蟲工場⑤
「こんなもの、見る価値もない」
落胆の色を見せる鳴海に赤又は死神の鎌のごとく止めを刺す!
「そ、そんな!」
「じゃ、言わせてもらうけど、君、この職場で自分に一体何が出来ると思ってるの?」
「え?」
その問いに鳴海は首をかしげる。
『この職場で自分に一体何が出来ると思ってるの?』その問いは鳴海にとってまさに『?』以外の何ものでもなかった。
___だって、そうじゃないか! 働こうかなんて初めてなんだ!___
___何が出来るかだと?___
___何が出来るかなんてやってみなきゃ分からないだろ??___
___何が出来るかなんて知るかよ!___
叫び出したい気持ちをねじ込んで、鳴海はようやく吐き出すように答える。
「こ、これから、学ばせて頂ければと……」
その言葉に、赤又はフンと鼻を鳴らし椅子に座ったまま燃え尽きる寸前の鳴海を蔑んだ目で見下ろす。
「君。 仕事は遊びじゃないんだ、お金を貰おうと言うのにこの場所で自分のもつ能力で何が出来るのか把握もしないで面接を? 大方、時給につられた口だろう?」
燃えカス寸前の所にとどめとばかりに核心を突かれ、鳴海は唇を噛む。
「この履歴書を見る限りいくら経験不問とした求人とは言え、理系でもない君がこの病害蟲防除技術センターにおいて何か役立つとは思えない。 面接に遅れた件に目をつぶったとしても、ソレが私が君を不採用と思う理由だ」
下調べもせず乗り込んだ張りぼての殻に、核を貫くようなロンギヌスの一撃。
___もう帰りたい___
まるで地面が崩れるような感覚に襲われながらも鳴海はその眼鏡の向こうの瞳を見返す。
凄まじい緊張感。
自分の合否を左右するだろう相手。
運命を握られ絶望に打ちひしがられながらも鳴海はふと思う『この状況を自分は知っている』っと。
___いつだ? いつこんな目に?___
「何か言う事はないの?」
眼鏡の向こうで死神が笑う。
___そうだ、コレは___!____
鳴海の脳裏に浮かんだのは、畳の上で試合の対戦相手と対峙する自分の姿。
そう、鳴海にとってこの場の緊張と緊迫感は柔道の試合と変わらない!
コレは戦いなのだ!
「何もないならさっさと帰って下さい。 お疲れさま」
「ま、まって下さい!」
ダン!
っと、勢いよくデスクを叩いた鳴海にクリプトン室長と赤又が唖然としたように目を見開く。
ソレはそうだろう、面接を受ける者が机をたたき声を荒げるなど常識としては考えられない。
しまった!
と、思ったがもう遅く鳴海はまとまらない頭で口を開く。
「やく、やくに立ちます……体力……自分、柔道してました」
「根拠は?」
「へ? こ?」
「体育科だから、柔道をしていたからと言って君に体力がある根拠は? 格闘技経験があるからと言って必ずしも体力が普通の人よりあるとは限らない」
間髪入れない赤又の猛追に、鳴海は言葉を失う。
根拠。
それを示すには、今この場でダンベルを持ち上げるなり持久走でもしろと言うのか?
いや、面接でそんな事の証明はできない。
これは明らかな鳴海に対する拒絶だ。
普通の常識人ならここで『ご縁がありませんでした』と引きさがって次に行こうと思っただろう。
だが、初めて社会に触れ面接と言うものを体験する鳴海は引き際が分からない。
無言で立ち尽くしたまま、じっとこちらを見る鳴海の視線に赤又は不気味なもの感じ背筋に冷やかなものを感じ少し思わず後ずさる。
「てめ、これCan you see? ですますか?」
鳴海と赤又の緊迫した状況に不意に呑気な声でクリプトン室長が割り込んで、なにやらプリンカップのようなものを鳴海に差し出す。
受け取ったそのカップの縁はなにやら白く粉っぽくて、なかには赤い背中の小さな虫とおぼしきものが20匹ほど蠢いている。
「えっ……あ、の?」
「これ、アリモドキゾウムシ言う、てめこれCan you see?」
【Can you see】
鳴海の乏しい英語の知識が『見えるのか?』と聞かれていると辛うじて理解する。
「み、見えます けど?」
「これ、同じアリモドキゾウムシ、けど、ちょっとだけ違うねDo you know?」
クリプトン室長の髭の顔が優し気にほほ笑む。
___違いが分かるかってきかれてるんかな?___
違いと聞かれていると理解した鳴海は、食い入るようにカップを覗き込んだ。
折角のチャンスなのだ、何としても違いを見つけなくてはと鳴海は全神経を集中させる!
凄く小さい。
体長7mmくらいだろうか?
細長く黒い頭、律儀に畳まれた触覚、つなぎ目は赤く体の大半を占める尻の部分が黒光りして艶やかに光りもそもそ動きほかの相手にぶつかるとその触覚がひっくんと相手を確認してまた畳まれる。
___違いを探せ!___
見た目にはほとんど同じその虫に、鳴海は目を凝らす。
「違いが分かったらこのカップに portion out」
虫の入ったプリンカップの両脇に同じ縁が白く粉っぽいプリンカップが一つずつ置かれそしてなにやらピンセットのようなものが鳴海にわたされる。
「これで、portion outね! ラバータイプのピンセットよアリモドキをつぶさなーいですますよ!」
髭に埋もれた優し気な笑顔に、なんだか薄汚れたサンタクロースみたいだと失礼極まりない事を思いながら鳴海はその柔らかいピンセットをとり躊躇なくその一匹を掴む。
ひょい。
ぽいっ。
ひょい。
ぽいっ。
鳴海は、アリモドキをつまんでは右へ左へとあっという間に仕分けてしまった。
「早いな……」
その様子に赤又は、『本当に分かっているのか?』と眉を顰める。
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