蟲工場⑧
鳴海は取りあえず、ゆっくりと動くレーンのそばを歩きながら誰かいないか探すが人っ子一人見当たらない。
それにしても酷い匂いだ。
蜜柑が腐ったとか、醗酵しているなんてもんじゃな。
まるで、吐しゃ物を煮詰めてレモン汁を加えてさらに腐らせたような間違って鼻で吸い込んだら自分の胃袋まで逆流してしまいそうだ。
あまり長いすると、もはや眼球からでも臭ってきそうであんまり意味はないが鳴海は思わず薄目になってしまう。
いくらい仕事とは言え、もし自分がこんな所で一日作業だと言い渡されたら耐えられるだろうかと想像しただけで思わず辞表の書き方を検索したくなる。
だからなのか、おそらくこの区画はオートネーション化されていて整備とか清掃以外はほぼ無人で稼働していると思って間違いないだろう。
「おえっぷ、ホント何処なんだよ……うぷっ……つか、勝手にはいちゃ……赤又さんに怒られる……クビとかになったらどうしよう」
いくら職場とは言え、探求心が先行してたった一人で安易に奥に入り込み過ぎた自分の愚かさに悶々としながらも鳴海は先を急ぐ。
ずるっ!
「わっ!」
前にばかり気を取られていた鳴海は、ヌルつく何かに足を取られ体制を崩すもそこは持ち前の反射神経で近くの何か固い物に掴まり転倒を回避するが______ガチッ!
ぶうううううん。
「え"?」
手にしたレバーのような物。
それを押し倒したようだと認識した時にはすでに遅く、動きを止めていた工場全体が不気味な音と共に駆動を始め同時にガタンガタンと水車のような機械が回り出し、プラスチックのバットがレーンに乗って流れ始める。
どうもこうもしなくても、鳴海がどさくさに紛れて掴んだそれが原因である事には違いない。
「うをっ! やばい! ナニこれ?? どうやったら止まるの?」
鳴海は、押し倒してしまったレバーをもとに戻そうとするががっちりと引っかかった様になったのか何故かビクともしない!
ガッタン!
ガッタン!
茫然とする鳴海の目の前に、水車から放出されたバットがレーンに乗って流されてくる。
「……おがくず?」
大き目ではあるが、給食のパンでも入っていそうなクリーム色のプラスチックのバットの中にはおがくずが敷き詰められていて______もぞっ。
おがくずの中に……いや、おがくずにあえられたみたいに小さな細い5mm程度の『蛆』がうじうじ蠢き吐き気を誘う甘酸っぱい匂いが鳴海の鼻を突き思わず口を手で覆う。
_____なんだよコレ!!____
動く工場ラインを見渡せば、水車のような機械から放出されたバットはレーンに流され途中ある区画で止まるとそこでおがくずが投入されそして次の工程で___
ぶりゅっ。
それは、まるでお菓子工場でクリームを注ぐようにひねり出される。
鳴海の2.0の優秀な視力は、バットに絞り出される蠢く白い『蛆』が振動を加えられ『混ぜ込まれて』行くのを捉えてしまう。
そして、『蛆』の絞り込まれたバットはレーンに乗り今度は天井へと続くラインへと自動で切り替わり上の階へと消える。
その工程はまるで、社会化見学でみた食品工場の様だがそれは______。
「……蟲を作っている……?」
見渡す限り今の鳴海にとって理解できないであろう機械軍が不気味な稼働音を鳴らし、『蛆』をはき出しならがらレーンを流れ行く。
蠢く『蛆』。
それが吐き出す臭いに、吐き気を飲み込みながら鳴海は立ち尽くす。
ここからどこへ行けばいいのか分からない。
閉じ込められたと言う、再認識が鳴海の背筋に嫌な汗が流がす。
___マジでどうしよう____
「は? お前んなとこで何してんだよ!?」
茫然と立ち尽くしていた鳴海は、背後からの声に弾かれたように振り向き身構えた!
そこには、頭から足先まですっぽり覆うほどの白いレインコートのようなものを身に着けた人物がプラスチックのゴーグル越しに怪訝な顔を浮かべて鳴海を見下ろす。
その声の主、それは____。
「……た、玉城せんぱあああいい!!!」
鳴海は安堵のあまりその場にへなへなと膝をつく。
「『玉城せんぱあああいい!』じゃねーぞこのバカ! どっから入った!?」
へたり込んだ鳴海に、玉城の怒号と共に白のゴム手袋に包まれた手刀によるチョップがかなり強めに炸裂する。
「うぎゃっ!? いってぇ~……ふ、普通に歩いてですよぉ!」
「は? ここにたどり着くには最低二つはカードキーが必要なんだぞ? 何それ? 何系のミラクル??」
玉城はオーバーに頭を抱え、壮大なため息をつく。
「入れたとして……いや、ここに入る時に見なかったのか? バイオハザードマークをよ!」
「なんすかそれ?」
カクンと首をかしげる年の離れた後輩に、頭痛が悪化するとばかりに眉間に深い皺を寄せ玉城は天井を仰ぐ。
「安全講習とか終わってねーの?」
「はい、芋ばかり運んでました」
「はぁ……少しは疑問を持てよ」
「?」
玉城はおもむろにしゃがみ、へたり込む鳴海に視線をあせるとポンとその肩にがっつり手袋で保護された手を乗せる。
「服、脱げ」
地を這うような命令。
「は?」
唐突な言葉に鳴海は岩のように固まるが、そんなのお構いなしに肩に乗せられた玉城の指が鳴海の肩に食い込む。
「反論は無しだ、今すぐ脱げ全部だ!」
ゴーグル越しのその曇りなき眼に偽りなど無かった。
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