蟲工場⑬


 ラバータイプの柔らかいピンセットが、米粒より少し大きめの白い物を掴む。

 

 まるで柔らかい土の固まりがボロボロになったようなソレは、もはや新鮮だった頃の面影の全くなく真っ二つになった土塊のような断面に白く細長ものをびっしりと住まわせる。


 朝一で出勤した鳴海にさっそく言い渡されたのは、民間の芋畑より採取された芋サンプルより中に寄生する昆虫を種類別に小さな小瓶に入れていくと言うもの。


 しかも、見つけた種類別に成虫・幼虫・蛹とに分けていくと言う気の遠くなるような作業だ。


 と言っても、このサンプルには今回ターゲットのアリモドキゾウムシ・イモゾウムシが大半を占めていてほかの虫を探す方がむつかしい。


 まぁ、アリモドキゾウムシ・イモゾウムシ成虫の見分けは簡単だ外見を見ればいい。


 幼虫の区別はつかないのでひとまとめにしておく。



 「……」

 

 鳴海のピンセットがピタッととまる。



 そっとつまんだソレを鳴海の2.0の視力がじぃいいっと睨む。


 見分ける中でもっともたちが悪い、それが蛹だ。


 静かな実験室。


 学校の理科室にあったものと同じ黒色の実験台が5台ほど並ぶ。


 結構大き目の実験台のはずなのに、その上には芋サンプルが積み上げられて鳴海の作業スペースは丁度ノート2冊分くらいの広さしかない。


 

 「……ぅ~ん……」

 


 まだ色づかない真っ白で柔らかいソレは、柔らかいラバータイプのピンセットでも力加減を間違えれば潰れる。


 器用な鳴海は絶妙な力加減で摘むが、その柔らかな3.5mm程の小さな蛹にピンセットの先がぐにゃりと食い込んでいしまい今にも潰してしまいそうで気が気ではない。


 「目つきだ、目つきの悪いのがアリモドキの蛹だ」



 背後からの聞き慣れた声に、鳴海はビクッとはねる!



 「め"、め"づぎっ??」



 思わず声の裏返てっしまった鳴海の様子に玉城はいつもの人を小馬鹿にしたようなへらっとした笑顔を浮かべ、背後から手を伸ばし鳴海の使っているピンセットの予備を取りサンプルから適当に2つ蛹を摘むと目の前にあったガラスのシャーレに並べて乗せた。


 「見比べてみろ」


 玉城に言われるまま、鳴海はギリギリまで顔を近づけ蛹を見比べる。


 「あ」


 真っ白なそのボディに点が二つ。


 よく見れば、玉城の言う通り片方の蛹は点が丸くもう一つは少し釣り上げって楕円っぽい。


 鳴海は、釣目の蛹をつまんで見る。


 

 「目つき悪いだろ? それがアリモドキの蛹な」


 「あ、ありがとうございます……」



 鳴海のどことなくよそよそしい態度に、玉城は眉を吊り上げる。


 

 「へぇ……なんだよ?」


 玉城は面白いおもちゃでも見つけた子供のようににぃ~っと、唇を釣り上げわざとらしく話しかけてきた。

 


 「ぃぇ、あ、玉城先輩、な、なんでここに?」


 「ん? ここは共同の実験室だぜ? 研究室の違う奴だって来るさ、ほらどうした? 手止まってんぞ? ん?」


 

 そう言われた鳴海は、視線をサンプルの戻し、無言で選別を続ける。



 がたっ。



 鳴海の背後の椅子が引かれ、玉城はどかっ腰掛けるとなにやら作業を始めた。


 「え? あの?」


 「……大方、上司から俺や小橋川博士に関わらないように言われたんだろ?」



 図星。


 鳴海の愚直な性格では、誰かを無視するとか上手い事を言って当たり障りなく接するなんて無理な注文だ。


 「す、すいません……でも、ああ……自分やっぱこんなの変だと思うんっすよ!」

 


 鳴海は手を止め、真後ろで背中を向ける玉城に振り返る。


 「こら、手ぇ止めんな仕事しろ~」


 「は、ぅ……」


 玉城にたしなめられ、鳴海は渋々視線を戻す。

  

 「だって、変じゃないですか! 何があったか知りませんけど、『関わるな』なんて! 玉城先輩も小橋川さんも悪い人じゃないですし!」


 「はぁ、長い物には巻かれろよ……お前、そんなんでよく縦社会の体育科で生きて来れたな」


 「……変わり者とは……言われていました……けど……」

 

 「だろうな」

 

 『ははは』っと、笑う玉城の背中。


 その背中をちらりと振り返った鳴海は、視線を戻し目つきの悪い蛹を集めながら憤る。


 玉城の言うように、鳴海は縦社会の体育会系の中では生きづらいほどに我が強かった。


 声を大にして逆らったわけではないが、理不尽なものには意見をしてしまう性格であったため当然目上からの受けが悪い。


 間違った事でも従わなければならない空気が嫌いだった。

 押さえつけられ従わされる現状が気に入らないかった。


 そう言う意味では、鳴海は体育会系向きの性格ではなかったのかもしれない。


 初めての『社会』。


 時を隔ててはいたが、同じ高校で同じような時間を共有してきた恐らく自分を最も理解してれるであろう『先輩』との友好的な関係をたかが上司の都合でで疎遠になるのは避けたかったし納得できない。

 

 「玉城先輩、RINE教えて下さい」


 「は?」



 唐突な年の離れた後輩の言葉に、玉城の声が上ずる。



 「契約してきたんですスマホ」


 「あ? ああ……」


 奇妙な鳴海の気迫に、玉城は渋々自分のスマホを取り出す。


 「じゃぁ______」


 玉城は、お世辞にも快諾には程遠い表情でスマホの画面をスライドさせようと親指で触れた。



 バタン!



 「それが、何を意味するか分かっているのか!!!」



 突然蹴り開けられた実験室のドア。


 スマホ同士を向か言わせた玉城と鳴海は突然の事に、ビクッと体を震わせる!



 「ぇ? あ、すみっ___」


 「しっ! 黙れ……」



 玉城が、反射的に立ち上がろうとした鳴海の肩を掴んで椅子に座らせる。


 「特許維持が御社に難しいのは分かる! だが、この地域での根絶宣言がなされたとは言え_____」



 恐らく、誰かに電話をかけているであろう一方的な怒鳴り声。


 鳴海はその声に聞き覚えがあった。

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