蟲工場④


 ほかにも、使った後の試験管やらなんやらが洗れることなく放置されてるし兎に角散らかって足の踏み場もない。


 研究室と聞いていたし、先程訪れた玉城達の白亜の研究室のイメージで入室した鳴海はその雑多とした有様に一瞬たじろぐ。



 「君、こっちへ……そんなの適当に避けて、さっさとしなさい」

 

 不機嫌な声に、床のべちゃべちゃになった芋と蛆に目を奪われていた鳴海は顔をあげる。


 適当に避けろと言われてもどうすればいいのか分からず、鳴海は足元にあった蛆の湧く芋を足でちょんちょんつつくと積まれていた山がごろごろと雪崩を起こす。



 「君! 何考えてるんだ! 大事な離島サンプルなんだぞ!!」


 試験管の散乱する実験台のあたりからのヒステリックな女の声。


 荒げる声にビクンと体の跳ねた鳴海は、恐る恐るそちらの方を向いた。


 積まれた植物つるの向こう、その隙間から恐らく顕微鏡のようなものを覗いていたらしい人物が鳴海を鬼の形相で睨みつけている。


 「面接に35分40秒遅れておいて、サンプルを足で扱うなんて論外だよ君!」


 荒々しく立ち上がったその人は、黒のポロシャツにスラックス姿でフチなしの眼鏡から殺気を放ちながらぼさぼさの髪を近くにあった輪ゴムで束ねずんずんこちらに歩いてくると鳴海の足元で転がるもはや形の崩れた芋を拾い集める。


 恐らく年齢は20代後半と思われるが、眼鏡越しにもわかる隈が色白な肌も相まってまるで麻薬中毒者のように見えるがもったいない。


 きっと、よく寝てよく食べれば美人だろうなと鳴海は思った。


 「なにしてるんだ! 早く拾わないか!」


 「はっ、はい、すみません!」


 鳴海は蛆の湧いた芋に躊躇しながらも、これ以上心象を悪くしたくない一心で崩した蛆まみれ腐敗した芋の山を素手で元に戻す。



 「Mrs赤又、この野郎interviewingスルヨ! こっちヨコセですますよ!」

 

 芋を拾う頭上に、珍妙な野太い訛り声が降ってきて鳴海は顔をあげた。


 しゃがむ鳴海の視界にぬっと覗き込む人影。

 

 それは、玉城よりもはるかに背の高くまるでゴリラのように筋骨隆々とした肉体に白髪交じりのぼさぼさの頭に蓄えた髭が顔中を覆う。



 ___野人?  いや、イエティ?___



 辛うじて薄汚れたチェックのシャツにGパンをはいているにも関わらず、鳴海の脳裏に未確認動物:UMAの文字が浮かぶ。


 

 「電話聞いてマス、てめ、こっち座レ! Mrs赤又もカモン!  ですますね!」



 穏やかな笑顔の灰色に瞳が眼鏡越しに、手招きする。



 ___外人?___



 呼ばれた鳴海は、指についた蛆を新聞紙で払ってその背中について実験台の向こうのデスクへと向かう。



 「YAHHHH~てめ、interviewing場所間違うベリー爆笑ですますね!」



 デスクに座り椅子をくるんと回しがははと豪快に笑うUMAとは違い、その傍らに立つ眼鏡の女は鳴海をまるで死神が汚物でも見るように蔑んでいる。


 「てめ、お座り」


 「はっ、はい! えと……」


 鳴海は、たどたどしく泥にまみれた植物のつるを椅子から下し腰掛けた。


 「あー、ワターシは、この研究室室長してまーすクリプトン・ワグナーさんだヨ! この隣で激おこぷんぷんしてるのがMrs赤又楓ちゃんデス! おk?」


 「気色悪い紹介をしないで下さい室長」



 低く唸るような声にUMAもとい、クリプトン室長は『ou……』っとあからさまに怯えたような表情を作って見せる。


 流石、外人はこういう時面白いリアクションが出来るんだなっと鳴海は素直に感心した。


 「ou……じゃ、履歴書と紹介状 receiveですますね!」

 

 クリプトン室長はそういって、茶系の体毛が覆う腕をぬっと差しだして来たので鳴海は持参した履歴書の入った封筒を渡そうと上着のポケットに手をかける。



 「そんなものは要らない」


 ふと、クリプトン室長の横に立っていた死神こと赤又楓がピシャリとした口調で言い放つ!


 「面接場所を確認もしない人間、必要ありません」



 そのもっともな言い分に鳴海は言葉を失う。

 

 面接拒否。


 まさか戦う前に勝負に負けるとは。


 もし、いま椅子に腰かけてなければ鳴海は膝から地面に崩れていただろう。



 「ノンノン~Mrs赤又! 小橋川からTELアリマシタ、このやろうハ悪くないヨ! interviewingつづけますですますよ」



 クリプトン室長のちょいちょいと動かす大きな手の平に、鳴海は祈るような気持で履歴書の封筒を託す。


 「おk~ん~……」


 髭に覆い尽くされた顔が、オーバーに表情を曇らせながら鳴海の履歴書を食い入るように見つめる。



 高鳴る鳴海の心臓。


 

 _____初めて書いた履歴書、落ち度はなかっただろうか?______


 _____あの項目はこれでよかっただろうか?_____


 学歴は高卒止まりで何もなく、資格も柔道初段以外は何もない。


 就業経歴なんて勿論のこと社会人生活なんてまだ2日目の鳴海を語る履歴書は、その片側の項目は閑散としている。


 高校では部活にばかりかまけて、英検だの漢検だのの学生ならでわの検定試験を受けもしなかった過去の自分をぶん殴りたいと鳴海は唇を噛むが後の祭りだ。


 緊張感の流れる中、顔をしかめて履歴書とにらめっこしていたクリプトン室長がゆっくりと顔をあげへにゃりと悲し気に眉を寄せた。



 「Mrs赤又~ワターシ、ニホンゴ読めませんデシタ!」

 

 「貸してください室長!」


  Mrs赤又と呼ばれた死神系女子が、あからさまに眉間に皺をよせ上司から鳴海の履歴書をひったくって目を通す。



 3秒。



 履歴書に目を通したのはそのくらいで、赤又は眼鏡の向こうの隈を色濃くしながら鳴海にそれを突き返してきた。



 「不合格、帰って」



 無慈悲な言葉の鉄槌。



 「え? あのっ! そんな……もう少しちゃんと見てくれたって……」

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