蟲工場⑦

 「そ……そこからか~、つーこたぁよ、お前、仕事始めてから一度もメモとかとった事ねーの?」


 呆れる玉城に、今度は鳴海が眉を顰める。


 「ええ? しないと不味かったんっすか?」


 「お前、一度聞いた事を絶対忘れないとかそんな特技あんのか?」


 「いいえ? そんな事できたら普通受験で高校行ってますって!」



 あはは~っと、笑う鳴海の脳天に玉城の強烈なチョップが落ちる!


 「てぇええ?!」


 「馬鹿野郎! 仕事は遊びじゃねーんだぞ! 人から教わった事はメモとれ! んで、分からなくなったらメモを頼りに人に聞け! それが許されるのは入社から三か月くらいしかねーんだぞ!」


 何故か炸裂する二度目のチョップに悶える鳴海にお構いなしに、玉城は自分の作業着のポケットから何やら差し出す。


 「……?」


 「サービスだ、俺の予備をくれてやろう」


 厚さ7mmほどのソレは手の平サイズの青い縁取りの小さなノートのようなメモ帳。



 「あー……てことは、ボールペンももってる訳ねーんだよな~」


 玉城は舌打ちし、胸ポケットからボールペンを差し出した。


 「仕方ねえ、これもくれてやる」


 ノック式の四色ボールペン。


 小さなメモ帳。


 この二つを受け取った鳴海は礼を言おうとしたが_____。



 プニニーチェリー!


    プニニーチェリー!  



 どこからともなく、機械音のようふざけた音が大音量で鳴り響く。


 「______はい、もしもし」


 玉城が、作業着のポケットからスマホを取り出し応答する。


 どうやらアレは着信音だったらしい。



 ____なにそれ、マジ受ける!____



 いかつい見た目からは想像できな玉城の着信音のチョイスに、鳴海は吹き出しそうになるのをおさえる。



 「____はい、わかりました……すぐ戻ります」



 通話を終えた玉城はスマホをポケットにしまうと、鳴海に向く。


 

 「わりぃ、すぐ戻れて言われた、また今度な!」


 「え! そんな~」



 しゅんとうな垂れる鳴海に、玉城はガリガリとその短髪の頭を掻き少し考えるとこう切り出した。



 「お前、施設見学はしたか?」


 「見学? いいえ、昨日の予定でしたが赤又さん忙しくて……」


 「じゃ、昼休みはあと30分はある自分で回れるところは回ってみろよ」


 「うぇ? いいんですか?」


 「下手なところを触んなきゃ問題ねーだろ? 全く関わらない場所なんてないんだからよ? じゃぁな!」


 玉城はそれだけ言い残すと、鳴海の前から足早に立ち去って行く。



 「見学か……」


 ぽつんと取り残された鳴海は、担いでいた芋の箱をコンテナに置き薄気味悪い我が職場を見上げ腹を括った。

 

 玉城の言う通り、行動しなければ何も学べない。


 待っているだけでは、何も解決などはしないのだ。








 

 ___薄暗い___



 この建物はなんでこんなに薄暗いんだと、思いながら鳴海は長い通路を歩く。


 天井からは強いエアレーションが絶えず鳴海に降り注ぐ中、鳴海の目の前にLEVEL2と書かれたドアが現れる。


 完璧に道に迷った。


 このままでは確実に昼休みから足が出るだろうと思うが、連絡を取ろうにも鳴海は携帯やスマホなどを持っていない。


 とにかく今はどんなに遅刻しようが、この迷宮とも思える場所から何としてでも抜け出そうと焦った鳴海は躊躇なくドアを開けた。



 「?」


 更にドア。


 だが今度は重厚な鉄のドア。


 そこには、映画なんかで見た事のある例のバイオ的なキケンを知らせるマークがでかでかと刻印されている。


 「コレって、ものすごく見覚えがあるんだけど……なんだっけ???」

 

 これまで寮生活や柔道ばかりで、更にはこの三年あまりテレビなどのあ娯楽に興じる事の少なかった鳴海には、この某映画で有名になったこの危険マークを思い出す事が出来ない。


 ___多分、ものすごくヤな予感がする___


 そんな気がして一人自問自答するが、勿論その答えを教えてくれる相手など今この場にはいない。


 「戻っても、また迷うし……この先に誰かいれば良いんだけど……」


 ほかにドアや階段もなく、先に進むには開けるしかないと覚悟を決めた鳴海は恐らくこれを引けば空くだろうと思われるバールのようなものを両手でつかむ。



 「ふん!」



 ガコン!


 思ったよりは簡単にそのドアは開き、鳴海は中に______むわん。



 「っうぇっ!」


  

 開いた途端、その何とも言えないその異臭に鳴海は鼻と口を手で押さえる! 

   

 すっぱいような、何かが腐るような、嗅ぐだけで吐き気を刺激する胃液の臭いに近い。



 「……にゃんだよぉここ~~おげぇっ!」



 目を開ける事すら躊躇するくらい臭いそうだったが、そうもいかないのでうっすらとまつ毛越しにその場所を見渡す。


 そこにはまるで、小学校の頃に社会科見学で見た食品工場のようなレーンや1m四方ありそうな巨大なプラスチックのバットがゆっくりと水車のような物の中で回り高い天井にはダクトや配線が張り巡らされごぼごぼと不気味な音がする。


 バタン!

 

  ガコン!



 背後でドアが唐突に閉まり、慌てた鳴海が駆け寄るがそこに表に側にあったようなレバーはない!   



 「……やばい!」



 ___閉じ込められた!!___



 鳴海の血の気が一気に引く!


 

 「くそっ! 誰か! 誰か、いませんか!!」



 鉄のドアを叩きながら叫ぶ、も当然ながら誰も答えてくれない。


 「わぁ……まじで……?」


 ___進むしかない___


 鳴海は意を決し、その不気味な工場の中を駆け出したい気持ちを抑え込んで慎重にを歩く。

 

 「これ、一体何を作ってんだ……?」


 

 だんだんとこの異臭にも慣れ、鳴海は工場と思しき施設の詳細を確認する。


 まぁ、詳細確認などとは言っても何やら並ぶ機会群の殆どが稼働しておらず一つ一つがどんな役割をするかなんて専門知識のない鳴海は皆目検討もつかない。

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