蟲工場⑩



 薄暗い視聴覚室。



 暖房とPCから繋がれたプロジェクターからの映像。


 鳴海は、今まさに凄まじい眠気と戦っていた。


 玉城のもとから赤又に連行された鳴海は、芋運びを中断され研究室のすぐとなりの会議用に使われているこの視聴覚室に放り込まれ無言のままプジェクターからの映像を見せつけられている。



 内容はこの施設のドキュメンタリー番組。



 かなり有名な番組らしく二年くらい前に制作され地上波でも放送されたらしいのだが、そのころ高校生だった鳴海は厳しい寮生活を送っておりテレビは愚か殆ど部活と学校以外の外部情報をシャットアウトされていた為この番組事態をしらなかった。


 というか、もし鳴海が自由にテレビを見られたとしてもこの類のジャンルに興味を持つはずなど無いだろう。


 冷水のシャワーで冷え切った体が暖房によって暖められる中うとうとし始めた鳴海は、正気を保とうと先ほどの状況を脳内で振り返る。



 勝手に始めた一人施設見学。



 迷い込んだとしては、あまりに不可解な場所に自分はいた。


 

 ど素人の鳴海にだって、玉城の言う通りこれは余りにおかしな事だとわかる。



 ピッ。



 プロジェクターの無機質な機械音で、鳴海は現実に引き戻された。


 真っ青になったプロジェクターの投影する白い壁に鳴海は首をかしげる。

 


 「……終わっちまったけど……どうすりゃいいのかな?」



 取りあえず凝り固まった背骨をバキバキ鳴らしながら鳴海は大きくあくびをしながら立ち上がって、薄暗いあたりを見回す。


 かび臭くってほこりっぽい。


 窓もなく、換気もろくにされていない一室。


 息をするだけで、肺の中にカビを生やしそうで鳴海はあくびをしたことを激しく後悔し浅く息をした。



 コンコン。


  

 ガチャ!



 叩かれたドアが、間髪入れず開く。



 「O~! なるちゃ~ん! ここにいました~ワタシ探しましたよですますよ~!」



 薄汚れたチェックのシャツにGパンをはいているイエティが、嬉しそうに髭の顔をふそりとさせて優し気なグレーの瞳が丸メガネの向こうから鳴海を見る。



 「クリプトン室長、うっす!」


 「HO~なるちゃんは武士ですねー『うっす』でござるネ~」


 

 さっと『礼』をする鳴海の姿に、クリプトン室長は何故か指を組んで見せた。


 「室長! ソレは忍者っす、それに自分は武士じゃないっす!」


 「せうでした、なるちゃんはジュードーのグラップラーでした」


 うんうんと顎髭をさわりながら何やら納得するクリプトン室長は、はっと気が付いたように手を叩く。


 

 「おと、クリプトンさんは、なるちゃん探しに来た事忘れるトコでした!  お仕事です! ワタシのお手伝いして下さいナ」


 「おおおお!?」



 この職場に勤めて初めての芋運び以外の指示に鳴海は歓喜し、おもわず声を荒げる。


 「ou! なるちゃんは仕事がスシなのですね~採用してよかたですヨ」


 「なにするんですか?」


 「はい! イモゾウムシの幼虫あつめデス、1000いります!」


 「え"?」



 クリプトン室長の髭が優し気にふそっとする様に、鳴海はヤな予感がしそれはものの見事に的中するのである。






 数分後。


 鳴海はまたしても薄暗い中にいた。


 しかも今度は暑い。


 外気はまだ冷たいというのにこの中と来たら絶えず気温が27度に保たれているもんだから、少しでも作業をしようものなら汗だくになり玉城から借りたツナギの中はまるでサウナだ。


 ここは貨物コンテナを改造して作られた飼育室。


 その中は芋が10本ほど入った大き目のタッパーがコンテナの壁づたいに作りつけられた棚にずらっと並ぶ。


 気温の維持の為締め切られ、加湿器まで起動するコンテナ内は先程の視聴覚室とは比べ物にならないくらいかび臭い。


 「けほっ! あーミスったなぁ~くしゅん!」

 

 鳴海は、マスクと手袋を貰わずに来たことを激しく後悔しながらクリプトン室長に指示された『月齢』の書かれたタッパーを探しだしていく。


 『月齢』


 ここでいうソレは、意図的に交尾させたイモゾウムシの雌を使い芋に卵を産みつけさせた日付をさす。



 蓋の中央に縦10cm横10cmの正方形にくり抜かれた部分に通気を行う為にネットが張られたタッパーからはカビ臭さを通り越した異臭。

 

 かろうじて原型を保った芋からは汁が滴りタッッパーの底にたまる。


 あの芋一本一本には、あの芋を食い荒らす害虫の幼虫がびっしりと詰まっているのだ。


 そう考えると、いくらか虫に対して耐性のある鳴海でも背中じゅうにザワザワと悪寒が奔る。


 そんな悪寒を振り切り、クリプトン室長から預かった指示のかかれた紙に従い鳴海は棚から無作為に選んだタッパーを5つ棚から出して折り畳みの荷台に乗せていく。



 「ふぅ、こんなもんか……」



 これからこの汁の滴るかび臭い芋の中から幼虫を1000匹取らねばと思うとため息をつきそうになるが、寸前の所で鳴海は息を吸い込むのをやめた。



 「……さぁて、さっさと______」


 

 ガチッ。



 「?」


 コンテナをでようとレバーに手をかけたがソレは動かない。



 「え? おい! うそっつ!?」



 ガチ! ガチガチガチガチガチ!!!


       ガンガンガンガンガンガンガンガン!!!



 重厚な鉄の扉はぴっちりと閉まり、どんなに蹴ろうが叩こうがびくともしない!



 「うそだろ? なんで?」


 

 ドアの開け閉めについては、指示を受けたときにクリプトン室長からは締め切らないように注意されていて半開きにしていたはずだ……っと思い返した所で鳴海は気づく。




 ___どうして扉が閉まっていたんだ?___

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る