蟲工場③

  「へぇ、言うな……少しはモノを考える事が出来るってわけだ?」


 年の離れた後輩の意外な言葉に、少し振り向いた玉城はへらっと皮肉っぽく笑って鳴海を見てまた前を向く。


 

 「目の前の問題にめをつむって言葉で飾って先送りしたって、どうせその問題とは対面しなければなりません。 だから自分はその言葉が死ぬほど嫌いなんです」



 その言葉を聞いていた玉城は『俺もだ』っと、誰に言うでもなく呟き足を止め急に振り返ってジロリと鳴海を見下ろす。



 「なっ、なんですか?」


 「いいか。 一度しか言わないからよく聞け____」


 その眼光に思わず身構えた鳴海に、玉城は浅く呼吸をして一気に言った。


「この施設の名前は、病害蟲防除技術センター農作物に害を与える『蟲』に対抗するための研究をしている施設だ。 

 主な実績としてはかの有名なウリミバエの防除・撲滅の成功があげられる。

 ウリミバエの撲滅方法としては、ウリミバエを交配・大量増殖させ幼虫の段階で放射線コバルト60を照射し不妊化させ蛹からふ化後放つというもので、その結果その不妊蟲と野生蟲が交尾を繰り返す事で有精卵が生まれず撲滅された。

 ウリミバエってのは、ウリ科の植物全般を寄宿植物とするハエの仲間で見た目はハエと言うよりはハチっぽんだけどさ、ま、なんでそんな『撲滅』なんて根こそぎ滅ぼす事したかっていうと奴らの幼虫が寄生したウリ科の植物は中身が殆どグチャグチャに食い荒らされて異臭を放つ……その所為でスイカやゴーヤーとかそう言ったものが一切の輸出が出来ないばかりか一時この県の食用ウリ科植物の栽培のがほぼ不可能になったわけ、これ以上の被害拡大を防ぐため約169億6400万円の費用とこの間に放飼されたハエの数は約530億7743万匹以上そして『8mmの悪魔』と呼ばれたウリミバエは1993年にこの県から根絶が確認された」


 一気にまくし立てた玉城は、はぁはぁと肩で息をする。


 「ぇ? あのっ」


 「……んで、今からお前が面接を受けるのは特殊病蟲班……新規事業『イモゾウムシ撲滅事業』で立ち上げられた通称:イモゾウ班!」


 「は? イモ?」


 「そこで取り扱ってるのは、ジャガイモなどを除く芋類に寄生する害虫。 その中でも紅芋・薩摩芋・ヒルガオ科植物を寄宿とする『アリモドキゾウムシ』『イモゾウムシ』の二種類のゾウムシ科の昆虫の根絶を目指す研究室だ」


 

 そこまで言い切って、玉城は咳き込みながら天を仰ぐ。



 「え、と、玉城せんぱ____」


 「はぁ、はぁ……これでチャラだからな!」


 

 うっすら額に汗を浮かべ、玉城は指さす。


 「ほら、アレが入り口だ。 そこから入って三階の第一研究室ってところ行け! こっちから連絡入れてっから面接は出来る」

 

 それだけ言い残すと玉城は、鳴海に背を向け元来た道をさっさと引き返していく。


 「たっ、玉城先輩! ありがとうございます!」

 

 鳴海に振り返ることなくひらひら手を振る背中が、がさがさと草むらに消える。


 90度に頭をさげてた鳴海は顔をあげ、意を決して玉城の指示した建物に入り階段を研究室目指して階段を上った。





 薄暗い。


 蒸し暑い。


 階段を上る鳴海は、いささか暖房の利きすぎまだ日も高いと言うのに薄暗く淀んだ何とも言えない臭いの漂う果ての見えない階段を上り続ける。


 ___おかしい___



 もう幾つも階段の踊りばを通り過ぎたのに、一向に目的地にたどりつけない。


 ___一階一階の高さが高いのか?___

 


 ようやく点滅するF1と書かれたプレートを見かけて鳴海は、ため息をつく。


 窓が一切なくくすんだ蛍光灯がチカチカと淀んだ階段を照らし、薄気味悪い淀んだ空気に何やらミカンの腐ったような醗酵した匂いが漂い呼吸するたび鼻腔を占拠し鳴海は今朝食べたツナマヨお握りがこみ上げるのを必死にこらえながら長い階段を駆け上がる!


 連絡がついて面接が受けられるとは言え、本来の面接時間よりも30分をゆうに遅れてしまっているのだ。



 ___これ以上遅れる訳にはいかない!___



 鳴海は、柔道で鍛えた足で三段飛ばしに階段を駆ける!


 普段着慣れた制服とは違う体にに合わない従兄妹からお下がりの面接用のリクルートスーツは、腕や足を動かすたびどこか軋んで息苦しく鳴海は窮屈だと上着を脱いで片手にもつ。


 「っつい、たっ!」

 

 果てが無いと思われた階段は、不意に終わり鳴海はそのドアの前で息を整える。

  

 アクシデントの中ようやくたどり着いた。


 ______……ここからが勝負だ……失敗は許されない_____


 鳴海は、汗だくの中脱いだ上着を着て『特殊病蟲班:新規事業『イモゾウムシ撲滅事業』と書かれた白いペンキ黄ばんだドアを見上げ意を決して叩く。



 コン。


  コン。


 コン。



 ノックは3回。



 「どうぞ」

 

 「失礼しまっしゅっ!」



 ___でぃゆふっ! セリフを噛んだ!! クソ恥ずかしい!!___



  まさに後悔先に立たずにドアが開く。



 茶色い。


 第一印象はそんな感じ。


 間取りは玉城達の研究室とほぼ同じ、壁際にデスク部屋の中央に理科室にあるような実験台が3台。


 

 ただし、そのデスクや実験台の上に何やら植物のつるがまるでロープを巻くような要領でコイル状にされ積み上げられ床に敷かれた新聞紙には泥の付いた『芋』しかもなにやらべちゃべちゃした様子でどう見ても傷んでいてモノずごく小さい蛆が湧いて表面をもじもじとカビた果皮の下を這いまわる。

 

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