蟲工場㉒

 それは、大量に飼育されていた実験用のトノサマバッタが微胞子虫というものに感染し数が激減してしまったというもので状況が今回のケースとよく似ている。


 鳴海の中に、『もしかしたら』の思いがこみ上げる。


 「室長! これ!」


 「はい、クリプトンさんはこれ気になるますからちょっと調べてるね……けど、煮込み汁はないのよさ」


 

 髭の顔はオーバーに落ち込んでみせた。



 「そうですか……」


 

 鳴海もがっくりと肩を落とし、新聞を机の上に放り出したその時だった。



 プルルルルルルルル……。


  プルルルルルルルル……。


 

 目の前の内線が鳴り、鳴海は一度呼吸をととのえてから受話器を取る。


 電話対応の不出来についても赤又に怒られたばかりなのだ、ミスは出来ない。



 「お待たせいたしました。 特殊病蟲班です」



 多少微妙ではあったが、なんとか答えた鳴海はほっと胸をなでおろす。



 「特殊病蟲班さんですね? こちらは県警本本部刑事課の青沼と申しますが、こちらにクリプトン・ワグナーさんはいらっしゃいますか?」


 落ち着いた男の声。



 なんで警察が? と、鳴海は首をかしげたが電話対応にテンパってそれどころではない。



 「お待ち下さい……えーっと……これ、あ"っ!?」



 『もしもし? 聞こえますか? もしもし?』



 鳴海は、内線をクリプトン室長に回そうとしたがボタンを押し間違えてスピーカーにしてまい声が外に漏れ出す。



 「え、あ、ちょっとお待ちくださっ」


 「ダイジョブ、なるちゃん~おkおkよ~」


 テンパる鳴海にふそりとほほ笑むクリプトン室長は、スピーカー状態のまま応対する。


 「ハイ、私が室長のクリプトン・ワグナーですね、ご用件どうぞ」


 『どうも、県警本部刑事課の青沼と申します。 今回の被害について、そちらのミエバエ班の責任者の小橋川さんと補助員の玉城さんを重要参考人としてこちらにご足労頂いていることをお知らせします』



 その言葉に、鳴海は言葉を失う。



 「そうですか、了解しまいました。 二人はお元気ですかね?」


 『はい、お話を聞かせて頂いて問題なければ明日にでも出勤できますが……場合によっては数日お時間を頂くかもしれませんのでご周知を』


 

 淡々と進む会話。


 鳴海の頭が真っ白になる。


 「わかりました」


 『では、またご連絡差し上げるかと思いますのでよろしくお願いします』



 ガチャ!


  ツーッツー……ツーッツー……ツーッツー……。



 通話が切れ無機質な音だけが、研究室に響く。



 ピッ。


 茫然と立ち尽くす鳴海の前に伸びたチェックのシャツの腕が、内線のスピーカーボタンを押してようやく音が止んだ。



 「警察? 参考人……?」


 「はい、今回の被害は経費的にもBIGでしただです……念のため警察に届けました」



 絞り出すような鳴海の声に、クリプトン室長はいつもの口調で事もなげに言いながら髭をふそりとする。


 

 「捕まった……ん、ですか?」


 「重要参考人ですよ、お話だけど思うのよだねクリプトンさん」


 「どうして……」


 「Mrs赤又の途中経過報告書と合わせて、調査されるでしょう……まだ決まったわけじゃのだですね? ダイジョブですか?」


 その固まる様子におろおろとするクリプトン室長は、キャンディーを差し出すがソレを無視し鳴海は研究室を飛び出す!



 薄暗い廊下を駆け抜け、階段を3段飛ばしで駆け上がり実験室に飛び込む!



 「あ、赤又っ、さっ……!」


 

 しかし、実験室には誰もいない。


 

 「はぁ、はぁ……どこ?」


 ガランとした静まり返る実験室。



 ときおり響く備品の機械がとブーンっと音をたてるのだが、頭に血の上った鳴海にはそれすらも耳障りに感じ苛立ちを隠せず思わず舌打ちをする。

 

 さほど広くない場所ではあるが、サンプルやなんやが積み上がっているためかなり狭い迷路と化す実験室で赤又を見つけようと、鳴海は中を歩き回った。


 が、やはり赤又はいない。


 「どこいった?」


 玉城が警察に捕まった。


 クリプトン室長の言いぐさから重要参考人として任意ではあろうとの事だが、玉城と小橋川がこうなってしまったのは赤又の提出したらしい報告書の所為であるらしいのは鳴海にでも容易に想像できる。


 鳴海は怒っていた。


 赤又をとっちめて、一言言ってやりたかった。


 けれど、とっちめてどうなる?


 赤又の情報で、警察が動くならそれなりに信憑性があると言う事に違いないと言う事になってしまう。



 「玉城先輩……」


 鳴海は拳を握りしめ唇を噛む。


 もし、ここで赤又を見つけ何になる?


 見つけたとして、何を言っても専門家ではないきっと自分は口では負けてしまう。


 そう、二人の無実を証明できる何か証拠でも無ければ意味などないのだ。


 

 「証拠……あ"! サンプル!」


 

 鳴海は、先程まで赤又がいた顕微鏡の前弾かれたように駆け出す!



 「無い! ……そんなっ……!」


 が、顕微鏡の設置されている実験台にはあれほどまで沢山あった筈のイモゾウムシのサンプルは影も形もない。



 「あれ……あれを調べれば……なのになんで無いんだよ!!」



 ダン! っと、腹立たし気に実験台を叩いた鳴海の目にふと留まった床。


 そこに放置された緑色の厚手のゴミ袋のようなもの……だがそれはまるで膨らんだ後にギュッとしぼんだ様にひしゃげている。


 鳴海は嫌な予感がして、その緑色のひしゃげたビニールの塊に手を伸ばし実験台の上にあったハサミで切り裂く。



 中には形のひしゃげたプラスチックのシャーレや溶けて歪に固まった寒天のようなもの、針のない注射器そして。



 「そんな!」


 その袋の奥底には、びっしりと見覚えのある小さなチューブ。

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