蟲工場㉔


 「信じられませんだですよ……」


 実験室でクリプトン室長を急き立て2時間。


 サンプルを確認し終えたクリプトン室長が、固い表情で顕微鏡から顔を上げる。


 「なにがどうなったんですか??」


 「はい、コンテナあたり10サンプルと少ないですが現状を把握するには十分ですますよ……」


 クリプトン室長は『I don’t know what to say.』と呟きながら顕微鏡の裏からコードのようなものを取り出し、実験台の上でなにやら灰色のカバーで覆われていたものを取り出す。



 「モニター?」


 「はい、コレはPhase-contrast microscopes……いそうさケンビキョウいいますねこのメーカーのケンビキョウはモニターに見ているものがうつせますぜよ」


 カチッと、モニターに顕微鏡のコードが繋がれ、クリプトン室長の太い指がモニターのスイッチを入れる。



 ピッツ。


 無機質な機械音と共に、真っ青に染まった画面が切り替わった。


 

 「……ぼやけてる?」


 「ちょっとマテよ」


 クリプトン室長は、モニターを見ながら顕微鏡の倍率を合わせていく。



 ぼやけていたモニターの画像のピントが合い、ようやく見れるようになったのだが鳴海にはそれが何なのかが分からず首をかしげる。



 「わかりますですか?」


 「す、すみません……なにがなんやら……」


 

 クリプトン室長は、胸ポケットからボールペンを取り出すとモニター画面をトントンとたたいて見せた。



 「ここ、このレモン形のものわかりますですか?」



 ボールペンの指し示すのは何やたレモンの形によく似た細胞らしきもので、よく見れば画面上を埋め尽くすようにその細胞が沢さん映り込んでいる。


 

 「はい……これなんです?」


 「コレは『原虫オーシスト』と言いますです。 そしてこのすぐ傍に膜につつまれたでかいのが『ガメトシスト』といいますね」


 「それがコンテナの全滅に関係あるんですか?」


 「はい、これらに感染したイモウゾウムシは体内の脂肪を喰われて干からびて死んだのでしょう」


 「……じゃ、これをコンテナに撒いたのが小橋川さんなんですか?」


 「NO! それは違いまうす!」


 

 クリプトン室長は、鳴海の問いを強く否定し険しい表情を浮かべる。


 「この手の『原虫』は、もともとイモウゾウムシ類がもっているものぜよ、恐らく大量増殖施設内の個体群にで爆発的に感染して行ったと推測できますです……コレは飼料に使われた芋から見直さなければ回避は出来ない問題ですね……自然界ではこんな密集した状態で彼らは生活していませんからね……」


 「じゃぁ、コンテナの全滅には小橋川さんも玉城先輩も関わってないって事じゃないですか!?」



 この結果を受ける限り、今回のコンテナ内の全滅には事件性はない。



 最終的なクリプトン室長の判断に歓喜する鳴海とは対照的に、当のクリプトン室長はまだ険しい表情のままモニターを見つめ続ける。



 「どういう事でしょう? Mrs赤又からのmailの結果とちがいすぐまするでござす……Why?」


 

 偽りの結果。


 処分されたサンプルにコンテナの芋。


 消えた赤又。


 一体何が起こっているのかなんて、鳴海には到底考えが及ばないが一ついだけ言えるのは玉城は関わっていないと言う事。


 ならば、やることは一つだ!

 

 「室長! 警察に連絡しましょう! こっちからのデータが間違ったものだったって、玉城先輩と小橋川さんは無実だって!」


 鳴海の提案に、モニターを凝視し考え事をしているそぶりを見せていたクリプトン室長はやっと我に返る。

  

 「そうですね! 小橋川君一人でけーさつかわうそですし、Mrs赤又も探さなくてはだぜよ! 早速この画像をまとめて……」


 「え? あの、ちょっとまって下さい?」



 モニターの操作を続けようとしたクリプトン室長は『Why?』と鳴海のほうに振り返る。



 「えと、今なんて言いました?」


 「早く画像___」


 「いえ、小橋川さんが警察で何ですって?」


 「はい、小橋川いまぼっちでけーさつわかうそなのだですぜよ?」


 「え!? 一人って、玉城先輩はどうしたんすか??」



 鳴海は思わずクリプトン室長の襟首を掴んでガクガクと揺らす。


 「OWOW~~! 玉くんはすぐに解放されましたとさっきけーさつからTELるますた~~~!!」



 ソレを聞いた鳴海は、安堵で思わず瞼が潤んみ手から力が抜けぺたんと床にへたり込む。

 

 

 「よ、よかった……!」


 「OW……クリプトンさんは後頭部がイタイヨ~」


 

 鳴海の喜ぶ姿を後頭部をさすりながら『よかったですね』と眼鏡の向こうから眺めたクリプトン室長は、モニターに視線を戻しデータのまとめにはいった。



 「落ち着きましたかよ? なるちゃん?」



 データ処理を終え、後はUSBにダウンロードを待つだけとなったクリプトン室長は背を向けたまま椅子に座る鳴海に声をかけた。



 「はい……すんませんでした! いきなり掴みかかって本当に申し訳ありません!!」



 鳴海は気が付いたように、そのままバッと頭を下げ詫びる。



 「ノンノン~怒ってないよーそれどころか、感心してますのですよ? よく気が付きなしたのよね」


 「いえ、もう必死で……」


 突然褒められ、照れくさそうに頭を掻く鳴海にクリプトン室長がふそりとほほ笑む。


 「感がするどいのな所が玉くんに似てますねぇ、玉くんとなるちゃんは兄妹どんぶりのようですますね~玉くんもここに来た時から感が鋭かったですよ」


 「は? どんぶり? いや、自分なんて全然……やっぱり玉城先輩って、仕事とかすぐに覚えちゃうんですか?」


 「はい、彼は優秀だですね~まだここで働き始めてから3か月しかたっていないとは思えないほどにすんばらしぃですのね~」



 3か月。


 その言葉に鳴海は驚く。

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