蟲工場⑮

 「コレって……」


 鳴海は腐りはてた芋を凝視する。


 様子がおかしい。


 先日コンテナに閉じ込められた時に見た芋とくらべて、あまりにも腐り過ぎている。


 「死んでいる。 ……ここにある大量増殖用コンテナ全てのイモウゾウムシ・アリモドキゾウムシが全滅だ!」


 赤又はコンテナの壁をヒステリックに殴りつけ、乱れたポニーテールをバリバリと掻きむしった。

 

 この学校の運動場くらいはありそうな広大な倉庫のような閉鎖空間には管理機器を省いても100近いコンテナがずらりと軒を連ねる。


 その中にびっしりと詰められていたであろう芋の入ったタッパー、その全てが全滅したというのだ。


 体育会系で柔道ばかりの青春を送ってきた生物や化学などにまったく見識のない鳴海にだって、この状況がおかしいとこは分かる。



 「……温度とかですか? 昨日、自分が閉じ込められた時みたいに?」


 「いや、それはない……ここの管理は完璧だった。 記録にも気温上昇などない」


 赤又はコンテナのステップから降り、足元にぶちまけた芋を手に取って鳴海の手に乗せる。


 メチョっと、糸を引く芋の感触に鳴海は顔をしかめるが赤又は構わず口を開く。


 「そこで、君に頼みたいのはこのコンテナ一区画につき雄100雌100を採取し一匹ずつ1ミリリットルのチップに入れ500マイクロリットルの滅菌DWを入れた後、爪楊枝で粉砕して顕微鏡で観察して欲しい、あ、勿論、爪楊枝は滅菌したものを使うように……それと」


 「うわッ!? ちょ、まって! 待ってくださいっす!」



 鳴海は早口の指示をメモしようと、芋を床に放り出して作業着の胸ポケットから玉城にもらったメモ帳とペンを取り出し書きなぐるがマイクロリットルとかミリリットル、滅菌やなんやと初めて聞く言葉の多さに冷や汗しか浮かばない。



 「えーっと、顕微鏡でなんですって? 滅菌って? あと、アリモドキの見分け方は習いましたがイモゾウムシの雄雌の見分けかたとかまだ聞いてません!」


 鳴海の当然の質問に一瞬、不機嫌を露わに眉間にしわを寄せた赤又だったが憔悴しきったように眉間を指で押さえた。


 「ああ、そうか……君にはまず実験器具の研修を受けさせないといけなかったな。 よし、まずは採取と雌雄の判別から頼む」


 「え、はい、って、どうすればいいんですか?」


 「イモウゾウムシの雌雄判断には実体顕微鏡で胸元を見るといい雄には立派な胸毛が生えているからな」


 「胸毛? は? 胸毛???」


 質問も多い補助員にに生ばため息をつきながら『見ればわかる』と言い残した赤又は、別の場所に用があるからと鳴海に背を向ける。


 「あの、これって何を調べようとしているんですか?」


 恐らく大量死の原因を調べようとしているのは百も承知だったが、赤又の態度から他にも疑いを抱いているようなのは鈍い鳴海にでもきがついてしまう。


 「疑っているんですか? 小橋川さんを?」


 「私語は慎め、作業を始めろ……他に分からない事は室長に聞け」



 赤又は振り返りもせず、鳴海を一人残しその場を立ち去っていった。

 




 「なるほふぉど~こりゃ胸毛だ……」



 再び戻った実験室。


 顕微鏡を覗く鳴海はシャーレの上に乗る体長6㎜のイモゾウムシを一匹また一匹とピンセットでひっくり返す。


 ひっくり返したその胸元には、確かに密集した毛のようなものがハートをかたどっていて雌と思われるものにはそれがまばらだ。


 顕微鏡とか、雌雄判断とか、聞きなれない言葉のオンパレードですっかり委縮していた鳴海だったがやってみると何てことはなかったなっと胸をなでおろす。



 「へ~器用だなお前」



 唐突な背後からの声に、鳴海はビクッと体を震わせた!

 


 「た、玉城先輩っ!」


 「なんだ? タッパーだらけじゃん? 何してんだよ?」



 玉城は実験室の床に所せましと並べられた芋のタッパーに眉を顰めた。


 「え、あう、なんというか……」



 鳴海は何故かは言ってはいけない様な気がして、言葉を詰まらせる。



 「じ、実験で使うイモウゾウの雄と雌を100匹づつ集めてます……タッパー別に……」


 「は? もしかて、このタッパー全部かよ?」



 頷く鳴海に、顔をしかめた玉城は壮大なため息をつく。


 

 「おいおいおい~、この量一人じゃ無理だろ? しゃーねーなぁ」



 玉城は、近くにあった椅子を寄せてどかっと鳴海の傍に座った。


 「ぇ あのっつ!?」


 「こっから半分手伝ってやる。 なぁに……うちのボスは機嫌斜めで俺今暇だからさ」


 ニッっと笑った玉城は、鳴海の傍に並んだもう一台の顕微鏡を手慣れた様子でセットしていく。


 「これ、びっくりしたろ?」


  唐突な玉城の言葉に、鳴海はヒュッっと息を飲む。


 「この顕微鏡だよ、学校の理科室にあったのと同じでさ」


 「あ、はい、確かに……」


 なんだ顕微鏡の事かと、ほっとした鳴海は再び視線をレンズに落とす。


 「はい……これ、小学校にも中学校にも同じものがあってすぐに使えて助かりました……」


 「だよな~俺も初めてこれ見たときにはホッとしたもんなぁ」


 玉城は懐かしそうにそういうのとは裏腹に、恐ろしいスピードでイモウゾウムシの雌雄を仕分けていく。


 「は、早っ!? なんかコツとかあります??」


 「ようは慣れだ、お前はきちっと見てやれよ~たまにオカマとかいるから間違えんなよ?」


 「へ? オカマ??」


 「ああ、コイツらはコバルト60照射されて繁殖できなくされてるからな……たまにまともじゃない奴がいるんだよ……胸毛がはっきりしないい奴ははじいとけ」



 鳴海は、慌てて今まで仕分けてきたシャーレを確認する。

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