蟲工場⑥

 

 「終わりました」


 タン! っと、ピンセットと置いた鳴海がクリプトン室長を見上げた。


 「オーライ……どこが違うか分かりましたか?」


 「はい」


 

 鳴海の変事にクリプトン室長はチェックのシャツのポケットから虫眼鏡を取り出す。


 「じゃ_____confirmation!」


 

 クリプトン室長は、その毛もじゃの大きな手でプリンカップを取りなかで蠢くアリモドキをじっとみる。



 「……excellent!」



 優し気な灰色の目が鳴海を見てふそりと笑顔を浮かべ、プリンカップを机に置く。

 

 「見事に分かれてます! 肉眼でこれ見えるか~てめ、すげな!」


 「なんですって!」


 「……」

 

 「Mrs赤又、今回は」

 

 赤又は、クリプトン室長が置いたプリンカップと虫眼鏡を奪い取り覗きこんだ。



 「どこを見て仕分けたか言える?」


 

 鋭い赤又の視線を見返す鳴海が口を開く。


 「触覚です。 触覚の先端が丸いものとそうじゃない奴がいました」


 鳴海は答える。


 その言葉にクリプトン室長は『excellent!』と手を叩き赤又を見る。


 「君、視力は幾つ?」


 「両目ともに2.0です」


 赤又は黙り込む。


 「Mrs赤又、コイツ、さっきの芋サンプル素手で拾ったヨ。 今まで面接きたガキみんな幼虫だらけのサンプル触れなかったしラバーピンセット使ってもアリモドキよく潰したネ~」


 クリプトン室長は、鳴海の仕分けたプリンカップを指さす。


 そこには、元気よく蠢くアリモドキ達。


 勿論、一匹も死んだり弱ったりなどはない。


 

 「手先は器用な方です」


 

 鳴海は答える。



 「……」

 

 「……Mrs赤又、今回は未経験でもokのinterviewingですね?」


  クリプトン室長の言葉に赤又は更に黙り込んだ。




 4日後。



 「はっ……受かってるし」


 芋の箱を運ぶ鳴海の姿に玉城は『へぇー』っと言いながら手にしていたミルクティーをゴクリと飲んだ。


 「あ! 玉城先輩お久しぶりです!」


 「懐くなうぜぇ!」


 まるで犬でも追い払うように『しっし!』とする玉城にお構いなしに駆け寄った鳴海は、芋の箱を小脇に抱え直しさっと『礼』をする。


 「先日はありがとうございました! 玉城先輩の言葉が無かったら自分は……!」


 「いや、むしろよくこの仕事しようと……つーか、受かる要素がわかんねーーーw」


 ミルクティーの缶をぐしゃりと潰した玉城は、作業着の胸ポケットから赤いスマホを取り出し指をスライドさせながら鳴海に問う。


 「てか、今って昼休みだろ? 何してんだお前?」


 「芋運びっす!」

 

 見れば、黒の作業着姿の鳴海はどうやら1トンは乗りそうな箱型のトラックら芋の入った段ボールを保存用の微冷蔵コンテナへせっせとまるで働きアリのように運んでいる様子だ。

 

 

 「えと、コレはアリモドキとイモゾムシの飼料に使うやつでこっちがAAAクラスの甘味____」


 「んなこたぁ見ればわかんだよ!」


 「え……と?」


 意図する事が分からずカクンと首をかしげる鳴海に、玉城は壮大にため息をつく。


 「これだから……俺が聞きたいのはなんで昼休みまで作業してんだってこと!」


 

 玉城の問いにさらに鳴海は首をかしげる。



 「自分、コレをコンテナに運べって言われてて……それで作業してるんですけど?」

 

 「だーかーらー! 昼休みは取るもんなんだよ! 取る権利があんだよ! 昼休みは時給つかねーのおわかりぃ?」


 三年間の浮世離れした柔道生活で鳴海に構築されている『体育会系的常識』では、コーチが命ずればたとえ水はおろか昼飯抜きでも教練を続けるように作業が終わるまで休憩なんぞ取ってはいけないと思っていたので単純に玉城の発言に驚く。


 「え……?」


 「多分、この作業を指示した奴だってまさか昼抜きでぶっ通してるとか思ってねーよ……つか他の皆が休んでる間にこれ見よがしに働かれたら迷惑だ」


 玉城は驚く鳴海を目の当たりにして『そんなことも知らねーのか』と呆れかえる。


 「そんなもんですか?」


 「そうだよ! 空気よめねぇ体育馬鹿が、根性論で褒めれるのは高校までだ」

 

 その言葉に、鳴海の思考が一瞬停止する。


 一生懸命やれば、根性をみせれば、たとえ結果が悪かったとしてもそれとなく『頑張ったのだから』と、うやむやに許された事がどうやら『社会』なる場所では通用しせず、『社会』においては、今まで自分の培ってきた常識などまるで当てはまらないらしい。


 そう悟った鳴海は、どうすればいいのか分からずその場に立ち尽くすことしかできない。


 そんな年の離れた後輩を一瞥した玉城は、この場から立ち去ろうと背をむけた。


 「まっ、待ってください!」


 鳴海は思わず玉城の背中に追いすがる!


 「んだよ! 俺の昼休みが減る!」


 「教えてください! 自分、どう振る舞ったらいいんですか? どうすれば、玉城先輩みたいになれますか?」 


 「いてっ! 服に爪たてんな! つか、皺になんだよ!」


 「タダとは言いません! み、ミルクティーおごりますから!」



 ミルクティー。


 逃れようとしていた玉城は、抵抗をやめくるりと鳴海に向き直りその長身のてっぺんから見下ろす。


 「3本」


 「はい! 給料日でいいっすか?」


 眉を顰めた玉城だったが、諦めたようにため息をついて頷く。


 「で? 何が聞きたい? つっても、俺が教えることなんて一般常識だぜ?」


 「それでお願いします!」


 さっと、頭を下げた鳴海に『じゃぁ』っと何か言いかけた玉城はあからさまに眉間に皺をよせた。



 「おい」


 「は、はい!」


 「今から人がアドバイスしてやろうってのに、メモの一つも取ろうとしねーのか? てめぇ!」


 「メモ?」


 カクンと小首をかしげた鳴海に、玉城はまたしても壮大なため息をつく。

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