず首をかしげる。


 「あ~……つまりそのデータをいじってたと時にあるファイルを見つけた、内容はクソ。 見てるだけで頭がイかれてるとしか思えない終末思想と新世界の創設……あんなものマッドサイエンティスト妄想だって普段なら笑い飛ばせたさ、計画内容を見るまではな!」


 玉城は、嫌悪を露わにして舌打ちをした。


 「計画……?」

 

 「ああ、奴はこの施設で大量に増殖させているウリミバエに遺伝子操作されたウイルスを仕込んでヘリからばら撒く気だ! そして、まずはこの地域から『新世界』とやらを始める気らしい」


 「はぁ……新世界? ホントにウイルスなんて……そんな……赤又さんが……」


 鳴海の言葉に玉城が眉をハの字する。

 

 「赤又博士? いいや違うね……確かにウイルス設計図の出所はあの女だが計画を立てたのは違う」


 「え? じゃぁ、誰が?」


 呑気な鳴海の言葉に玉城は、オーバーに頭をふってため息をつく。

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