蟲工場⑳


 バタン。



 無機質なドアの閉まる音が底冷えする空間に響き、思考が引き戻された鳴海はそっとコンテナを這い出てあたりを見まわす。


 誰もいない漆黒の闇。


 鳴海は足元を照らす為、ポケットから契約したばかりのまだ操作に不慣れな自分のスマホを取り出しライトをつける。


 スマホのライトは、思ったより強く足元を照らすには十分だ。


 

 「ぁ」



 まだ初期設定のシンプルな画面にRINEアプリの更新が終了したと表示が目に留まり、鳴海はまだ玉城とRINEの交換をしていなかった事を思い出す。


 胸がムカムカと、煮え切らない思いがこみ上げ鳴海は唇を噛んだが今は兎に角立ち止まっている場合ではない。


 鳴海は入ってきたドアまでたどり着くと、レバーを掴んで出来る限り音をたてないように引くがやはり重い金属の扉は薄気味悪い音をたてる。


 

 「おい」

 

 

 がしっっと、鳴海の肩を掴む手。


 鳴海は驚くよりもの先に、スマホを放り出しその手を払いながら振り向きざまに相手の左襟首と右手首を掴み左足でその右足を払う!




 ズダン!


 その相手が、コンクリーとに鉄板が敷かれただけの固い地面に激しく背中から叩きつけられ顔が転がったスマホライトでてらされる。



 「けほっ……! いきなりかよ鬼かてめぇ!」 


 「玉城先輩!?」



 地面に叩きつけられた玉城の上に馬乗りになる鳴海は、慌てて飛びのく!



 「す、すみません! 怪我ありませんか!?」


 「けほっ、けほっ……ああ、ビビったけど別に大丈夫だ」


 

 体を起こした玉城は、土下座する鳴海に咳き込みながらひらひら手をふる。


 

 「つか、お前、ここで何してんだ? 終業時間はとっくに過ぎてんだろ?」


 

 玉城の問いに、鳴海は顔を上げじっと睨むように見返す。



 「玉城先輩こそ、ここで何してんすか?」


 「な、なんだよ……怖えな」


 

 引きつった顔の玉城に、お構いなしに鳴海は詰め寄る。


 

 「小橋川さんとここでなにしたんですか?」


 「へぇ、気のせいかと思ったけどさっきのはお前だったんだ……」


 「答えて下さい! ここの蟲を殺したの玉城先輩なんですか??」


 縋りつく勢いで尋ねる年の離れた後輩を見下ろす引きつっていた玉城の顔がすっと表情を無くした。



 「違うと言ったらお前は信じるのか?」


 「!」


 玉城はひょいっと、反動をつけて立ち上がって背中をバキバキと鳴らす。


 「ここの蟲共が死んだのは俺達が何かしたって、そう思ってんだろ? じゃ、何言ったって無駄だ」


 「ちがっ_____!」


 『違います!』のその一言がはっきりと言い切れず口ごもった鳴海の顔を横目で流し、玉城はドアの向こうへと立ち去っていく。


 信じようにも、玉城が自分に黙って蟲サンプルを小橋川渡した……いや、『小橋川にサンプルを渡すために』作業を手伝った事は間違いない。


 信じようにも、何故自分にそれを言ってくれなかったのか?


 信じようにも、それらを判断する材料を鳴海は持ち合わせていない。




 _____『まって』_____



 息が詰まって、苦しくて、伸ばした腕は届かない。



 鳴海はただただその背中が、暗闇の廊下の向こうに消えるのを見送ることしか出来なかった。





 翌日。


 鳴海は、黙々とまるで雑念を払うように1ミリリットルのチューブに500マイクロリットル分の滅菌されたDW(プレフィルターを通し不純物を取り除いた脱イオン水)をマイクロピペッターと呼ばれるノック式の分注機で1つ1つに分注する。



 「サンプルすべてに入れ終えたら滅菌済みの爪楊枝で中のサンプルとよく縣濁してこっちに回して」



 赤又の指示に無言で従い、鳴海は次々と分注と縣濁をしてサンプルを回す。


 

 「分注と縣濁終了しました」

 

 「ほう、早いな」


 「これは、どういう作業ですか?」


 「ああ、コレはサンプルのイモゾウムシの体液から原因を探る為の観察作業の前準備だが……」


 まるで、目の色を変えたようにメモと質問をする鳴海の変わりように赤又は眉を顰める。


 「……やけに熱心じゃないか砂辺、何かあったのかな?」


 「……」


 「まぁ、いいさ……やる気まんまんなのは大変良いがミスには気を付けなさい。 さっき回ってきたチューブ3つくらいDWの分注なしで懸濁されてたよ」


 「っす、すみません!」



 平謝る鳴海に、赤又は『次からでいいから』と馴れない気遣いを見せた。


 「……次は何しますか?」


 「いや、もう昼だ休憩に入ってくれて構わない。 私はこのまま作業を続けるから」



 そう言ってそのまま顕微鏡を覗き込む赤又だったが、背中を凝視したまま動かない鳴海の視線を感じ大きくため息をつく。



 「なにか言いたいことでも?」

 

 

 しびれを切らした赤又は、不気味に佇む自分の作業員に苛立った口調で問う。



 「……赤又さんは、コンテナの全滅が小橋川さんの所為だとお考えですか?」


 「ああ、その可能性はほぼ100%に近い」


 「何故そう思うんですか?」


 「君が知らないのも無理はないが、あの男は……小橋川は今までことごとく私の実験の妨害を繰り返してきたんだよ。 疑うのは当たり前だしほぼ確信している、この結果が予想通りのものであれば今度こそ引導を渡してやれるだろう……」


 

 赤又は、顕微鏡に視線を戻して言葉を付け加える。



 「君が気にしてるのは玉城圭の事だろう?」

 

 「!」

 

 図星を突かれ、鳴海は口ごもる。


 「小橋川の補助の彼なら知らない訳などない……関わらなかったはずはないだろう。 この結果が出ればすぐにわかる事だ」



 赤又は振り返らずに言った。

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