蟲工場㉕
「あ、あの、玉城先輩って、ここで働き始めてからそんなに経ってないんですか?」
「はい、玉くんがこち来たのは3か月まえの事ですだね……ハローワークの求人見てきた言ってましたね~」
ポチポチと野太い指で使いずらそうに画面をタッチしながらクリプトン室長は続ける。
「そうそう、その時は玉くん1か月くらいMrs赤又の補助してましたね……懐かしいハナシですだね~」
「え"!?」
「ou……なるちゃん、玉くんとなかよしさんなのに聞いてませんだですな?」
鳴海は首を振る。
玉城からそんな話は聞いていない。
……と言うよりは、そもそも玉城とはこの職場で仕事の話しかしたことがなし、よく考えてみれば玉城については同じ学校の体育科を卒業していること以外は何も知らない。
「もともと、ミバエ班と特殊病蟲班は一つの研究室でしたけど、新しくイモウゾウムシ・アリモドキゾウムシの案件が上がって研究室を分けましただですね。 その時に玉くんは小橋川の補助になって、人手が足りなくなったので今回はハローワークに求人だしてなるちゃん来ました今ココでーすねー!」
ふそふそと自慢げに説明するクリプトン室長に、鳴海は前から気になっていたことを聞く。
「そうなんですか……じゃ、赤又さんと小橋川さんってそのころから仲が悪いんですか?」
クリプトン室長は、そのもじゃもじゃの髭をふそりと撫でながらモニターをみたまま首をかしげる。
「んーどうでしょう? クリプトンさんもここに赴任したのは玉くんと同じくらいの時だですますから」
クリプトン室長は、モニターからUSBを抜き取りパチンをキャップを閉じた。
「なるちゃん、クリプトンさんこのUSBを警察の青沼さんに届けいきますのでそのあいだ研究室で待っててくださいな……そして、もしもMrs赤又を見かけても刺激してはいけない」
「大丈夫ですよ、自分はこれでも最近まで現役で柔_____」
ぬっと伸びた大きなクリプトン室長の腕が、鳴海の肩を強く掴む。
「いけません! 今のMrs赤又は、何を考えているのか見当もつきません! いくらなるちゃんが強くてもなにがあるかわからないのだです!」
クリプトン室長のぶ厚い眼鏡が、蛍光灯の灯りを反射する。
「……はい、分かりました」
普段は見せない真剣な雰囲気に思わず息を飲む鳴海に、クリプトン室長はくれぐれもここから出ない事とトイレに行く時でも気を付けるようにと何度も鳴海に言い聞かせ実験室を後にした。
「心配性だな……たがか女一人になんて負けたりしないのに……」
普通に考えればサンプルを勝手に破棄し偽装したデータを警察に提出させ因縁があるとは言え仕事仲間を拘束させるような事をする危険人物の行方がしれすで、もかしたらこんな小娘がたった一人でいるところに鉢合わせしてしまったら何をされるか分からない。
この状況下で、クリプトン室長が女性である鳴海の事を心配するのは至極当然のことなのだろう。
しかし、腕に覚えのある鳴海としてはもし赤又に鉢合わせしても武力で十分にねじ伏せる自信があり、むしろそうしてくれた方が手っ取り早いと思っていただけにこのように妙に心配されるとなんだか舐められているようで逆に癪に障る。
「はぁ」
柔道一直線だった頃には考えられなかった『女扱い』は、嬉しい反面こういう時に面倒なのかと鳴海はため息をつく。
それよりも。
玉城が赤又の補助員だった。
鳴海の中でその事がなにか引っかかる。
『彼は優秀だ』
玉城の事についてそう言った赤又。
コンテナの蟲。
いや、考え過ぎだと鳴海は頭をふる。
「いったん……研究室に戻ろう」
鳴海は、あれほど念を押されたと言うのにまるでうっかり忘れたように実験室から廊下に出た。
その時だった。
カツーン。
カツーン。
薄暗い廊下の背後からの足音。
振り返ればそこにいる。
点滅する廊下の照明に浮き上がる女性のシルエット。
「赤又____さん?」
足音がとまる。
「今まで一体どこに……いえ、なんであんな事を? 玉城先輩や小橋川さんに何の恨みがあるんですか?」
佇む影は、問いには答えず鳴海を見すえてときおりため息をつく。
「答えろ!」
じりっと、鳴海の足が床を擦る______ポン。
不意に肩に乗る感触!
目の前の赤又に気を取られていた鳴海は、すぐさま振り返ったがその視界に最初に飛び込んだのは眼前ギリギリに向けられたプラスチックのノズル。
シュッ!
振り向くタイミングを測られたソレを鳴海は回避できず、顔面にもろに浴びる!
「げほっつ?! うわ?! うあああああっつ!!」
一瞬にして目に激痛が走り視界が奪われ、鳴海はそのまま地面に伏せのたうつが意識が一気に遠のきそれすらもままならなくなっていく。
「安心しなさい、殺しはしない……ただ全てが終わるまで少しだけ大人しくしてくれ」
赤又の優し気な声が、薄気味悪い。
そう思考したのを最後に、鳴海の意識はそこで途絶えその体の動きが停止する。
赤又は、鳴海が完全に意識を失ったのを確認するともう一人の人物に『眠った、NO14の隔離区画まで運びましょう』そう言って足を持ちあげた。
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