蟲工場㉘

 「もしかして、小橋川さんが赤又さんの研究を邪魔してたって言うのは……」


 「そう……彼女が罪を犯すのを止めるため……僕は僕に出来る事を必死にやった……けれど、大学卒業を機に彼女は日本から姿を消し消息がつかめなくなってしまった」

 

 そう言って、前を歩いていた小橋川は右側面の重そうなドアの前で足を止め首からぶら下げていたカードを取り出しリーダーの上に乗せる。



 ピッ。


  ピピッ。


 無機質な音とカシュという空気の抜けるような音がして、重厚なドアは軽く隙間を開けた。



 「入って」



 小橋川に言われるまま、足を踏み入れるとそこは映画なんかで出てくる監視室を彷彿とさせるモニターがずらっと並んだ八畳ほどの広さの部屋。



 「何です? 監視室ですか?」


 「その通りだよ……ま、監視するのは増殖棟の蟲たちなんだけどね」



 小橋川はそういうと、モニターを管理しているであろうパソコンの前に座り何やらキーボードを叩く。


 「どこまで話したっけ?」


 カタカタとキーボードを打ち始めた小橋川は、鳴海の答えなど聞かず少し疲れたようにため息をついてから口を開いた。


 「……そう、それから15年以上たって僕はこの研究所で彼女に再会したんだ……再会した時は本当に驚いたよ。 そこからは君が彼女から聞いた通り僕はまたありとあらゆる手を使って研究の妨害をしてたのさ」



 会話は唐突に打ち切られ、黙り込んだ小橋川はモニターを切り替える。



 「わ、何ですコレ?」


 監視室のモニターには、この建物内で増殖されていると思われる蟲蟲蟲蟲蟲。


 それこそ、アリモドキゾウムシ・イモゾウムシは幼虫・蛹・成虫と言ったようにステージごとに区画分けされあの鳴海が迷いこんだウリミバエの工場のラインやバッタやオケラと言ったほか蟲も大量に増やされてその温度や湿度、酸素濃度と言った数値が画面ごとに表示される。



 「見てのとおり、コレは区画ごとの温度や湿度、人の出入りなんかをモニタリングしているんだ……そしてこうすれば」


 小橋川は、そう言ってマウスをダブルクリックした。



 「あっ!」


 

 ちょうど、小橋川の目の前のモニターの映像に鳴海は息を飲む。


 そこに映し出されたのは、玉城と赤又。


 音声こそないものの、二人が何かを運んでいるのが見て取れる。


 「コレはこのすぐ近くのトノサマバッタの卵の扶育室の前、丁度3時間前のものだね」


 「うそっ! だって、コレ……!」



 モニター越しに鳴海の目に映る二人の持ち上げる物体は、間違いなく気絶した自分の姿。



 「すまないね……君が傷つくとは思ったんだけど……」


 

 口を押え、硬直したように動かない鳴海を気遣い小橋川は椅子に座るように促す。


 

 「君が何故この棟にいるのかが気になってね、少し監視カメラを巻き戻したら案の定……こんな事だろうと思ったよ」


 「そんな……」



 鳴海は、作業ズボンのポケットに入れていた目薬を握りしめる。


 考えてみればおかしな話なのだ、自分を助けてくれた玉城はどうやってあの部屋を見つけることが出来たのか?


 何故、目が薬品によって塞がれていてソレに有効な方法と目薬までもっていたのか?


 あの時、赤又に気取られていたとは言え気配に敏い鳴海の背後を取れる程の人物。


 流石に、これだけ条件がそろえば鳴海にだってわかる。


 自分に薬品を浴びせ、一時的に意識と視力を奪ったのがほかならぬ玉城だと。


 しかし、それなら何故?


 自分が邪魔で閉じ込めたのなら、何故玉城はわざわざ助けに来て目薬を渡し警察へ行けと言ったのか?


 鳴海は思う。


 ソレは、こんな画像を見せられても玉城を信じたいと思う愚かな幻想なのかもしれない。



 「僕はこれから彼女達をとめに行く。 出来れば君に手を貸してほしい」



 茫然とする鳴海の耳に、小橋川の控えめな声。


 

 病原体の遺伝子組み換え、有害ウイルスの開発、違法な生物培養……そんな鳴海にとっては、映画かアニメでしか聞いたことないような現実味のない言葉が飛び交いソレをやってのけるマッドサイエンティストが現在憧れの先輩を従えている。


 そんな、非現実的な現状がもはや現実となって鳴海にのしかかる。


 「玉城君も関わっているんだ……気が進まないなら_____」


 「いえ、やります! 手伝わせて下さい!」


 じっと鳴海の目を見た眼鏡のレンズに、モニター画面が反射し頷く。


 「ありがとう」


 「まず、どうしたらいいですか? つか、なんでそんな危険な実験ばかりを?

 ……ソレに芋の害蟲なんかで一体何をしようとしてんすか?」


 

 その問いに、小橋川は首をかしげる。


 「さぁ? 今回ばかりは僕も現状の把握が出来てなくてね……全く、本当に彼は優秀な助手だ敵に回すと厄介だよ」


 小橋川は、モニターを切り替えていきある場面で止めた。


 「此処だ……!」


 「え? 何です? これどこですか?」


 切り替わった画面には、ライトを照らされたコンクリートの地面が映っていてそこにはオレンジ色の巨大な円の中に『H』の模様。


 「コレは、屋上のヘリポートだよ。 明日の夜明けには彼女が増殖させたアリモドキゾウムシとイモウゾウムシを空中から散布する予定だった……いや、恐らくヘリのほうは今回のコンテナの全滅を知ら無い筈だから予定どおりここに来るはずだ」


 「え? でも、乗せる筈の蟲は死んでるじゃないですか?」


 「恐らく、何か代わりのモノを乗せてばらまくつもりだろう……それが何なのか全く予想が出来ないけどね」


 「じゃ、ヘリの人に来ないように言わなきゃ!」


 

 鳴海の意見に小橋川は首を振る。


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